後編
好きな男には少しだけ面倒な女でありたい。
ベッドから飛び降りて髪を揺らしながら彼の周りを駆け回る。肩や背にかかる髪のサラリとした触感が気持ち良い。
彼のハの字に下がった眉。宥める様な眼差し。
「堪らないね」
思わず溢れ落ちた言葉を掬う様に口に手を当てると彼の手が、生意気な口を覗かせた。
「悪い子だね」
と全く迷惑だと思ってない顔で言った。
「こんな素直な子いないと思うけど」
上目遣いに見つめながらいうと
「君は盗人癖があるから」
私は思わず目を丸くした。
語弊を生んでしまいそうな言い方だ。けれど、すぐに綻んでみせて
「あれはもう一度あなたに会う為に借りたもの。現に、ほらあそこにある」
二人揃って、透明なケースに行儀よく列を成しているサングラス、その一つに目を向ける。
あの夏の日。浜辺に肩を並べ、目の前を通り過ぎていく犬を眺めながら、彼の瞳はどれほど情熱的なのか、確かめるためにサングラスに手をかけた。
思った通り、少し落ち窪んだ瞳は面倒見の良さそう雰囲気があって、そこはかとなく、意地の悪さも感ぜられた。
そのままサングラスを自分の耳に引っ掛けた。別れ際には彼の視界から隠す様にビキニパンツの後ろ腰に引っ掛けて、後日、お返ししたいからという口実で彼を誘った。
ちらりと時計に目をやると、もう彼が家を発たなければならない時間に秒針が揺れていた。私は素直に彼を見送るほどに弁えのある女ではない。
「あなたが仕事に行った後、片しといてあげる」
まず一つ、彼の手に握られたクリーナーを遠くへ滑らせた。
察しの良い彼は困った様に眉を下げ、
「社員の子に怒られちゃうよ」
「大丈夫」
根拠のない大丈夫。否、根拠のある大丈夫。彼の家の時計は15分早く進んでいる。それなのに焦らしたがる眼差しに微笑んだ。
ゆっくりとスラックスのファスナーに手を伸ばして、
「私も綺麗好きだから」
彼は喜ばしげに意地の悪い笑みを溢した。
いたいけな心 今衣 舞衣子 @imaimai_ko
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