隣の君との綱引き

CHIAKI

隣の君との綱引き

ねえ、私たちの出会いは覚えている?


あれは高校1年生の初登校日だった。


肌寒い朝、通勤通学のピーク時前にも関わらず、駅前のバス停は混んでいた。人波に呑まれそうだった時、ふっとあなたを見かけた。そこには同じ高校の制服を着ていた学生が何人もいたけど、なぜかあなたは私の目を引いた。


バス停から人は段々いなくなり、いつの間にかあなたは私のすぐ隣に立っていた。168センチの私は女子の間では背が高い方にもかかわらず、あなたの隣にいると、小さくなった感じがした。それも当然でしょう、あなたの当時の身長はすでに175センチに達していたから。


あまりにも混んでいたから、私たちはバスに乗っていたの30分間ずっと立っていた。運転中の揺れで、私たちの間にある隙間は時に狭くなり、時に離れていった。数回だけ腕と肩が触れるような感触を感じたことで、私の鼓動は早まった。あなたの横顔を見ようとしたが、気づかれることを恐れて、仕方なく視線を逸らし、バスの外を見つめていた。



学校に到着してから、一年生は入学式が行われるホールへ向かった。みんなはホールの外にある掲示板の前に集まり、自分のクラスを確認した。あなたの名前を知らなかったから、この時点では自分と同じクラスにいたかどうかを知る由もなかった。ただ、ホールに入った途端、あなたは隣のクラスの列に並んでいたことに気付き、ちょっとがっかりした。


入学式の後、各クラスの生徒は自分たちの教室へ向かった。新しい学校、新しいクラス、新しい友達ができるワクワク感と新鮮さはあったけど、どうしても隣のクラスにいたあなたのことが気になっていた。


それからの毎日、バス停であなたと顔を合わせることは自分の密かな楽しみだった。私たちの間には何の進展もなく、会話もしなかったが、それでも私は嬉しかった。学校へ行くには早朝だけど、早起きは私にとって全然苦しくなかった。



時間が経つと、私の中に欲が芽生え始めた。


あなたをもっと知りたい。

あなたをもっと見たい。

あなたに近づきたい。


お手洗いへ行く時、あなたの教室を通らなければいけなかったので、これは私にとって好都合だった。特に用がなくても、わざとその方向へ歩いて、廊下からチラッと教室の中にいたあなたを見た。でも、休み時間にあなたは必ず教室にいるとは限らない。だから、あなたを見かけない時の失望感と見た時の高揚感が私を一喜一憂させた。


学校の食堂もあなたと会える場所だった。あなたが見える席に座り、一緒にご飯を食べていたように疑似体験をしていた。あなたはどんな食べ物を買うかから、食の好みも徐々に分かってきた。直接私に教えたことじゃないけど、気になる人のことをどんどん知れて、幸せを嚙み締めるような甘い気分になった。


残念なことに、私たちは同じ部活に入れたはずだけど、結局そうはなれなかった。あなたが吹奏楽部に入ったことを知った時、私はとても悔しかった。なぜなら、元々吹奏楽部に入ろうと思ったが、部活見学日に参加したら、弦楽部に入ることを決めたからだ。もし、最初の考えを貫けば、あなたと同じ部活に入れて、もっと早く友達になれたはずだった。



こういう一進一退の状況が続く中、私たちの関係は転機を迎えた。


私は同じクラスの3人の女子と仲良くなれたことで、いつも放課後一緒に遊ぶようになった。夏休み中、その中の1人は自宅でバーベキュー大会をやるので、来てほしいと誘われた。


その日、私に思わぬサプライズが待っていた。


私が親友の家に到着した時、まさかあなたもそこにいた。後で知ったのは、あなたは私の親友の二人と小学生時代から同じ学校に通っていたことだ。だから、その日の集まりは同じく小中高の仲間が集まる同窓会でもあった。そこで初めてあなたの名前を知って、そしてあなたと初めて話をすることができた。


その日から、私は親友たちを通じて、あなたのことをもっと知ることができた。例えば小中時代のあなたは何をしたか、どんな人だったか、どんな女子が好きか、友達の間でどんな評判だったか。あなたの名前を挙げることがなくても、さりげなく小中学校の頃の話をすると、親友たちは必ずあなたのことを言及した。こういう「インサイダー情報」を得られるというのは、前にはまったく想像できないことだった。


あなたのことをどんどん知れたとしても、あなたと接する機会は中々なかった。同じクラスじゃないから、廊下ですれ違った時だって軽い解釈するだけだった。わざわざあなたに声をかけることもできず、遠くからあなたを見ることしかできなかった。だから、あなたのクラスが他の教室へ移動する時、私はすぐ廊下へ視線を向けて、あなたを見ようとした。たった数秒間のことだけど、それでも満足になれたし、その日の気分は上々だった。


何とか私たちの間にある壁を取り壊せないかな?物理的も、心の壁も、無くなれたらいいのに。



私はあなたへの好意を隠していたつもりだったが、ある日バレてしまった。


高1の終り頃、親友たちとグループの一人の家でくつろいでいた時、なぜか好きな人の話題で盛り上がっていた。高校女子なら、気になる人ぐらいはいるだろうと思われていたので、皆は順番に自分の好きな人の話を告白した。私の番になったら、自分にはそういう相手がいないと言い張っていたが、親友たちはそれを信じなかった。しつこく聞かれた末、私はついにそういう人がいるとだけ言ったが、あなたの名前までは明かさなかった。


そしたら、皆はなぜか私の好きな人はあなたの親友だと勘違いしてしまった。今思えばそう考えたのは当たり前だった。あなたの親友は学校では有名なイケメンで、金持ちだし人望も厚い、成績もトップクラスだった。それに、私はあなたのクラスの行動をすごく気にしていたことを親友たちに勘づいてしまって、視線の先はあなただけど、彼女たちは勝手にそれがあなたの親友だと思い込んでしまった。


あまりにもからかわれたので、そしてあなたの親友との仲を疑われたくなかったと思って、私はあなたへの思いを白状した。


そしたら、みんなの反応は予想通りだった。


親友たちはあなたとは旧知だったから、あなたのことを異性として全然見ていなかったし、まさか私の意中の人があなたとは想像もしなかった。そのうちの1人は「あなたの魅力なんて理解できないから、隣の親友の方がいいじゃない」とまで言われた。あなたがそんなに悪いとは思わなかったが、周りから見れば、あなたの親友を好きになった方が妥当だと思うだろう。


でも、人を好きになることにはちゃんとした理由と理屈があるわけではないから。


そもそも、私たちの出会いは他人から見れば、ただの一目ぼれではないかと思うでしょう。会話もなく、名前も知らず、それでもいつしかあなたを好きになった。あなたを好きになった理由を聞かれたとしても、多分うまく説明できなかった。条件としてはあなたの親友の方が優れていたかもしれないが、私の心はあなたの方へ行ってしまった。


私の選択に賛同しないが、みんなは私の恋を応援する姿勢を取っていた。その日、みんながあなたの情報をたくさん教えてくれたおかげで、あなたとの距離を一気に縮めた気がした。



私たちの関係は何も進展のないまま、2年生になった。


同じクラスに入れたらいいなあと思っていたが、あなたはまた私の隣のクラスに入った。しかし、あなたの親友は私と同じクラスになった。


そもそも、あなたの親友と同じ部活にいたから、1年生の時から結構仲良くやっていた。同じクラスになってから、一緒に過ごす時間が増え、時々あなたのことを彼が言ってくれた。もちろん、私の気持ちなんかを知らないから、あなたの親友はただ親しい友人の話を提起しただけだった。


その年一番うれしかった時は、あなたがうちの教室に来た時だった。


休み時間に、あなたの親友に会いに来てくれることが多かった。そして、その親友は私の隣に座っていたので、あなたを至近距離で見ることができた。心臓が口から飛び出すように緊張していたが、廊下から窓越しではなく、面と向かって挨拶できるだけで、死ぬほど幸せだった。



神様は私の願いを叶ってくれた。


3年生になり、私たちはようやくクラスメイトになった。しかも、席は隣だった。


その時はすごくワクワクした。毎日あなたと会えることがうれしくて、授業にあまり集中できなかった。それでも、ずっとふわふわした状態のおかげで、受験のストレスがピークになっても、あなたと会えただけで、それを吹き飛ばせるようにすっきりした。


でも、私たちがクラスメイト以上になれなかったのには理由があった。


同じクラスになってから、席も隣だと言うのに、あなたから声をかけることは少なくなった。いつも挨拶程度の会話で、1対1の場合は何だか隔たりを感じていた。最初はあなたが異性の前ではシャイなのかなと思っていたが、次第に私は自分が嫌われていたかなと疑い始めた。


あなたへの思いは親友たちしか知らないはずだったけど、周りは段々気づくことになり、私が知らないうちにクラス内でそれを知る人が結構いた。それで、いつまでたっても進展がないままを見て来た「外野」は、私たちの背中を押すつもりで、二人きりにさせたい動きが多くなってきた。


もちろん、あなたと一緒にいられることは好きだけど、あなたはなぜか居心地が悪いようで、ずっと黙り込んでいた。私は積極的過ぎたかな、それともあなたは周りからのプレッシャーを感じていたのか。あなたの反応を説明できる理由をどんなに探っても、結論に至らなかった。


暫くしたら、その裏にある理由がようやく分かった。



夏休みの前、あなたはうちのクラスのある女子に好意があるという噂が立った。


あなたたちは今まで接点はないけど、その頃に目立つようになったのは、あなたが彼女の周りをうろうろしたことだった。最初は信じたくなかったけど、よくあなたを見ていた私はすぐ気づいた。あなたは彼女を見る目がとてもやさしく、そして彼女の行動が気になっていた。そういうあなたを見た私は、まるで自分のことを見ていた。私もああいうふうに、この2年半の間あなたを見つめていたから。


やっぱり、あなたは彼女が好きだ。しかし、彼女はあなたの告白をきっぱりと断った。


実際にその告白の場にいなかったけど、周りからの話で当時の状況を知った。別にあなたの彼女でもないし、あなたから一度も好意を示したこともなかったが、なぜか勝手に裏切られた感じがして、学校で親友たちの前で涙を流した。今考えるとすごく恥ずかしいけど、それは初めて男のために泣いた時だった。


あなたが断れた理由は知らないけど、私とはちょっと関係していたかもしれない。周りはあまりにも熱心に私をあなたに押し付けたから、彼女はそれで気にしていたかな?


しかし数か月後、彼女は自らその理由を私に打ち明けた。ただあなたのことに興味がなく、決して私への気遣いじゃなかったって。正直に言うと、彼女でもない私にこういう説明を受けることは、なんだか違和感を感じていた。その後も、彼女と接していた時、何となく気まずい空気が消えないままだった。



この一件で、私たちの関係は変わってしまった。


あなたは私に気がないことが、当時の自分のプライドを傷つけた。10代の高校生は好きな人が自分を好きになれないことを、そうすんなりと受け入れないかもしれなかった。それで、強がっていた自分の心を守るために、あなたへの思いを断ち切ることを決めた。


そしたら、私たちの会話は一気になくなり、私はあなたと目を合わせることすら避けた。


夏休みの後、あなたはクラスのもう1人の女子と付き合い始めた。前はあんなに前の子のことが好きだったというのに、皆はその乗り換えの速さに愕然とした。本当に今の彼女を好きだったのか、それとも前の子への八つ当たりなのかは分からないけど、あなたは皆の前で彼女と教室でよくイチャイチャした。


私はその場面を見た時、悲しさというより、呆れた気持ちの方が強かった。目障りなぐらいに露骨にやっていたため、そういうあなたにがっかりした。


でも、あなたは知ってる?どんな事をしても、前の子はあなたのことを何も思ってないよ。


私だって、もうあなたの行動で一喜一憂にならなかった。


そして、卒業を機に、あなたとの「綱引き」も終止符を打った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

隣の君との綱引き CHIAKI @chiaki_n

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ