飲んだくれバレンタイン

平 遊

飲んだくれバレンタイン

「ったく、これが飲まずにやってられっかっつーのっ!」


なんて、酔っぱらいよろしくクダを巻いてみたものの、部屋の中にいるのは俺1人。

俺は今、突然やって来た失恋の痛みを堪えながら、元カノから今日送られてきた別れの酒を飲んでいるところだ。


ここずっと続いている、やっかいな感染症のお陰で、仕事柄、医療関係各所を回っている俺は、用心のために泣く泣く彼女との逢瀬を控えていたんだ。

それなのに。

今日。

よりによって、バレンタイン当日の朝。

彼女のインスタにあがっていた写真は…


男との、イチャコラ写真っ?!


とりあえず仕事が終わってから彼女に連絡をと思い、クタクタに疲れて帰って来たとたん。

家に届けられたのは、彼女からの小包。

中に入っていたのは、【涙酒】という名の日本酒だった。


これはもう、決定的だろう。

俺は、彼女に捨てられたんだ。

私のことは忘れて、今日は酒でも飲んで涙でも流しなさいと。

そりゃ、そうだよな。

あまりに忙しくて、連絡も疎かになるわ。

全く会うことさえできないわ。

そんなやつ、捨てられても、文句は言えねぇ。

どんな時でもマメに連絡をくれて、会いたいときに会えてイチャコラできる奴の方がいいに決まってる。


「クソっ…イテっ!」


怒りのぶつけ所ががわからず、とりあえずテーブルを殴ってはみたものの、案外硬い木製のテーブルは意外に頑丈で、ただただ俺の手が痛くなっただけだった。


と。

その、テーブルの上に投げっぱなしにしてあったスマホが鳴った。

コールの相手は、俺を振ったばかりの元カノだった。


「ねー、届いた?」

「…あぁ」


やけに明るい彼女の声が、俺の胸を掻き乱す。


「ありがとな。俺、これ飲んだら、お前のことはスッパリ諦めるから」

「えっ?なんで?」


スマホ越しの、驚いた彼女の声。


あれ?

俺、酔っぱらってる?

驚かれる意味、分からんぞ?


「だってお前これ、別れの酒だろ?お前はあのインスタの男と付き合うことにしたんだろ?『私たち ラブラブです(ハート)』っての、俺、見たんだからな」

「あれはっ!」


今度は、スマホ越しの、なにやら焦ったような彼女の声。


やっぱ、酔ったかな?

少し、飲み過ぎたか。

ま、明日は休みだから、どうでもいいが。


「バカっ!あれは、コスプレしたお姉ちゃんだよっ!」

「…え?」

「それにそのお酒は、『会えなくて寂しい日々に私があなたを想って流した涙のお酒』って意味なのにっ!」

「…はぁっ?」

「ひどいよっ、そんな風に思ってたなんてっ!」


スマホ越しから聞こえてくる彼女の声は、怒りを孕んだ声。

まずい。

こりゃ、完璧に怒っとる。


でも、待てよ?

て、ことはだ。


俺、振られたわけじゃなかったのかっ?!


「ばかっ!もうっ、知らないっ!」

「まてまてまてまてっ!俺の話も聞いてくれって!」


彼女の言葉に被せるように、慌てて電話を切ろうとする彼女を止める。


「だって俺、今のこの状況じゃ全然会えないし、疲れてロクに連絡できない日もあるから、こんなんじゃいつか振られるんじゃないかって…」


永遠とも思えた数秒の沈黙のあとに聞こえてきた彼女の言葉は。


「私、知ってるよ。うち、おばあちゃんがいるから、おばあちゃんに感染っちゃったら大変だから、私に会うのも我慢してくれてるんだよね。自分が医療施設によく出入りするから。それに、今、医療従事者や関係者がものすごく忙しいことも、分かってる。そんな、優しくて頑張ってる大好きなあなたの事、振るわけないでしょ」

「…うっ…」

「え?」

「うぅぅぅ…」

「えっ、ちょっ、どうした…」

「泣かせること言うなよ、うぅぅぅっ」

「もー、飲み過ぎっ!」


酒の酔いも手伝ってか。

俺はその後、スマホ越しに彼女と話ながら、泣いて笑って大騒ぎだった。


らしい。


残念ながら、俺の記憶にはなく、彼女から聞かされた話だが。

そして、案の定。

翌日のせっかくの久々の休日は、二日酔いに苦しんで一日が終わってしまったのだった。


ま。

あんな、俺にはもったいない程の彼女を疑って早とちり失恋をした罰だろうな、と。

ガンガンする頭と襲いくる吐き気に耐えながら、俺は1人反省した。


この感染症が落ち着いたら、思い切り彼女とイチャコラしよう。


なんて、ちょいエロの妄想を繰り広げながら。


【完】



※※※※※※※※※※※※※※※※

今年はバレンタイン話書く気全然無かったんだけど。

もう、バレンタイン終わりまで二時間を切ってるっつーのに、突然書きたくなっちまった♪

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