実食

 や、やばい。

 もう死ぬ……


「おいおい、もうへばったんか?」


 ギュスターヴが幅広いミスリル製のロングソードを肩に乗せ、呆れ顔でため息をついた。

 その足元に俺は這いつくばっている。


 ちくしょう!

 このオッサン、バケモンすぎだろ!

 普通のラノベなら、異世界人なだけで現地人より強えはずなのに!

 しかも俺、この世界の管理者だぞ!


「おい! 城門で騒ぎになってるぜ!」

「ああ、あの人が帰ってきたみてえだな?」

「おう、今夜が楽しみだぜ!」


 俺が広場の地面に這いつくばっていると、通行人たちが話をしながら通り過ぎていった。

 その話を聞いてギュスターヴが楽しそうに笑った。


「ほう? オーズの野郎が帰ってきたみてえだな。どうやら、今回も大物みてえだ。おい、アルセーヌ! さっさと起きろ、ギルドに帰るぞ!」

「え、ええ! ちょ、待ってくださいよ、ギュスさん。た、立て……」

「ったく! 情けねえな! まだ本気の修行じゃねえぞ!」


 足腰立たない俺をギュスターヴは引きずるように運んでいった。


「あら? おかえりなさい、ギュスターヴさん、アルセーヌくん」


 冒険者ギルドに戻ると、ギルドマスターの孫娘で受付マリーがまばゆい笑顔で出迎えてくれた。

 メガネの似合う巨乳美女、俺のどストライクでもある。


「こら、アル! 何、締りのない顔してるのよ!」


 と、マリーのエプロンを立体的にする双丘を眺めていたら、俺の相棒の青髪ロリ魔女っ子ロザリーに怒られた。

 

「ニャーン、ご主人たま!」


 ネコ獣人奴隷という名目で保護した少女レアは、俺に飛びついてきた。

 娘のように可愛がっている冒険者パーティーの仲間だ。


「お、おう、ただいま。……それにしても、すげえ」


 俺は、山のように巨大な肉の塊を見上げた。

 イノシシみたいな生き物だが、サイズが桁外れだ。

 まるで、おっことぬ……


「すごいでしょう? オーズさんにはいつも助けられています」


 マリーは笑顔で、黙々と手際よく肉をそれぞれの部位に解体していくオーズを見上げている。

 王都中の肉屋がマリーに代金を払って回収していき、冷凍させる肉はロザリーが氷魔法で凍らせていき、レアが運ぶのを手伝っていた。

 

「さて! 今晩の食堂はいつもより忙しくなります。私は今から仕込みに入りますので、皆さんは夕食を楽しみにしていてください」


 マリーは巨大な肉の塊を持って、鼻歌を歌いながら冒険者ギルドの厨房へと入っていった。

 残された俺たちはマリーの代わりにオーズの解体作業を手伝った。


☆☆☆


 そして、日が暮れて巨大な肉の塊がやっと全てはけた。

 ギュスターヴの修行で力尽きていた俺はもちろん、解体していたオーズも大柄な身体を地面にどっしりと預けていた。

 寡黙な男で愚痴一つ零さないが、流石に疲れたのだろう。


「皆さん、お疲れさまでした!」


 笑顔のマリーに俺たちは食堂に案内された。

 食堂内はすでに満席、外はどこまで続いているのかわからない行列だ。

 みんな、オーズの運んできた食材の味を楽しみにしているのだろう。


 俺たちが案内されたのは、ギルドの建物の裏側で、周囲の建物との中庭になっている。

 光の魔道具でライトアップされ、雰囲気も特等席だ。


「おお、良い席!」

「当然です。皆さんのおかげで今夜は満員御礼なのですよ」


 マリーは、俺たちに黄色がかった乳白色の白ビールを木製ジョッキで置いていった。

 子供のレアはオレンジジュースだ。

 

サンテかんぱい!』


 俺たちはジョッキを合わせてグイッと喉を鳴らす。

 爽快な味わいで疲れた身体に染み渡る。

 まるでベルギー式白ビール、この国フランボワーズ王国はフランスのような国なのでこのようなビールがあっても不思議ではない。

 もちろん、五臓六腑が歓喜の声を上げている。

 

 俺たちが談笑をしていると、ついに料理が運ばれてきた。


「おお! すげえ、ボリューム!」


 どっしりとした大皿には、巨大なイノシシのようなカプロスの肉厚トンカツに真っ黒に近いデミグラスソースがかけられている。

 その下には、鮮やかな黄色いオムレツだ。

 

「な、何!?」


 俺はフォークでオムレツを割ると驚愕の声を上げた。

 オムレツではない、オムライスだ!


 異世界物のテンプレとして、中世ヨーロッパのような世界に飛ばされて米に飢える転生者は多い。

 しかし、ここでは米が無造作に出てきた。


 実は、中世ヨーロッパでも稲作はされていたのだ。

 イタリアやスペインの一部地域だけだが、無いわけではない。

 リゾットやパエリアなどの伝統料理があるのだから決しておかしい話ではないだろう。

 そして、この異世界でも米が存在していたのだ。


 俺は震える手で米をフォークですくう。

 喉をゴクリと鳴らし、静かに口に運ぶ。

 口に含まれた瞬間、俺の目から冷たい雫がこぼれた。


 米だ。

 もちろん、白米のジャポニカ米ではない。

 長粒のインディカ米のような米をケチャップで味付けしている。

 トマトペーストから作られた特製ケチャップライスである。

 でも、このツブツブがたまらなく愛おしい。


 俺は何度もヒッヒッフーと深呼吸をする。

 落ち着いてみると、この料理の正体が分かった。

 

『ボルガライス』


 日本の福井県のソウルフードだが、その出自は謎に包まれている。

 高度経済成長期に誕生したと言われているが、発祥には諸説ある。

 まさか、異世界にも存在するとは、現代日本に逆転移された料理なのだろうか?


 そんなことはどうでもいい!


 俺は正しいボルガライスの食べ方、トンカツと卵、ごはんを同時に口の中に放り込む。


 まずはどっしりとした濃厚なデミグラスソースの味わいが広がる。

 イノシシのようなカプロスの出汁、フォン・ド・ヴォーは、豚骨のような甘い脂があり食べごたえがある。

 どうやったのかわからないが、臭みがうまく抜けている。

 

 とろりとした半熟卵が絡まった特製ケチャップソースが、具の野菜の旨味がバランスよくまとめられている。

 そこに濃厚なデミグラスソースをまったりとした味わいで優しく包み込む。


 本命のカプロスのトンカツ、肉厚で存在感があるのに、柔らかくジューシーに調理されている。

 これも、どうやったんだ?

 普通に調理したら肉が固くなりそうなのに。

 

 この三者の組み合わせは、肉体労働で疲れ果てた筋肉を再生させる回復魔法食のようだ。

 例え魔法のない世界でも、育ち盛りの男子中高生は大喜びだろう。


 俺は、大口を開けて次々とかき込む。

 今の俺は肉体労働者であり、若者の身体だ。

 新大陸アルカディアから輸入されたタバスコのようなスパイスで味を変えて楽しみ、心身ともに骨の髄まで味わい尽くす。


 俺は、空になった皿にフォークを落とし、昇天するかのように椅子にぐったりともたれかかった。


「あらあら? アルセーヌくん、そんなに美味しかったのですか?」


 マリーは俺の様子を見て、クスクスと笑っていた。

 天使の笑顔とはこういうのだろうか?

 俺は食後の余韻まで味わった。


「はい! 最高に美味しかったです!」

「ありがとうございます。でも、御礼は食材を調達してきたオーズさんに言ってくださいね」

「はい! オーズさん、ゴチになりました!」

「ああ、気にするな」


 俺のテンションは振り切れていたが、オーズは静かに笑うだけだった。


☆☆☆


 アルセーヌたちを家に帰し、オレはギルドに残って嬉しい悲鳴を上げるマリーを手伝った。

 オレにできることは、皿洗いぐらいだが、少しでも役に立ちたいと思っている。

 狂戦士となったオレの姿を見ても、彼女だけは変わらないでいてくれた。

 それだけでオレは彼女の側にいたいと思ってしまった。


 マリーは最後の客を見送り、ホッと一息ついてオレの方を振り返った。


「オーズさん、最後まで本当にありがとうございました」

「ああ、気にしないでくれ。オレがやりたいからやっただけだ」

「ですが、何も御礼をしてあげられなくて……」

「……御礼は充分もらった」


 マリーは申し訳無さそうに俯き、オレは反射的につぶやいた。


「え? 何か言いました?」

「い、いや! な、何でも無い!」


 首を傾げるマリーに、オレは焦ってそっぽを向く。

 呆れ顔でオレを見ているような相棒のユーリの半目と合った。


 ああ、そうだな。

 オレはバカだ。

 気の利いた言葉の一つでも出てくればいいのだが。


「あ、そうだ! もう一杯だけ飲んでいきませんか?」


 マリーはオレにまばゆく微笑みかけた。

 オレは彼女の笑顔に見惚れて、反応がワンテンポ遅れた。


「……あ、ああ、いただいていこう」


 今はこれだけでいい。

 この笑顔が最高の報酬だ。


―了―




『ボルガライスは頑張る不器用で大切なあなたにありがとうを伝えるスタミナご飯』


―byマリー

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管理者のお仕事 グルメ編 ~冒険者ギルド食堂は今夜も大繁盛です~ 出っぱなし @msato33

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