第19話 人族との対面

その村は馬で約3日の距離。

冒険者活動で深い迷宮や、遠征を経験したことのある僕には特に辛い旅路でもなかった。

でも、道中何度も気遣ってもらって、なんだかむず痒いような嬉しいような…そんな気持ちになった。

あの頃は気遣われる事なんて無くて、罵倒されるか詰られるか殴られるかしかなかったもんなあ…。


もし今、あの時の奴らに出会ったら…


いや、やめよう。そんな事を考えるのは。


雑用で培った携帯食を使った調理の腕をふるうと、思いの外すごく喜んでもらえた。


誰かと笑い合いながら食べるご飯…。

久しぶりだな…両親が生きていた頃以来だ。


「…どうした?主」


少し涙を滲ませた僕を心配して声をかけてくれる。


「…ううん。なんでもないよ、ありがとう」


僕と一緒にいてくれて。


全然似てないのに、何故だかアーヴェがミィと重なって見えた。




村についたのは3日目の夕方だった。

襲われた痕跡が残る村内では、壊れた建物の修復や負傷した兵や村人の治療をしているらしい。


「メリザは周囲の索敵と警戒。ファロスは修復作業を手伝ってやれ。リシャは怪我人の治療。トールズとアーヴェは俺と来い」


あの時勢いに押されて名乗った後から、名前で呼ばれるようになってしまった。


「初任務頑張ってね、トールズ」


「何かあれば誰かを頼れよ、トールズ!」


「い、一緒に、頑張りましょう!トールズさん」


何度も呼ばれる度に少しずつ慣れていくのが…少し怖い。


「よっ!ご苦労さん。襲撃者はここに?状況は?」


比較的無事な建物の前に立つ兵士にフィリオさんが声を掛ける。


「はっ!現在、魔封じと枷をつけて見張っております!」


捕虜として捕らえられたのは数名。


村に入る前に渡されたローブのフードを目深に被る。


「今から尋問に向かう。中にいる兵士には、尋問の間休息をとってもらう。俺がいいと言うまで戻って来させるな。これは魔王様からのご命令だ」


「はっ!」


見張りの兵士が中に入り、二人の兵士を連れてきた。

彼らはフィリオさんに頭を下げると、言われた通り休息をとりにいくようだ。



「…さて、行こうか」


少し緊張しながら、開け放たれた扉を進んだ。



あまり広くない室内に簡素な檻。


彼らはそこにいた。


「くそっ…穢らわしい魔族どもめ!!」


ギラギラと瞳を輝かせ、忌々しいと言わんばかりに声を荒げる3人の人族。


僕は彼らに見覚えがあった。

ああ…あの街の冒険者達じゃないか。


「…トールズ、すまない。これ以上近寄れない。出来るだけ襲撃に関する情報を聞き出して欲しい。主には、魔族領への侵入経路とかな」


顔を背けながら言ったフィリオさんの手は、小刻みに震えていた。

もしかしたら彼は、過去に人族と何かあったのかもしれない。


「わかりました。アーヴェ、行こう」


「…ああ」


少し歯切れの悪いアーヴェが気になって振り返っても、彼は平然とした顔をしている。

気を取り直して檻に近付く。


「…あ?なんだお前…」


鼓動がバクバクとうるさく跳ねて、うまく声が出せなくなる。

はくはくと口を開閉する僕の背に、優しく手が添えられる。

不思議と心が落ち着いていく…視線を向けると、そっと頷き返された。


「…君達…いや、お前達に聞きたい事がある。どうやってここに来た」


隣でアーヴェが威嚇のために魔力で圧をかけている。

圧力は増した感じはするけど、威圧感は感じられない…もっとも、檻の中の彼らは違うようだけど。


「あ…ぐ…だ、誰が答えるか!うす汚い魔族風情がっ!…うあっ」


圧がもっと増した。

アーヴェだけじゃない、入り口の方からだ。

優しい雰囲気を抱いていた彼から、抑え切れない怒りを感じる。

でも、その言葉に怒りを感じたのは魔族の2人だけじゃない。


「口を慎んだ方がいい…ここは魔族領。…君達が嫌いな魔族の住む場所だ」


僕を受け入れてくれた魔族。

僕とミィを虐げた人族。

どちらに肩入れするかなんて、分かりきっている。


「素直に話せば痛くはしない。…どうする?」


アーヴェもフィリオさんも、どうやら手を出す気は無いようだ。

もしかしたら魔族につくのか、人族につくのか、僕の反応を確かめてるのかもしれない。


目の前の人族を見る。

すっかり怯え縮こまった彼らを見て、特に感じるものも何もなかった。

以前、あんなに必死に彼らと同じ冒険者を気取っていた事を恥ずかしく思ったくらいで。


「…2人とも、威圧を緩めてください。もうたぶん…」


言い終わらないうちに彼らの1人が腰を抜かし、冷たい汚物を床に這わせた。


「話す…話すから…」


涙や鼻水で顔をぐしゃぐしゃにする様は、惨めでみっともなくて…どうでもよかった。

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