Day.105 引越しは数年に一度あるかないかくらいでじゅうぶん

※本エピソードは小説投稿サイト「ノベルアッププラス」主催のイベント内で出題されたお題「引越し」に基づき書き下ろしたため、本編とは時系列が異なります。






 創造神わたしの部屋へとある住民が乗り込んできたのは、都市まち中の学校も会社も寝静まった夜のこと。

 その日はたまたま天使族のプリンも遊びに来ていて、住民のふわふわもこもこした体毛を視野に収めるなり「げえーっ!」とあからさまな嫌悪感を示した。


「油臭いですベージュさんっ!」


 さっきまでケーキを食べていた、フォークの先端をびしと突きつける。


「先にお風呂入ってきてくださいっ! おたく、電池工場なんですから! もう定時で上がってきたんでしょう?」

「おや失敬。創造神どのに急用でしたので」


 アルパカ族ベージュ──『カチク・コーポレーション』の製造部長だ。

 本当に工場を出てきたばかりなのだろう、作業着姿の彼は指摘されてみれば確かにご自慢の体毛がややしおれているように見える。


 しかし、ベージュが私に用事とは珍しい。

 代表取締役クロや営業部長シロのほうは、事あるごとに私へ厄介事を持ち込んでくる、汗より油よりもうさん臭いアルパカとして私の中で定評があるんだが。


「ええ、その臭い上司たちにはわたくしも常々頭を悩ませておりまして……その件についてひとつ、ご相談したく」


 アルパカ族の表情はいつでも憮然としているから、何を考えているのかいまいち読み取りづらい。

 さほど深刻でもなさげな口振りでベージュは告げた。


「お手数おかけしますが、差し当たっては『移住』先のご提供をお願いしたく――」



*****



 ――はわぁわわわわわわわわわわあ〜〜〜〜〜っ!?

 イジュウ!? え、怪獣!? 害獣!? しれっとなんて残酷な単語を言ったんだベージュお前ぇえええええっ!?


「落ち着いてください神様っ!」


 痛っ!

 プリンが私の頭へフォークを投げ付けた。

 ちょ、おま、プリンおまっ。危ないじゃないか! いくらこの全能たる私が寛大だからってやって良いことと悪いことが……。


「たぶんベージュさんがおっしゃりたいのは移住ではなく、お家のお引越しでは?」

「おっと、そうでしたねプリンどの」


 ベージュはこほん、と小さな咳をする。


「これは重ねて失敬、表現を間違えました。と言いますよりは、移住という単語をチラつかせると創造神どのがいつもに増して無能……じゃなかった、極端に狼狽えるという噂を小耳に挟んだものでして」

「悪どいですねえ〜。さっすがパブリッククラッシャーで悪名高い害獣、いえアルパカ族ですっ! ねえ神様? こおんな生きる公害、あなたの世界で唯一の汚点、環境破壊RTA生命体ことカチクの皆さんには本気で早いところ移住なり撤退なりご通達差し上げちゃえばいかがですか〜あ?」

「むむっ!? あなたさてはアンチですか? カチクアンチですね!? 悪いことは言いません。パブリック貢献度もお客様満足度も全種族で随一の我々を、あまり敵に回されないほうがよろしい!」


 ――お前たち、実は仲悪いの? 神様初耳なんだが?

 同じ空の下の住民同士、仲良くしようよ。市長の少年が悲しむぞ、泣いちゃうぞ?


「残念ながら創造神どの。天使族どころか同じアルパカ族でも、時として相容れないこともあるのですよ」


 ベージュは物悲しげに……いや真顔で長たらしい首を振る。


「アルパカ三人衆でお借りしている戸建てがあるでしょう? 二階が三部屋に分かれている、あの」

「あ〜ありましたねそんな家。会社の真ん前だし、立地も完璧じゃないですか〜!」

「わたくしにあてがわれたのは真ん中の部屋。せっかく残業がなくても、夜になれば右隣からはクロ社長のいびき、左隣からはシロどののヘヴィメタル」

「ヘヴィメタル? ……ああ〜なるほどお……」

「わたくしに休息の時など、ないにも等しいのです。どうかこの油臭くて哀れな子羊、いえ小アルパカに一戸建てのご融資、いえご慈悲を……!」


 要は、同居人が騒音レベルにうるさくて眠れないというクレームらしい。

 一戸建ての用意くらい、この私であればわけないさ。引越しだって自由にやれば良い。ただ、ベージュにだけ新しい家を与えるというのは、他のアルパカたちに対して不公平だと思うけどなあ。

 そもそもお前たちって、初めにこの世界へ召喚された時は、同じ屋根の下で暮らしたいという申し出を私にしてきたんじゃなかったかな?


「わたくしは猛反対したんですよ! カチクの営業時間外くらいは自由に過ごさせてくれと! しっかしあのブラック社長、家事全般をわたくしやシロどのに押し付けたいがばかりにパワーなハラスメントでシェアハウスをゴリ押しまして……!」


 そんな裏事情は知らなんだ。もちろん、あちらのアルパカにも言い分はあるだろうが……。

 言われてみれば、他の住民たちの家には招かれるなり自ら足を運ぶなりしているが、アルパカトリオの家にはまだ一度も入ったことがないな。会社の敷地内ならともかく、こいつらプライバシーの侵害がどうとか、いろいろと小うるさいからなあ。


 ――よし分かった! その相談は受け付けよう。

 ただ、他のアルパカにはきちんと話を通しておくべきだろう。ちょっと現場に出向いて良いかな? 今の時間ならクロもシロも帰っている頃だろう?


「ええ、そうですね……クロ社長はいつも直帰してますし、シロどのも最近はあまり残業をしたがりませんからねえ」


 かくして私たちはアルパカ宅へ直行する。部屋を出る間際、なぜか野次馬に過ぎないはずのプリンが「え〜……パワハラ上司に直談判なんてベージュさんの心証悪くする行いはやめましょうよ神様〜……」とか、ぶつくさ言っていたのが気になるが。

 到着すれば、早くも締め切った窓を貫通する勢いで彼らの騒音は屋外に鳴り響いていた。

 あれがクロのいびきだと!? 世界でも滅ぼすつもりか!? あいつだけはプリンの言う通り、本当にパブリックを壊すアルパカ界のデストロイヤーなんじゃないのか……。

 そんな不安も胸に抱きつつ、まずはベージュの証言通りヘヴィメタルを垂れ流しているシロの部屋へ、召喚陣を使って突撃してみたのだが。


「……あ」


 部屋にいたのは少年だった。

 私の顔を見るなり大口開けて青ざめさせた、その両手に持っているのは……なんだ、それ?


「ひょおおおお! たぎりますねえ市長どのお!」


 大きなモニター画面に釘付けのシロも、同じものを手に取り操作しながら、ヘヴィメタルにも負けないほどのけたたましい銃声を鳴らしている。


「アルパカに戦争はごめんですが、『テレビゲーム』なる異世界で合法的にエルフや天使悪魔を殺戮、蹂躙していく様を安全圏で眺めるのは最っ高です! よもや弊社で作っている電池にこのような使い道があったとは……ぎゃああああ! 残機ゼロになったあ!」


 ――……少年。

 そのゲーム機一式、いったいどこで。


「ちっ、違うんだ創造神! これはその、シロが仕事のストレス発散できるようにってプリンに発注を頼んでたやつで……」

「げっ市長さん! バラさないでくださいよおっ!?」


 ――ベージュ。

 シロの部屋でヘヴィメタルはいつも何時頃まで聞こえてくるんだ? 眠れないくらい夜遅くまで、という話だったな。




 人間族の少年、そして天使族の少女は、神の大きな怒りを買った。

 説教は一晩中続いたが、心配がいらない点もあるとしたら、私が生み出した世界にて、人間族とアルパカ族はそれなりに仲良くやれているらしい。






(Day.105___The Endless Game...)

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