愛憎

 思わずその白い首に手をかけた。

 やつの身体は強く地面に叩きつけられた。

 顔を覆うその両手が、ゆっくりと開かれる。

 目が合った瞬間分かった。あぁ、こいつは私なのだと。

 分かる、何よりも分かる。私のことを無視して除け者にしていたあのクラスの奴らの気持ちが。

 私はこんな生き物だったのか。

 これほどまでに反吐の出る生き物だったのか。

 その生き物の息の根を止める。

 目一杯、力を込めて。全身の力を全て手のひらに込めて。ゆっくり、そして確実に気管を塞ぐ。

 しかしそれは、うめき声をあげるわけでもなく、ただ、ゆっくりと笑った。

 それが運命だと受け入れるかのように。

 私の目を見て安心したかのように。

 その姿勢にも腹が立った。

 最期にそんなふうにあたかも聖人であるように振る舞うのか、この偽善者め。

 先程まで泣いていたくせに。一貫性が無い。何がしたいんだ、何が言いたいんだ。私の目を見て笑うな。そんなふうに笑うな。

 自然と手に力がこもる。もっと、もっと殺してやりたい。これは早くこの世から消え去るべきなんだ。それが私のためでもあるし、世界の為でもある。

 これは存在してはいけないのだ。早く、息の根を止めなければならない。

 どのくらいの間そうしていたのだろう。

 ただ、雨だけが私たちの間を埋めている。

 手は泥だらけ。服も泥まみれ。真っ赤な泥まみれ。

 私は殺した。目の前のこれを殺した。

 胸から何かが迫り上がってくる。鼻がつんとしたと思うと、涙がはらはらと落ちていく。

 あぁ、クソ。こんな奴のために私は泣いている。悲しんでいる。

 殺したことを後悔している。忘れたことを後悔している。どれほど泣いてもこの気持ちが冷めることは無い。泣いたところで何の解決にもならない。それでも私は泣き続ける。そうする以外、何をしたらいいのか分からない。

 今すぐ叫び出したい。逃げ出したい。

 けれど腰には力が入らず、濡れた身体がだるくてしょうがない。他には何も考えたく無い。あろう事か、この苦しみにずっと浸っていたいなどと思っている。

 海の中の海藻の様に、この気持ちの中を漂って、この気持ちに包まれて、そのまま一生を終えたい。これの事を考えていたい。

 これのことを愛していた様な気もするし、何よりも大切なものの様な気がするのだ。

 ずっと、一緒にいる事ができれば良かった。せめて、覚えている事ができていれば良かった。

 しかし私は、もうこれの事を思い出さない。殺した事も思い出さない。

 そうやって私は、大人になるのだから。

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とう明な雨 根村 菊真 @nemura-mm

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