降雨の中

 髪が雨で濡れる。服も雨で濡れる。身体に冷たい雨が当たっても、怒りで熱を持つ頭は冷えない。

 何だって私はこんな雨の中を歩かなきゃ行けないんだ。

「散歩は楽しいね。雨の日は特に」

 ばちゃばちゃと下品に足音を鳴らして歩いていく。少年の足元から跳ねた泥が私の足元にかかる。引かれる腕が痛い。

「あら、青山さんとこの」

 顔を上げると、老女が立っていた。

「あぁ……はい」

「はじめまして!」

 大きな声で返事をしている。いいから黙れよ。他人と話すなんて耐えられない。今も何と思われているか。傘もささず雨の中を歩いて、頭のネジが飛んでしまってどうしようもない輩だと思われているだろうな。

 それもこれも全部こいつのせいだ。こいつが私を外に連れ出すからこんなことになるんだ。今すぐ帰らせてくれ。早く、自分の殻に帰りたい。

「雨なのに傘はどうしたの? 無くしちゃったのかい?」

「違いますよ。こうやって歩くのが楽しいんです」

 あぁ、もう黙ってくれ。こんな奴と一緒にいるのが恥ずかしい。もう何も言わないでくれ。靴を見ると、泥でぐちゃぐちゃになっていた。

「そう……私の傘使う?」

 そう言って老女は私の方に傘を差し出した。

「大丈夫ですよ。未愛みあも楽しんでいるんですから」

 何か言っている。

「あの……本当にお構いなく……」

「そう……分かったわ。風邪をひかないようにね」

 そう言って老女は畑の彼方に消えていく。

 少年はまた私の腕を引いて歩いていく。

「ねぇ、どこいくんですか」

「分かるでしょ? ここまできたら知っているはずだよ」

「……は?」

 何を言っているんだこいつは。こんなところ知らないぞ。第一、祖父母の家に来たのだって、小学生以来……

 あっ、と気がつく。そういえば、小3の夏休み、毎日のように通っていた場所があった。大人の目を掻い潜って、秘密基地なんて大層な名前で呼んでいた。あの場所を思い出した。

 この道……この道の曲がり方は確かにあの場所へ続く道だ。もしかしてこいつはそこに連れて行こうとしているのか。だが、あそこは私しか……いや、それも思い上がりだったのだろう。他の奴も知っている場所で、以前私をあの場所で見かけて、今日もたまたま見かけたので、声をかけて私を連れ出したのだろう。それにしても強引な連れ出し方だな。

 しばらく歩くと、行き止まりにたどり着いた。目の前は木の板の壁だ。いくつもの細長い板がパズルのように組み合わさっている。

 そう、この木目がある場所。ここを押すと、その場所の木の板が外れて、人ひとり倒れるような穴が出現する。

「ほら、知ってたじゃないか」

 穴を通り抜ける。流石に小学生の頃に比べて通り抜けづらかったが、どうにか通るとあの場所にたどり着いた。

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