第20話 魔族と人族

結論から言えば、彼らは斥候であった。

僕が魔族領に来た後、グロリスフィア皇国も含めた人族の国家による対魔族連盟が組まれており、なんでも近々大規模な魔族領への侵攻を目論んでいるそうだ。


魔族領にある村や街には魔族しか辿り着けない結界が張ってあり、それを抜ける為に彼ら人族の冒険者は、捕らえた魔族を利用していた。



「…酷いことを…」


彼らは…あいつらは…捕らえた魔族を奴隷契約で縛り、結界を解除させた挙げ句に同族と争わせたのだ。


涙の跡がくっきり残る血の気のひいた顔、心臓の上に刻まれた奴隷紋。

その手には血に濡れた剣が握られている。

年齢は、僕と同じくらいの男の人…。


この人と似たような状態の魔族が、あちこちで見つかった。


襲撃側の生き残りは、あの冒険者達だけだ。



握った掌から温かく滑りを持つ雫が落ちる。

それに気づいたアーヴェが、慌てて僕の手を取った。


「主が自分を傷つけないでくれ…」


少し泣きそうな声色で言われて仕舞えば、ごめん、としか返せなくなってしまう。


ほんのり優しい光が僕を包む。

心地よさに目を細めていると、焦ったようなアーヴェの声がした。


「あ、主っ!わるい!つい…クセで回復魔術を……あれ?」


今度は不思議そうな顔をして慌てるアーヴェ。

見てると面白くて、つい吹き出してしまう。


「わ、笑い事じゃないぞ主!手、まだ痛むか?」


「いいや、アーヴェが治療してくれたおかげで治ったよ。ありがとう」


にっこり微笑んでお礼を言えば、ますますわからないといった顔をされた。


「…なんで…主は“人族”なのに何で、俺達の回復魔術が効くんだ…?」



その言葉に、ハッとした。


そうだ。

そもそも人族は神聖術による回復術でしか回復する事は出来ないはず…なのに。


自分の傷ついた両手のひらを見る。

傷は綺麗に塞がっている。違和感もない。


見上げると、アーヴェと目が合った。


僕の両親は人族だ。

神聖術による回復術も受けた事がある。


だから、僕が人族だというのは紛れもない事実…なのに…。


なんと言っていいのかわからず、僕は曖昧に微笑んだ。



┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



(牢屋)



彼らは考えていた。

どうやってここから逃げ出そうかと。


先程から芯から凍えるほど冷たい空気が漂っている。


冷気の中心地には、先程の根掘り葉掘り聞いて来た男と一緒にここに来たもう1人。

その男が近づくだけで、部屋の温度が少しずつ下がっていく。


見た感じ、魔術を唱えている気配はない。

ただただ、理不尽にも感じられるほどの実力差。

それが、この震えと心臓を鷲掴みにされそうな程の危機をビリビリと訴えている。



「ああ、口を開くなよ」


その声はどこまでも冷たかった。


「聞きたい事は聞けたからな。もう、我慢しなくていいだろ」


強者からの剥き出しの殺意が向けられる。

檻の中でガタガタ震えながら、彼らはもはや何かを発する事は出来ない。


「ずっと不快でたまらなかった!…あぁ…なんでこんなにも…“人族は不快に感じる”んだろうな」


彼らもそうだった。

魔族というものは、魔族というだけで“人族を不快にさせる”。


冷気を纏う魔族が手を向けると、そこから放たれた冷気が一瞬で彼らの命を奪う。


怯えと嫌悪に染まったままの彼らの氷像は、瞬時に刻まれ塵と化す。


「…痛くしないって言ってたからな。あいつが」


元の明るい雰囲気を纏い、フィリオは不快さが全く感じられない親友の主人の人族の事を思い出していた。


「本当に不思議だよな…」


人族を見れば、どんな魔族も不快になる。

いや…不快どころか激しい憎悪に苛まれ、相手が例え非力な存在であっても殺してしまいたい衝動にかられる。


ふと、親友の事についても考えてみた。


過激な名がつくほどに好戦的だった。

たぶん同期の中でも一二を争う程、人族への憎悪に飲まれやすく、静止も聞かず捕虜さえ得られないぐらい殺しまくった事もあるくらいだ。


そんなあいつが、だ。


主のすぐ側にいて、人族にかなり近かったにも関わらず、大人しくしていたどころか的確なサポートもこなしてみせた。


それは今までのイメージが崩れるほどの衝撃だった。



「…これが、支配の契約の効果って事なんですかね?」


最も敬愛する存在へと、問いを投げかける。

当然声は返ってこないが、どこかで聞かれているような気がしてる。


魔族にとっての唯一無二。

頂点に立つ、魔王という存在。


あの方は全てわかっていて、人族の従魔術師であるトールズを受け入れたんじゃないだろうか。


「まぁいっか。考えてもわからん事はわからん!」


「…何さっきから独り言ばっか言ってんのよ」


「めめめめ、メリザっ!?ど、どうしてここに!!」


慌てふためくフィリオを呆れたような目で見るメリザ。


「どうしてって、あんたが中々戻って来ないから迎えにきたのよ」


ギリギリと耳を引っ張られ、痛いと口では発しながらもどこか嬉しそうなフィリオ。


「戻るわよ!…あ、あと」


引っ張る手をパッと離して、メリザが嫌悪に満ちた視線を向ける。


「…往来で独り言呟くのはやめた方が良いわよ…キモいから」



想い人から思わぬ攻撃を食らって精神面にダメージを受けたフィリオは、トボトボと皆の元へと戻っていった。


先程感じていた疑問をすっかり忘れたまま。

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