6

 翌朝早く、イルギネスは稽古場に現れた。そこでは、しらかげが一人で朝の鍛錬に励んでいた。彼はこうやって、決められた日以外も毎日、朝練を欠かさないのだ。

「よう」

 声をかけると、驃はやや驚いた顔をして剣の素振りを止めた。

「こんな早くにどうした」

「久々に、朝練でもと思ってな」

 驃はイルギネスの前に立ち、まじまじと彼を見つめる。

「──何があった?」

「お前に言われたように、墓の前で泣いてきたのさ」

 言うと、驃は渋面になった。それを見て、イルギネスは笑った。

「そんな顔するな。感謝してるんだ。おかげで喝が入った」

「なんだか分からんが──剣も復活してるな」

 驃はイルギネスの腰の剣を見て、表情を緩めた。親友はどうやら、やっと夜の出口を見つけたらしい。

 イルギネスは穏やかな微笑みを口元に浮かべ、無言のまま、速やかに装備を整えた。

「やるか」

 驃が、剣先を軽くイルギネスに向ける。イルギネスもまた、剣を引き抜いた。その剣身は、生まれ変わったように刃こぼれ一つなく、美しい姿を取り戻している。「上等だ」驃は嬉しそうに口元を上げた。

「いざ、勝負」

 剣先同士が触れたのを合図に勝負は始まった。が、今度はなかなか決着がつかず、久し振りに長い時間、二人は夢中になって打ち合った。


 武器屋を訪れたのは、それから三日ほど後のことだった。

 ただ礼を伝えたくて来たものの、店の中にちょうどディアが一人でいるのを見て、急に、らしくもなく緊張した。先日、不覚にも泣きそうになった姿を見られたせいなのかも知れない。

<親爺さんは、どこ行ってんだ>

 いてくれた方が、気が楽だ。ただ礼を言いたいだけなのだし。でも。彼女が気づかせてくれなかったら、自分はまだ今頃、立派な腑抜け野郎だっただろう。そこはしっかり、伝えなければ。

 意を決して、中に入った。

「あら、こんにちわ」

 ディアは、イルギネスを見て顔をほころばせた。その笑顔が、彼の目にはひどく眩しく映った。

「剣の調子はどう?」

「ああ。とてもいい」

 答えると、ディアは嬉しそうに彼を見上げた。そしてふと、青い瞳を覗きこむ。

「いい顔してる。腑抜け野郎は、卒業したみたいね」

「おかげさまでな」

 鼓動がわずかに早まるのを感じながら、彼は真っ直ぐにディアを見つめた。彼女も、不思議そうに彼を見返す。

「どうしたの?」

 イルギネスは、小さく息を吐き、呼吸を整えた。そして言った。


「今日は剣のことじゃない。君に、会いにきたんだ」


<了>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Dear sword 香月 優希 @YukiKazuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ