秘密基地

 木漏れ日が燦々と降り注いでいる。

 地面にも光は溢れて私と奴の身体をゆっくりと包み込む。

 雨は陽気に葉の隙間から滴って、地べたに多数の水たまりを作っていた。

「ねぇ、来ないの」

 いつのまにか振り解いた手をもう一度奴は私に差し伸べている。

 こいつの言うことを聞くのは癪に触るが、行くしかなかった。

 この狭い空間の中に満たされている世界に私は浸りたかった。小学生の時を思い出しながら、この中に、阿呆のように。

 手をすり抜けて進む。

 ここは森の中の穴。ここだけ木の生えていない穴。

 真ん中に切株があった。泥を踏み分け、そこに腰掛けた。

「懐かしい?」

「まぁ」

「良かった」

 奴はにこにこと人当たりの良さそうな笑顔を浮かべている。

 なぜそんな顔が出来る。人に媚び諂うような、そんな顔を。そしてなぜ、そんな顔を私に向ける。こんな私に。

 ああ、うるさい。言葉は言わずともお前のその馬鹿の様な顔が。

 何も分かっていない、私のことなど。お前はただ私の様な惨めな者に優しくする事で自分の自己欲を吊し上げているだけだろう。そうなんだろう、偽善者よ。

「覚えてる? ここにいた時のこと」

 奴は私の隣に腰掛けた。少し横にずれると、そいつも少し横にずれた。

「覚えてるもなにも……」

「いや、僕のことを知っているはずだよ。僕は未愛の事知ってるから。覚えてるから。忘れないから」

 顔を覗き込まれる。目を逸らした。

 知っている? 私が?

 いくら記憶を辿ってもこいつに会った事はない。こいつの勘違いだろう。こいつの言う未愛は私じゃない。

「知らないよ」

 それを聞いた途端、そいつは顔を伏せた。顔を覆った両手から、はらはらと水が落ちる。

「覚えてないんだね……本当に、僕のことを忘れてしまったんだね」

 なんだ、貧弱な。人前で泣いて恥ずかしくないのか。自分の弱さを晒け出して人にかまってもらおうということか。そうやって人に心配してもらって、のうのうと生きている様な奴が私は一番嫌いなんだ。

 そんな風に生きていける程人間の世は甘くない。そんな人間が評価され、人望が集まる世界など存在するべきではない。今すぐに壊れてしまえば良い。

 はらはらと、泣き続けている。そこから零れ落ちる水が涙で無かったとしても、お前のその丸まった背中は私の神経を逆撫でする。

 すっかり悲劇の主人公ぶりやがって。人ひとりに忘れられたくらいでそんなふうに泣きやがって。

 お前は考えが甘い。堪え性も無い。未熟すぎる。不完全すぎる。見ていて虫唾が走るんだ。

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