管理者のお仕事 グルメ編 ~冒険者ギルド食堂は今夜も大繁盛です~

出っぱなし

食材調達

 『カプロス』


 ギリシャ神話に登場する大猪の怪物。

 神に神罰、暴威として送り込まれる場合が多い牡猪である。

 森や山に棲み、人里に出て田畑を荒らす。


☆☆☆


「……これは、沼田場、だな」


 オレは、拠点にしているフランボワーズ王国王都から離れた山村にやって来ていた。

 ほぼ自給自足の慎ましい生活の村人たちが暮らしている。


 ここには、冒険者ギルドに持ち込まれた依頼でやって来ている。

 本来は山奥に棲む大型のイノシシ型モンスター『カプロス』が、人里に降りてきて農作物を荒らしているらしい。

 その被害は深刻で、農業で生計を立てる村人たちには死活問題だった。


 通常、単独での狩猟は危険だが、オレはこの手の狩りには慣れている。

 他にも単独行動をするには理由はあるが、こうして、狩猟を専門とするオレがやって来たわけだ。


 沼田場は、カプロスを頂点とするイノシシ型モンスター等が、体表に付いているダニなどの寄生虫や汚れを落とすために泥を浴びる場所のことだ。

 オレは膝を落として、沼田場を観察していると、相棒の大狼ダイアウルフユーリが鼻を近づける。

 ユーリはオレの目を見て、コクンと頷く。


「流石だな、ユーリ。もう居場所を掴んだか」


 ユーリは再び頷くと、オレは口端を上げてユーリの頭を撫でる。


 超大型種のウルフ系モンスター、ダイアウルフの毛並みはふわふわして手触りがいい。

 オレたちの出身地である北の大陸は生きることすら厳しい氷の大地のため、保温能力が発達しているからだ。

 凛々しい立ち姿とは対称的に、もふもふとした暖かく豊富な毛並みには愛嬌がある。

 

「さて、行くか」


 オレがモフる手を止めて立ち上がると、ユーリは先導して歩き出した。

 ダイアウルフは並のオオカミよりも嗅覚が発達しているだけではなく、気配探知も人族を遥かに上回る。

 最高の猟犬であると同時に、最高の相棒だ。


 オレたちは気配を遮断し、風下から無音の狩人となる。

 そして、すぐに山中にある寝床に向かおうとするカプロスを発見した。


 通常のイノシシ型モンスターは、約100kg程だが、優に10倍はありそうだ。

 こいつは大物だが、オレたちは故郷ではさらに巨大なベヒーモスもどきという、鼻の長いマンモス型モンスターを狩っている。

 比べれば楽な相手ではある。

 しかし、相手は日々を本気で生きている野生の獣、油断は禁物だ


 イノシシ型モンスターは非常に神経質で警戒心の強い動物である。

 普段、見慣れないものなどを見かけると、それをできるだけ避けようとする習性がある。 

 さらに、人間と遭遇した場合でも何もしなければ逃げ出すが、興奮状態だったり挑発を受けると反撃に出ることもある。

 その優れた体格を生かした突進が武器であり、オスであればその牙により致命傷を負わされる。

 簡単に狩ることのできない危険な相手だ。


 が、ダイアウルフの追跡能力は遥かに上回る。

 自身よりも体格の上回る相手にも怯むこともない勇敢さもある。

 相手を侮らない賢さも持つ。

 ダイアウルフは、オレの知る限り最も強い獣だ。


『ウォオオオオン!』


 ユーリはカプロスの正面に飛び出し、威嚇をする。

 カプロスは不意をつかれて一瞬怯んだ。

 この一瞬の隙は、オレたちのコンビには十分な勝機だった。


「狂戦士化! うおおおお!」


 オレは全力の暗黒闘気を解き放ち、カプロスに襲いかかる。

 そして、意識が飛んだ。


☆☆☆


『アォオオオン!』


 ユーリの遠吠えでオレは意識を取り戻す。

 オレたち北方の戦闘民族ヴァイキングは、通常の人族が扱うことのできない暗黒闘気を扱える。

 だが、強大な力を得る代償があり、興奮状態により意識がなくなり、殺戮を繰り広げる。

 その様は、狂戦士ベルセルクと忌避され恐れられている。

 それ故に、オレは基本的に単独行動なのである。


 どのような戦い方をしたのか、オレは無傷だったが全身返り血で赤黒く染まっていた。

 意識を取り戻したオレの眼前には、首が無残にねじ折られ、脳天がひしゃげたカプロスの死体が転がっていた。


「いつもありがとうな、ユーリ」


 オレはユーリの頭に手を置きながら、フッと笑う。

 ダイアウルフの遠吠えには鎮静作用があり、狂戦士化はすぐに解かれた。


 オレはカプロスの血抜きをして村に戻って依頼達成の報告をした。

 それから成功報酬として荷車をもらい、カプロスの死体を積んで王都へと戻っていった。


 こうして、オレは依頼の達成とともに、食材を手に入れた。

 このカプロスの肉は、冒険者ギルド食堂の大人気メニューなのだ。

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