第21話 ラクス
(皇子パーティサイド)
ラクスの生まれは平民よりずっと下。
身分的には賎民と呼ばれるものだった。
なんの保証もなく、街に巣食うゴミだめの中でゴミを漁って生きるような存在。
ラクスの母はスラムで働く娼婦だった。
顔の造形は美しい部類だったんだと思う。
父親が誰なのかはわからない。
母が相手をした事のある誰かだって事しか、ラクスは知らなかった。
娼婦は自身の産んだ子供を邪険にするものも多いという。
でも、ラクスの母は精一杯の愛情を与えてくれた。
何故そんなにも慈しんでくれたのかはわからない。
母はいつもボロボロだった。
客の機嫌が悪ければ殴られ、加虐趣味を持つ者からは都合のいいオモチャにされた。
あまりの所業に殴り掛かれば蹴り飛ばされ、その日の母はいつもよりもっとボロボロになって帰って来た。
「…おねがい…なにもしないで…」
それが自身の身か、ラクスの身を案じての言葉なのかはわからない。
けれど子供心に、自分が余計な事をしてしまったんだと後悔した。
そして、母を守れるようになりたいと強く思うようになった。
転機は、10歳になると国が行う職業適性鑑定。
そこでラクスは、剣士の適性が認められた。
職業適性鑑定で戦闘に秀でた適性が出る事は珍しくない。
ほんの少しでも素質があれば適性アリと認められる。
それに、剣士の適性が認められたからと言って、皆が皆剣士になるわけではない。
剣士とは全く違う非戦闘職を選ぶ者もそれなりに多い。
剣士となった者が就ける地位は、騎士や冒険者。
しかし騎士は家柄や血筋が重要視され、冒険者は荒くれ者が多い。
共通点は、どちらも命の危険がある事。
ラクスが剣士となり選べる道は冒険者だけだった。
ラクスは母を今の暮らしから救い出したかった。
だからこそ、出自関係なく功績を上げればその分の見返りを期待できる冒険者としての道を選んだ。
最初はきつかった…なんて言わない。
何度も行われる命のやりとりに、心も体も疲弊した。
幸いなことに剣術に関して非凡な才能があったラクスは生き残り続けた。
実践の中で自らを鍛え続け…ある日、彼と出会った。
勇者に1番近いと言われる、ラクスよりも強く高貴な人。
グロリスフィア皇国第二皇子、ルーカス・グロリスフィア。
「私と共に来てくれないか?」
国1番高貴な血を持つくせに、ならず者の溜まり場のようなギルドで冒険者とした後、
そんな事を言いながら差し出されたその手を、ラクスは握り返した。
「…殿下」
目の前で物憂げに考え込む彼に声をかける。
一瞬ハッとしたような顔をして、形だけの笑みを浮かべてこちらを見遣る。
ここ最近、ルーカスは物思いに耽る事が多くなった。
それは決まって彼の婚約者と会った直後のことで…
2人の間でどんな会話が行われているかなんて知らないし、聞くつもりもない。
…あの日の事は覚えている。
人が絶望する瞬間。
あの従魔術師の顔を、目を、忘れられない。
皇子のパーティに入り活躍が認められて、賎民から平民へと身分を引き上げられた。
母を底辺から救い出し、王都に家を買い一緒に住むようになった。
皇子のパーティは仲間を囮に使って逃げ出しました、なんて言えるはずがない。
なによりも守りたいと思った、穏やかに笑う母の姿を思い浮かべながら窓を見る。
「…今日も、良い天気ですよ」
ルーカスがゆっくりと窓に近寄り…。
カーテンの隙間から覗く一筋の光を、閉じて隠した。
とある従魔術師の叛逆 @listil
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