とう明な雨

根村 菊真

雨の日に

 透き通った雨が降っている。

 ただ、静かに降って、草木を濡らす。蝉も鳴き止むような程の静寂。

 夢の延長線の様な景色だった。目を開けているのに、眠っているような、そんな景色だった。

 私の名前は、思い出したくない。言いたくない。嘲笑されるために付けられたような名前だった。

 その名前を付けた張本人に連れられて、ここまでやってきた。祖父母の家。田舎にあって、昔風の日本の家。

 ここにいれば私は改善するらしい。どうやら精神に異常をきたしているらしい。私は学校から離れた方がいいらしい。

 寂しいような気もした。

 元々、学生の群れの中にいても、孤独を感じるようなタイプだったが、その寂しさが一層強くなっているようなそんなふうに感じてしまうのだ。

 けれど、寂しさが強くなっている訳では無いかもしれないとも思えた。

 ぬるま湯の中で死んでいくような感覚だけが取り除かれ、寂しさだけが浮き彫りになっている。

 学校にいる時は、誰かが常に私のことを笑っていて、息が詰まるような感じがしてどうしようもないのだ。

 それに比べればこの寂しさは随分軽いものなのかもしれない。

 雨は黙って降り続いている。

「雨って、綺麗だよね」

 隣から声がする。

 少年が座っていた。私と同じように縁側に腰掛けていた。彼は真っ白で、オーロラのように色々な色に輝く髪。

 歳は、私と同じくらいだろうか。

「どうしたの? ずっとここにいたのに」

 私は首を振った。

「そう? まぁなんでもいいや。雨は好き?」

 少年はじっとこちらを見ている。黙ったまま。

「そうか、僕は雨が好きなんだよ。雨の音を聴いているとね、なんだか悩んでいることがどうでも良くなるような気がして。僕のことを許してくれるような気がするんだ。君もそう思わない?」

 彼は外を見て、恍惚とした表情を浮かべた。心の底から美しいと思える絵を見た時のような、穏やかな顔。

 それを雨なんかに向けている。なんてことの無い田舎の雨に。

 それはとても気色悪かった。自分を信じ、自分に酔っている人間の顔だった。

 ただの雨でも研ぎ澄まされた感性で、感動的に受け止められるんです、とでも言いたいのだろうか。

 自分自身の虚ろな強さや能力を確固たるものにしたいがために私の前にのこのこと現れたのだろうか。虫唾が走る。

 私はそんなお前と話すためにここに座って雨を見ている訳では無い。

「君はどう思う?」

 その恍惚とした表情のまま、こちらを向いた。

 こっちを見るな。そんな目で私を見るな。私をそんなふうに、妙な顔でこちらを見ないでくれ。腹が立つ。

「そうですね……」

 兎にも角にも返事を返さなければいけない。当たり障りのない返事を返すか、それともある程度意思のある答えを返すか。突っ込み所が多いとその後が面倒臭そうだ。

「まぁ、普通ですね」

 結果、当たり障りのない返事を返してしまった。

「そうなんだ。じゃあ、好きな天気とかある?」

 また質問なのか。この人はこちらが質問に積極的に答えようとする姿勢がないことが分からなかったのだろうか。普通分かるだろう。

「いや……別に好きな天気とか無いですけど」

「本当? 雪も? 快晴も?」

「別に無いです」

「そっかー、そうなんだね」

 そう言って少年はまた雨を見つめ始めた。それからしばらく様子を見ていても、彼はずっと雨を見つめている。何か考え事でもしているかのように、黙っている。

 なんなのだこいつは。

 急に質問してきたと思ったら急に黙り込んで、自分の世界に閉じこもって降雨鑑賞か。

「ねぇ、そうだ」

 彼は急に立ち上がる。髪が瞬いて、その表面を雨粒が転がった。

「外、行こうよ」

 信じられるか? 見てわかる通り雨が降っているんだぞ。

「雨降ってますよ」

「気にしない、気にしない」

 そう言って彼は私の手を引いた。

 ふざけるな、濡れるだろうが。

 振り払おうとしても、その顔に似合わない激しい力で私を離さない。

 腰が縁側から浮いた。つんのめる様に前に一歩。

 もうこうなったら歩くしか無い。仕方なく歩き始める。

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