第18話-さよなら-

 私の体は徐々に動くようになっていた。そして少しずつ開いた視界の中には見知らぬ男がこちらを見つめて泣いていた。目を開けると同時に抱きしめられた。

 

「彩芽、目が覚めたんだな!」

 

 彩芽、あっ、あの子のことか。彼はあの子の恋人?不思議。例え私を除いている彼があの子の恋人だとしても、なぜ瞳から涙を溢しているのか、理解できない。そう思った。だけど、彼は私をあの子だと思い込んでいる。

 

「私は彼岸です。あなたが存じている者とは全くの別人です。」

 

 それを伝えると共に彼はこの世の終わりかのような顔でこちらを見つめる。彼の瞳に映る私は、どのような姿なのか。その時、椿は気づいた、彩芽の目がつり目へと変わっていたことを。つり目、それだけで全くの別人へと変わったのかと疑うほどに違った。理解ができなかった。この状況、俺のことも分かっていない。それ以上に自分のことさえもわかっていない。だが、彩芽は彼岸だと言った。彼岸とは誰だ。一体、彩芽はどこに行ったのだ。俺の目の前にいる彼女は本当に別人なのか。その状況に追いつけなかった。そして彼岸は言う。

 

「あなたは、あの子…彩芽の恋人なのですか?」

 

 息を飲み込んだ。それと同時に体中の穴という穴から汗が流れてきた。一体目の前の彼女は何を言っているのか。と思えてしまう。これは彩芽では無い。それが確かにわかった瞬間であった。とにかく俺はナースコールを押そうと腕を伸ばすが、彼女はそれを止めた。彼女の顔を見れない。だが、それに抗うかのように俺は絡まっていた腕を振り払うと共にナースコールへと襲い掛かるかのように腕を再度伸ばした。だが、後一息のところで彼女が泣き出したのだ。その状況で、俺は指が動かなくなった。押したい、はずなのに指が動かないのだ。そして目の前の彼女は泣きながら俺に言った。

 

「鶴野家を終わりにさせたいのです。どうか、私のことは医者に黙っていて下さい。私は、鶴野彩芽、その人物として話を通して下さい。」

 

 ベッドの上で美しい土下座をする彼女が、間違いなく彩芽で無いことを理解できた。彩芽がこれほどに美しい土下座を出来るはずがない。そう思うと共に微笑んだ。彼女は何かしらの理由があるから今こうなっているのだ。理由がなければこうはならない。それは当たり前のことであった。そして俺は頷く。だが、彼女は俺の頷く姿を見ていなかった。それは、まだ土下座をしているからだ。俺は、顔を上げて、それだけ言うとゆっくりとあげた彼女の目を見ながら頷いた。本当は、彩芽ならここで抱きしめていた。本当はそう考えていたのだ。だが、ふと目を覚めた目の前の彩芽は彩芽では無かった。俺は、初めて彩芽に出会った時から変わったのだ。彼女といると世界が変わったかのように感じた。彼女は俺の人生に美しい花をくれたのだ。だからこそ、彼女を取り戻すために俺は今ここで、彩芽と同じ見た目だが違う彩芽、いや、彼岸と共に乗り越えるのだ。彼女に手を貸す。そう決めたのであった。

 

「彼岸さん。あなたは俺の相棒ですよ」

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マリーゴールドの散る頃に 厨二病の熊 @tyounlboy_no_kuma

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