Day.106 髪型変われば人生変わるってわけでもありませんよお客さま

※本エピソードは小説投稿サイト「ノベルアッププラス」主催のイベント内で出題されたお題「高校・大学デビュー」に基づき書き下ろしたため、本編とは時系列が異なります。






 高架下にある小さな家は、この世界まちでただひとつの美容院だ。

 常に繁盛し、あらゆる住民が足繁く通う美容院では今日も、硬い鱗に長い尾、鮮烈な赤いリーゼント頭の紳士がハサミを華麗に握っていた。


「いらっしゃいませお客様」


 低く渋みがかった声で鏡の前に立つ。


「本日はどのようにいたしましょうか」

「レオンに任せる」


 美容師の前で椅子に座し、鏡と向かい合っていたのは人間族の少年だ。黒いおかっぱ頭を指先で軽くすくい取るなり、ぶっきらぼうに答える。


「ただ、これとは違う髪型に変えてほしい。具体的には……そうだな。明日から新しい学校に通う奴が、クラスメイトの男子にはウケて女子にはモテたくてしょうがない時にやりがちな髪型で頼む」


 仏頂面でありながらもつらつらと注文してくる少年に、レオンは眉ひとつ動かさずに聞き返す。


「転校なさるのですか?」

「いんや。クラスメイトの女子がうるさいんだよ。いつも同じ髪と服でつまらない、たまには周りにイタいと思われるくらいド派手に決めてみろって」

「イタがられてしまったら男性のウケも女性のモテもあまりよろしくないかと思いますが」

「さっきのは例え話だ、本気でウケやモテを求めたいわけじゃない。とりあえず一回ガラじゃない格好して登校すりゃ、あいつらも満足するだろ」


 そう言って鼻を鳴らす少年は、レオンがちまたで偶然姿を見かけるだけでもだいたい同じ服を着ている印象が強い。前に通っていた学校の真っ黒な指定服か、動きやすそうな紺や灰色のジャージか。

 鏡の前でも、レオンの赤い代表が色映えするくらいには少年の全体シルエットは黒かった。


「俺が前に通ってた学校じゃ、染髪も私服も校則違反だったんだけどな」


 エプロンをかける間際、漆黒の学ランでただ一点、薔薇のように赤く染まったボタンが目に留まる。


「制服のボタンをカスタマイズするなんて発想にもない学生時代だったよ」

「なるほど。お客様は昔から優等生だったのですね」

「……」


 失言してしまっただろうか。少年がバツの悪そうな顔をする。レオンはなんでもなさげな素振りでハサミを握った。


「お客様のご友人たちは皆様たいへん個性的ですからね。彼らからすれば、お客様のファッションはやや地味に見えるかもしれません」

「あいつらが派手なだけだろ、どう考えても」

「ここはひとつ私の髪型を試してみますか? 人間族の文化によれば、学ランにはリーゼントと相場が決まってるそうですね」

「はは、何世代前の文化だよ」

「……ご友人たちを喜ばせる、という方針であればぜひお力になりますが」


 レオンはふいに声色を穏やかにさせる。

 髪をシャワーで洗い、ドライヤーで乾かし、ジャキンジャキンと小気味良く切れる音がしばらくの間淡々と鳴っていた。


「もう何年前になりましょうか。他の世界まちにいた頃、思い馳せていた半蜥蜴リザードマンの女性がいたのです」

「へえ。……今はスナックのママだろ?」

「はは、よくご存知ですね。ですがあの頃は、とにかく少しでも彼女の近くにいて、ほんの一瞬でも彼女の目に私の姿が映るように執心していました」


 鏡越しに、種族特有のそれとは異なる紅色に染まった頬が少年の瞳に映る。


「まったく違う世界まちで暮らしていたところを、ぶらりと観光した先で偶然巡り会ったのです。それで私は、彼女のいる世界まちへすかさず引越しを──」

「えっ、移住したのか!? 意中の人、いやリザードマンを追っかけて!? ……す、すげえ……」

「彼女は専門学校の生徒でした。将来はやはり美容師ということで、当時すでに仕事をしていましたから、その学校の講師になるべく面接を受けたりしたのです」

「えっ、先生になったのか!?」

「面接落ちました」

「そ、そうか……そりゃ残念……いや良かったのか。もし先生と生徒なんかになっちゃったら恋愛関係なんて難しいだろ」

「冷静に考えれば確かにそうですよね。ははは。人とは、リザードマンとは、どうして恋をするとおかしくなってしまうのでしょうね」


 気恥ずかしそうに語るレオン。


「その面接の日なんですよ」

「え?」

「この髪を伸ばし、頭をリーゼントに仕立てたのは」



*****



 少年は絶句した。

 ただのファッションじゃなかったのか、その髪型。まさかそんな深いバックグラウンドがあったとは。


 ──ていうか、面接に落ちたのも意中のリザードマンに見向きされなかったのも、その髪型がすべての元凶だったんじゃね?


 そんな少年の心中を察してか否か、レオンはにっこりと鏡へ笑いかけた。


「人間族の女性は失恋したら髪を切る風習があるそうですが」

「そうなのか? 人によるだろ」

「私はあえて、このリーゼントで今日まで過ごしてきました。あの恋は実りませんでしたが、次なる恋は髪型を変えることで自分を良く見せるのではなく、かつて自ら勝負に出た髪型にて実らせてやろうという心意気でございます」


 エプロンが解かれる。

 仕上げの済んだ自分の黒髪に触れ、少年は不思議そうに眉をひそめた。鏡で見る自分の姿でも薄々わかってはいたことだけれど──




「……なんだ。いつも通りじゃん」

「前髪に少々遊びを入れてみました。お客様の毛はもともとクセひとつありませんので、こちらのほうが人間族の流行りにも乗っているかと思いまして。それに……私に髪型を一任してくださる、というお話でしたよね?」


 レオンはハサミ片手に胸を張る。


「いつもの髪型が、お客様には一番お似合いですよ。さ、明日は堂々と新たな学校でのデビューを決めてきてください」


 まるで転校生みたいな言い方だな、と少年ははにかんだ。

 この世界まち唯一にして随一の美容師の手にかかれば、新しい自分のお披露目は髪型を変えずともできてしまうらしい。




(Day.106___The Endless Game...)

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