お料理探偵ミクモの迷推理

斉凛

名探偵ミクモの絶品牡蠣カレー

『今日の限定ご飯・牡蠣カレー』


 券売機でその文字を見た瞬間、反射的にボタンに指が伸びた。

 おかしい。いつもの海老混ぜそばを食べるつもりで、ラーメン屋にきたはずだ。

 限定ご飯はラーメンライス感覚で、ラーメンにセットで頼むもので、お椀一つ分程度。それだけでは物足りない。しかしラーメンと一緒に食べるには多すぎる。食べきれるのか?

 しばしためらって、購入ボタンを押した。食べたい欲求には勝てなかった。

 

 カウンターに座って、わくわく待つうちに海老混ぜそばと牡蠣カレーが運ばれてきた。

 ここの海老混ぜそばが美味いのは知っている。先に狙うは牡蠣カレー。

 牡蠣フライカレーなら見たことあるが、牡蠣カレーは初めてだ。気になってしかたがない。

 お椀一杯の慎ましやかな分量で、ご飯の上にかかったカレーからスパイシーな香りが漂う。何より大粒の牡蠣がどんと一つトッピングされてるのが嬉しい。

 レンゲでご飯とルーを同時にすくって、ぱくり。


「美味しぃぃぃ……めっちゃ牡蠣。牡蠣がカレーに勝ってる」


 思わずこぶしを効かせながら言ってしまう。スパイスの香り、クリーミーなルー。その中にガツンと牡蠣の旨味を感じる。

 じたばたしたい欲求をこらえて、ちらりと横を見る。隣の席は空席だ。つい夫の顔が思い浮かぶ。


「コウヘイさんが、いたらな……」


 黙々と混ぜそばを味わい、カレーを食べつつ考える。

 どう考えても一人で食べるには多すぎる。牡蠣カレー一杯を夫と二人で分け合えたらちょうどよい分量だったのに。それに、彼にも食べさせたかった。

 また来るか? と考えたが、期間限定なら次はもうないかもしれない。

 ああ、もったいない。この美味しさを共有できないなんて。

 どうにかできないか?

 混ぜそばとカレーで胃袋がぱんぱんになりながら考える。


「そうだ。ないなら作ろう」



 数日後。何度もあの日食べたカレーの味を思い出しながら、スーパーで食材を選び、調理過程をイメージする。


「野菜の具が見つからなかったけど、甘みや旨味はあったから、きっと煮とけるくらい煮込まれた野菜が入ってたよね」


 カレーと言えば、基本はたまねぎ、ニンジン、ジャガイモ。この中で甘みを左右するたまねぎとニンジンを選んですりおろした。

 本当はみじん切りにして、煮とろけるまで煮込めばいいのだが、煮込み時間を短縮したかった。


「我が家のいつもカレーにはセロリとトマトも入れるのだけど……トマトは酸味が効きすぎて、牡蠣と喧嘩しそうだし、セロリだけにしよ」


 セロリの葉っぱとニンニクをみじん切りにして脂で炒める。ある程度火が通った所ですりおろした、たまねぎとニンジンを加える。野菜の水分でぐつぐつ煮込みながら、牡蠣を取り出す。

 牡蠣を大小に分け、大きい方を具に残し、小さい方を刻んだ。


「さて、ここからが料理探偵ミクモの名推理よ!」


 何度もカレーの味を思い浮かべて、分析してるうちに、すっかり探偵気分になっていた。


「あのカレー、ココナッツミルク入りのカレーみたいなクリーミーさがあったのよね。バターや牛乳が入ると近づくかも。牡蠣とミルクは相性抜群だし。問題は……脂」


 迷探偵ミクモは、あの日食べた牡蠣カレーの中に、わずか一切れ残った鶏皮の存在を見逃さなかった。


「あの店の海老混ぜそばには鳥チャーシューがのっていた。チャーシューには鶏皮がついてなかった。鳥チャーシューを作る過程で残った鶏皮を刻んでカレーにいれて、コクや旨味をだしていたのでは? そうに違いない!」


 名推理に酔ったのは一瞬。冷蔵庫を開けてはぁとためいきをこぼす。


「鶏皮売ってなかったんだよな……」


 牡蠣から旨味がでるとはいえ、やっぱりカレーには動物性の脂が欲しい。


「困ったときのツナ缶先生の出番です!」


 備蓄常備されたツナ缶をパカッと開ける。同じ海の食べ物のツナが牡蠣に合わないわけがなく。出汁と脂を良い感じに提供してくれると信じてる。


 炒めた野菜に、バター、ツナ缶、刻んだ牡蠣を入れて炒める。ある程度火が通った所で水を入れて煮込み開始。


「野菜溶けろ、野菜溶けろ」


 こまめにかき混ぜて焦げ付かないように気をつけつつ、水分がなくなるまで煮込む。

 途中の味見に一口。


「……ツナ缶のせいで舌触りざらついたかも……でも、味が美味しければOKです!」


 具用の牡蠣を入れて水を足し、煮込み返す。牡蠣は火を通しすぎて身が縮まないよう気をつけて。

 最後に牛乳を加えて、カレールーを溶かす。中辛と辛口、二種類のルーを使うのが我が家式だ。

 ルーを溶かした所で味見に一口。


「……ふふふぅ、大勝利!」


 思わず笑いがでるくらい美味しかった。カレーのスパイスに負けずに、ガツンと牡蠣の味が濃い。乳製品のまろやかさ、野菜の甘みもあって、ツナ缶の旨味も地味に効いている。


 その時、玄関の鍵が開く音が聞こえた。


「ただいま……なんか美味そうなカレーの匂いがするな」

「ふふふ、聞いて驚け、コウヘイさん。今日はなんと牡蠣カレーなの!」

「牡蠣カレーって、このまえラーメン屋で食べて美味しかったって言ってたヤツ?」

「そうそう。名探偵ミクモ様が、一度食べたカレーから推理して作り上げた『名探偵ミクモの絶品牡蠣カレー』」


 ちょっと調子に乗りすぎただろうか、コウヘイさんの笑いが引きつってる。


「自分で言うか? 迷探偵」

「食べてから言ってよね。ほらほら早くお風呂入ってきて。私も早くこのカレー食べたいんだから!」


 ご飯ももうじき炊けるように、準備万端だ。あとはコウヘイさんが戻って来るのを待つばかり。


「いただきます」


 スプーンを持ったまま、向かいに座るコウヘイさんの顔を見つめる。

 あの日、美味しいと感じた味を、貴方に伝えられたい。


「美味い! 美味いよ! いつものカレーも美味いけど、今日はもっと美味い!」


 笑顔で美味い美味いというコウヘイさんを見て、心の中でガッツポーズをしながら、スプーンでカレーをすくって一口。

 ぷりぷりの牡蠣を噛むと、じゅわっと牡蠣の旨味がカレーに溶け出す。


「美味しいね」

「美味しいな」


 美味い料理は一人で食べても美味い。それは真理だ。

 でも、誰かに「これ美味しいよね!」と言えると、もっと美味しい……気がする。

 できればその誰かは、世界で一番好きなコウヘイさんだと嬉しい。

 美味しさの隠し味は『愛情』なのだから。

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お料理探偵ミクモの迷推理 斉凛 @RinItuki

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