Day.107 この素晴らしい異世界にサクラサクを

※本エピソードは小説投稿サイト「ノベルアッププラス」主催のイベント内で出題されたお題「桜」に基づき書き下ろしたため、本編とは時系列が異なります。




「桜が見たいんだ」


 おもむろに、少年がそう告げてきたのはある夜のこと。

 家でカップ麺をすすっているところを発見した(というか突撃した)創造神わたしが、健全な肉体と健全な精神の成長を阻む行いに苦言を呈していた最中だった。

 割り箸片手にふらと窓の外を見て、少年はたそがれる。


「俺が前いた世界じゃ、今ごろ桜が満開だろうな」


 まるで私の存在が見えていないような。


「ここに来てから季節感なんてのもすっかり意識しなくなっちゃってきたけど、通学路で咲いた桜を見ることで、俺の出会いと別れの春は始まるんだよ」


 懐かしげに、しかし寂しげに少年は私へ振り返ってきた。


「桜を見せてくれよ創造神。そうすりゃ、この世界はもう俺にとっての『異世界』じゃなくなるかもしれないぜ」


 ──……うん。

 ノスタルジー極まった雰囲気のところ悪いが、少年はもうじゅうぶんこの世界の住民だよ? 異世界じゃないよ、もうとっくに。

 カップ麺とかレトルトカレーとか、事あるごとに元いた世界の常備食をカタログで取り寄せるやつが、な〜にを今更。


 私はひょいとカップ麺を取り上げる。


「あー! 三分経ったばっかあ!」


 晩ご飯にカップ麺は禁止! 何度言ったら懲りるんだ少年貴様ぁ!

 桜の木とやらは、この全能たる私がチチンプイプイで出してやるから!


「いやいやっ、桜ってそういうお安い御用で咲いて良い花じゃねーから! どうせ知らないんだろ創造神? 丸一年もこっちを待たせておいて、いざ咲くと一週間も保たないような儚い花なんだぞ?」


 へーそーですか。

 三分待って食べるのは一瞬の、まるでカップ麺みたいな花ですね。


「いや例え。趣き感じねー……じゃなくって!」


 少年は私の袖をつかんで訴える。


「桜が見たいのは本当だってば! そういやしばらく見てないなーと思ってさ」


 ──私もすっかり油断していたよ少年。

 少年がカップ麺すすってるとこしばらく見てなかったからさあ。


「一年に一週間ぽっちしか咲かないってのが桜の良いところだぜ創造神。いつでも咲いてるような花じゃ、春も新しい季節も俺らは感じることができないんだ。そう、時たま食べるカップ麺の美味しさみたいな?」


 ──少年は毎日食べてたじゃないかカップ麺。

 神様の全能加減を侮ってもらっては困るよ。少年が私に召喚される前、どんな生活を送っていたか、きちんと過去にさかのぼってデータ集めしたんだからな?


「んなっ!? い、いつのまにそういう陰気な真似を……」


 ──それに、こう言っちゃなんだが。

 少年は桜が咲くころ、あまり家からは出ていなかったんじゃないか? ほら、通学路もなにも学校にはしばらく通っていなかったわけだし。


「うぐ」


 言うほど桜に思い入れがあるようには思えないんだが……本当に創造してほしいのか?

 出会いも別れも何事も起こらなかった春、とか言って花を見た途端トラウマ起こすような真似だけはくれぐれもしないでくれよ?


「うぐぐぐ。創造神お前というやつは、ことごとく俺の傷口をえぐりやがって……」


 少年はしばし黙ったが。


「良いよ。出してくれ。そういう、どうにもならない春もあるって知ってるからこそ、この世界でお前や町のみんなと一緒に過ごしている今は、きっとあの花が俺にとって悪くない春になるかもって思うんだよ」






 かくして、翌朝。

 市長の家の前には一本の桜の木が立つ。

 木には一日限りの花が咲いて、まもなく住民たちが続々と花見に集まってくる。


 この私の魔法で、永遠に咲き続ける桜へ変身させることもできたけれど、少年は断った。

 理由は聞かなくてもわかる。

 また来年、同じ季節にこの木が桃色で満ちるのを、今を過ごす同じ仲間たちと楽しみに待っていたいから。




(Day.107___The Endless Game...)

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都市開発をナメるな創造神! 仲野ゆらぎ @na_kano

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