シンカノジョ

タカテン

シンカノジョ

 最初に


 今作は梧桐彰さん主催『5000兆円が降ってきた:みんなで分岐する小説を書いてみよう』企画の参加作です。

 最初にまず蒼山皆水さんの共通プロローグhttps://kakuyomu.jp/works/16816700429152765040/episodes/16816700429152767117

 をお読みください。





 『シンカノジョ』

 


 どうすれば幸せな世界になれるのか?

 人の歴史とは、言うなればこの難問に挑み続けた歴史である。


 個人で見れば成功した者は数多くいるであろう。

 多くの財を成し遂げた者。歴史的発見で文明の発達に寄与した者。子を作り、育み、子孫に看取られて幸せなうちに旅立った者。幸せの形は様々だが、なるほど、彼らを幸せの具現者と言っても差し支えはあるまい。

 

 が、人類全体を見渡してはどうか。

 貧富、紛争、差別、虐待……いくら長い年月をかけ人の世が発展しても、これらの不幸がいまだ世界を蝕み続けている。

 生活を豊かにして幸せになろうとしても、貧富の差が生まれ、さらには富を巡っての争いが起こる。

 差別をなくそうとする行動が、逆に差別を引き起こすこともある。

 躾、教育、指導といった本来なら正しき行動が、相手によっては虐待になってしまうこともある。

 もはや人類の幸福への挑戦は行き詰まっていると言っても過言ではないだろう。

 

 しかし、そこにひとりの天才が現れた!

 

 彼はまず文明の発展は人類の幸せとは全く関係ないという考えから始めた。

 何故なら文明が発展して不幸が一つ解決したと思えても、そこにまた新たな不幸が生まれることに気が付いたからだ。

 そもそも幸せとは何か?

 物理的に満ち足りていることだろうか? 否、業の深さは人それぞれだ。

 ならば精神的に満ち足りていることだろうか? これは正しいことのように思えた。が、誰もが精神的に満ち足りるにはどうすればいいのか? 人類全員をひとつの思想に洗脳してしまうなんて、三流ディストピア小説もいいところだ。

 

 そこで彼が辿り着いた結論が『雰囲気』であった。

 誰もが経験したことがあるだろう。その場にいる特定の人物が醸し出す雰囲気で楽しいことが楽しくなく、逆に本来なら楽しくないことも雰囲気によってなんか楽しいと感じたことを。

 彼によれば世界は常に「つまらない」と感じる、とある人物が発する雰囲気によって支配されてきた。

 であるならばその人物を特定し、逆に「ワイの人生、めっちゃ楽しいやん!」って気持ちにしてしまえば発する雰囲気もプラスに転じて結果、世界全体も幸せになるはずだ!

 

 そして彼はついに見つけた。

 今の世界を不幸な雰囲気で包み込む、あるひとりの女性を。


 かくして今、人類は幸福を掴み取るべく、前代未聞の大作戦・人類幸福雰囲気計画が開始されたのである!!!!!

 

 

 

『対象者、家を出ました。予定通り、昨夜は一睡も出来なったようです』

『思考読み取りモニター確認。対象者、5000兆円を希望しております』


 その金額に作戦室におおっーとどよめきが走った。

 5000兆円という天文学的な数値に対して、ではない。

 予めその金額を正確に割り出していた稀代の大天才博士の慧眼にである。

 博士は若者のネット文化にも造詣が深いのだ。

 

「よろしい。作戦は予定通り決行。すみやかに対象者の近くにいる女性や小学生、ご老人方々を避難させろ」


 指揮官は命令を下すと、マイクを博士に譲った。

 

「五年前、私はとても興奮していました。何故なら世界に負の雰囲気を発する人物が、突如として某国の超重要人物から我が国に住むカノジョへと移ったのを観測したからです」


 興奮気味に話す博士。しかし、俄かにその表情が悲しみに染まり、こうべを下ろした。

 

「あの時のカノジョはまさにこの世の不幸を一身に背負ったようでした。付き合っていた彼氏にフラれ、希望していた大学に落ち、コップ式の自販機で飲み物を買えば液体がジャーと流れた後にコップがポテンと出てきたかと思えば、そこからスマホの画面が突然割れるわ、財布をすられるわ、父親の髪がハゲ散らかすわ、着ていた服が突然破れて吹き飛んですっぽんぽんになるわ、それを動画に撮られてSNSで拡散、世界中の男のズリネタに使われるわ、極めつけは投稿していた小説に初めてコメントが付いたかと思えば『クソつまんないwww』って煽られるわで、とにかく散々でした」

 

 マジかよ。なんてこった。おーじーざす。

 聞いていた隊員たちが口々に憐みの声を漏らす。

 ちなみに博士は変態ストーカーではない。世界を幸せにする為、不幸の雰囲気を纏っている者をつぶさに観察しなくてはいけなかっただけだ。この時のカノジョの裸が記録されているのも、研究の一環にすぎない。

 

「しかし、カノジョには申し訳ないものの、これは人類にとって僥倖でした。何故ならカノジョの纏う雰囲気を幸せにすることで我ら人類もまた幸福に、人類の念願であった全世界を幸福な雰囲気にすることが出来るからです!!」


 博士が顔をあげる。その表情は新たなる人類のステージに対する興奮に紅潮していた。

 

「さぁ、今こそ悲劇に終わりを告げましょう! 人類の、新たなる進化のはじまりです!」


 おおおおおおっっっ! と世界を揺るがさんばかりの大歓声が轟き、対象者であるカノジョのはるか上空に待機していた大型輸送航空機数十機から一斉に札束が――日本円にして5000兆円にも及ぶ札束が地上の彼女目がけて一斉に落下する。

 札束のシャワーだそれぇい、どころではない。もはや札束のゲリラ豪雨である! 標的となったカノジョはたまったものではない。

 

「対象者に札束がヒット! 次々と降り注いでいきます!!」

「対象者のバイタル確認! 血圧、脈拍上昇も問題ありません!」

「対象者、意識を失いました!! 作戦第一段階、成功です!!」


 おおおおおおおおおっっっ!

 現場からの報告に先ほどの大歓声にも負けないほどの歓喜の声が、作戦室を一気に満たす。

 

「やりましたな!」

「ええ、睡眠不足は世界三大不幸のひとつ。まずはこれでそれを解消してやります」

「しかし、このために敢えて対象者を徹夜させたのはどうしてです?」

「振れ幅の問題ですな。不幸が大きければ大きいほど、その後に巡り合う幸せは大きく感じるものです。皆さんも経験はあるでしょう。中途半端に仮眠をとるより、完徹した後の睡眠の方が深い眠りを得られた経験が」


 なるほどである。さすがは博士、頭がいい!!

 

「そして数時間後、カノジョは爽やかな目覚めとともに自分が大金持ちになったことに気が付き、纏っていた雰囲気を一気に大きくプラスへと転じさせることでしょう。その瞬間、世界は幸せに包まれるのです」


 博士が力強く断言する。

 なお、仮にカノジョが幸せの雰囲気に代わっても、その場合は別の負の雰囲気を持った人間に権利が移るのではないかという懸念を皆さんが持たれるのは当然である。

 が、博士はすでに学会でその反論を論破している。


 なんでも世界の雰囲気の権利が移るにはより大きな雰囲気を持つ人物が現れた時だけに限られるそうで、マイナスだった場合はより大きなマイナスな人物が現れないとダメなのだそうだ。そこで今回はそのマイナスをもつ権利者の雰囲気をプラスに転じさせたことにより、仮に権利者が移るとなっても今後はより大きなプラスを持った者が現れた時だけに限られる。つまりはマイナスをプラスに転じさせた時点で、人類の幸せはもはや約束された勝利なのだ、やったぜ(超早口)。

 

「さぁ皆さん、祝いましょう!」


 早くも作戦成功を確信したのか、配られるワイングラスを片手に博士が音頭を取ると一気に飲み干した。

 そして画面に映る、札束の海の中で眠るカノジョを見やる。

 札束の重さのせいか、眉間に皺を寄せている。しかしそれも目を覚ましたらたちまち喜びの表情に変わるだろう。

 そう思うと博士の表情もまた自然と笑顔になった。

 つまるところ博士は幸せだった。言ってしまえば有頂天だった。

 

 だからこの時の彼には数時間後、目を覚ましたカノジョが開口一番「神様、あんたバカァ!? 5000兆円を現金で、しかも空から降らすとか何考えてんのよ! あやうく死にそうになったわっ! こんなもん、銀行口座に振り込みなさいよっ!」とプンスカ怒り、まさか人類幸福雰囲気計画が失敗に終わるとは夢にも思わなかったのである。

 

 おわり

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