第18話 第7部隊
「…お恥ずかしいところをお見せしました…」
屯所に入った僕の第一声はそれだった。
今、僕の顔はきっと真っ赤になっているだろう。
「いいっていいって、仲良くしてるみたいで何よりだ」
口元を隠して笑うフィリオさん…あの、隠せてませんから。
アーヴェはアーヴェで涼しい顔してるし…あれ?これ、恥ずかしくなってるのって僕だけ?
「本当はさ、あんたに会うまで悪い想像してたんだよ。支配の契約なんてよくわかんねぇもんで親友を縛ったって聞いてさ、気が気じゃなかったわけ。人族なんてさ…」
フィリオさんは、そこで口をつぐんだ。
隣から少し圧を感じる気がする…。
アーヴェを見ると、変わらず涼しい顔をしている。
「悪い悪い、口が滑った。…でもさ、やっぱ気になるだろ?俺だけじゃないぜ。ほれ」
フィリオさんが振り返った先、奥の部屋に続く扉が少し開いていて、そこから誰かが覗いていた。
「フィ〜リ〜オ〜!もうっ、バラさないでよ!」
羊のようなふわふわの髪の毛に角を生やした小柄な女性が、気まずそうにフィリオさんを詰る。
「いやそりゃさ、気になるに決まってるだろ?べ、別に怯えてたわけじゃないからな!」
毛深く、牛のような角を持つ大柄な男性は慌てながら両手を振った。
「わ、私は!…み、皆さんが見に行くって言うから…その」
うさぎ耳の女性は、目元まで隠れた前髪の下の頬を赤く染めて俯いている。
皆、その見た目からもわかるように魔族だ。
けれど、その視線からは嫌悪よりも好奇心がうかがえる。
「ちょうどいいから全員出てこいよ。自己紹介だ」
フィリオさんが声を掛けると、皆が恐る恐るといった様子で出てくる。
それを見てフィリオさんが笑って、羊の角の女性から睨まれていた。
「あたしはメリザ、羊の魔族よ。このいけすかない男の同僚。よろしくね!」
メリザさんがフィリオさんの耳を引っ張る。
「痛い痛い」と言いながらも、何故かどこか嬉しそうに見えた。
「オレはファロスだ。見ての通り牛の魔族で力が強い!よろしくな」
大きな手が差し出される。
壁を感じない気さくさに圧倒されながら、おずおずと手を差し出せばギュッと握り返してくれた。
「いっ…!」
力が強いって事、凄くよく理解した。
痛がる僕のを見てファロスさんが慌てて手を離した。
「わ、わりぃ!…人族って、か弱いんだな。うさぎの魔族みたいだぜ…って、怒るなよアーヴェ!わざとじゃねぇから!」
隣のアーヴェから怖い空気を感じた。
安心させるように微笑んでその肩を叩く。
「大丈夫だよ、アーヴェ。ちょっとびっくりしただけだよ」
「…主がそう言うなら。ファロス、お前は力加減というものを覚えろ」
はいはい、とファロスさんが笑って言った。
「…えっと、わ、私はうさぎの魔族のリシャと言います…。そ、その、力は弱いです。主に後方支援を担当してますので…」
よろしくお願いします…と消え入りそうな声が聞こえた。
完全に俯いてしまった彼女に目を合わせるように少し屈む。
「よろしくお願いします」
「は、はいっ!」
瞳は見えなかったけど、たぶん嫌がられてはない…と思う。
街にいた時みたいな嫌悪感に満ちた視線は、誰からも向けられていないから。
「そういや、自己紹介はまだだったな。俺はフィリオ、第7部隊の副隊長であり、アーヴェの同期で親友だ。よろしく!」
本人の気さくさを表すような爽やかな笑みを浮かべた彼と握手を交わす。
「僕は従魔術師です。…人族、で、アーヴェとは支配の契約を結んでいます」
よろしくお願いします、と頭を下げる。
「改めて。主にアーヴェの名をいただいた。まだ名付けの儀を終えて間もない事もあり、俺の身はどのような扱いになるのか不明だが、主と常に行動を共にするつもりだ。そのつもりでよろしく頼む」
アーヴェも僕に合わせて頭を下げる。
フィリオさんが「へぇ」と声をもらした。
「お前が、随分まるくなったもんだ」
顔を上げると、他の人も皆驚いた顔をしている。
どういうことかとアーヴェに視線をやると、少し苦い顔をしている。
「フィリオ、その話は…」
「前は“赤い爆弾”とか言われてたよなあ、戦いたがるわ、すぐに特攻したがるわで。突っ走りがちな隊長を止める副隊長の苦労もわかって欲しかったわ」
“隊長”の言葉にはっとした。
アーヴェは魔王様の側近の片割れ、ガディスさんの息子。
あの強さを見ても、結構上の階級にいるんじゃないかって…。
「…アーヴェ…隊長?フィリオさん達の隊の?」
僕の問いに、アーヴェが頷く。
「主と契約する前の話だけどな。…フィリオ…今回の任務、お前に指揮を任せたい。俺では主優先で行動してしまうからな…」
「別にいいけど、お前やお前の主にも働いてもらうぜ?」
フィリオさんの探るような目。
きっと試されてる。
僕に同族と戦う意志があるのか。
でも、もうとっくに自分の中で決まっている。
「構いません。その為に僕はここに来ました」
実際に会ったらどうなるかなんてわからない。
だから魔王様の依頼を受ける前に、アーヴェが
『もし、主が戦えないと判断したなら、俺が主を背負って逃げてやる』
誰の手も届かない場所でひっそり生きていこうと、彼はそう言ってくれた。
将来を嘱望される立場だったろう、アーヴェ。
その未来を契約で奪い、さらに彼の居場所まで奪うなんてしたくなかった。
「僕は…アーヴェの大切なものをこれ以上奪いたくない。だから、もし戦うのを躊躇したら、おもいっきり引っ叩いてください!」
握り拳を作り訴えれば、何故か爆笑された。
「どういう話聞いてるかわかんないけど、今回の俺達の仕事は戦後処理な。村は人族に襲われたけど、精霊族の力で事前に情報キャッチしてたし、特に甚大な被害も出さず終わったんでな」
フィリオさんは笑いをおさめ、ニッと笑みを浮かべる。
「あんたには人族の捕虜から話を聞いてもらいたいんだよ」
その言葉に、決めた覚悟が萎んでいく。
脱力して、なんだ…と床に座り込んだ。
え?と驚くフィリオさんの頭を、メリザさんがスパーンと叩く。
「いてぇ!」
「まったくアンタは…すぐ試す癖やめなさいよね。…大丈夫?立てる?」
「あ、ありがとうございます」
メリザさんから差し出された手を取って立ち上がる。
「…アーヴェ。アンタ、さては喜んでるでしょ」
アーヴェを見ると何故か向こう側を向いて震えている。
「アーヴェ…」
もしや最初から僕が勘違いしている事に気づいて…いや、やめよう、疑うなんてよくないよな…たぶん。
「っはー!!死ぬかと思った!!っはあ…っ…おい、リシャ!」
「は、はいい!」
「…上手くなったな、空間魔法。でもな、俺黙らせるなら沈黙魔法でもよくないか?」
「ま、魔法の練習です…」
「練習か…なら仕方ないな!」
ファロスさんとリシャさんのやりとりがおかしい。
皆明るくて、楽しくて、いつしか僕も自然に笑ってた。
「あ、ところでよ!」
ファロスさんが僕を見つめて言った。
「従魔術師のお前の名前、なんて言うんだ?」
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