定例報告
「アホみたいな話だけどさ、人の気持ちってどうしたらわかるの? 数学の計算みたいに何度も公式使って練習すればわかるようになるもの?
ネットで心理学とか検索すると『右上を見ているときはうそをついている』とか『瞬きが多い人は緊張している』とか書いてあるけど、現実でそんな人見たことないし、そんな知識でどうこうできる気がしないんだよね。
でも、わからないけど、方波見は問題集の発展問題くらいの顔をしていた気がする。難しくて解けないんだけど、とっかかりがあれば解けそうな気もするし、解けなきゃいけない気もする」
先週よりも明るくなってきただろうか。
この部屋と言えば白い煌々と照らす照明というイメージだったが、ここのところオレンジや黄色の光が入り込んできた。
ただ真っ暗な中で、この大きなベッドを浮かび上がらせるだけの光だったものが、この部屋の外も地続きであるかのように見えてくる。
でも、それは錯覚だろう。この部屋の空気は冷たいままだし、ベットの主に何か変化があるようには思えない。
「わからないなりにさ、一年前の自分を思い出してみたんだ。入学式が終わって、初めての授業をひと通り受けて、園芸部に入って、宿題やって、単語テストやって……。ああ、あの時の自分暗かったなって。今もだよ、なんて言わないでね。多少は自覚があるつもりだから。
閉塞感っていうのかな?
テストに次ぐテスト、この宿題を終えたら次はこの勉強をしなければいけない。今日頑張ろうが明日、明日頑張ろうが明後日、常になにかに追われている感覚。これが永遠と続くんじゃないかという漠然とした恐怖。
そんな暗闇の中に僕がどれだけいたのかわからないけど、劇的な朝を迎えた瞬間があったわけじゃないけど、今はもう昼間を歩いている気分で」
ゴン、と扉から音がしたような気がした。
瞬間的に振り返る。木目調の扉は静かだ。
扉を見据えたままのっそりと近づき開いてみたが、外もあいかわらずなにを映すこともない白々とした光のみが満ちていた。
同じ速度で扉を閉じた。それと一緒に、思うがままに口を動かしていた自分に少し顔が熱くなった。
「ごめんごめん。ちょっと、アレな言い方だった。
えっとね、あの時の方波見の表情が、一年前の自分と同じじゃなかったかなと思えて。取り越し苦労ならいいんだけど。
でも、もしそうなら『慣れるしかない』なんて、本当にセンスがないよね。慣れていない人間にそれを言ったところで何の解決にもならない。なんて言えばよかったのかな」
手のひらでパタパタと顔に風を送る。ほとんど意味のない微風、僕がやってはかわいくも見えない。
「自分では抜け出せた気がするけど、それって慣れたから? じゃあどうすれば慣れるの?
桜葉さんなら親身に後輩の隣に座ってうなずきながら、大丈夫って言ってくれるのかな。もしくはそんなの前日にちょっとやれば楽勝だよ、なんてナチュラルに煽ってくるのかな? ごめん、煽るのは僕だけか」
笑ってみせたが、すごくわざとらしいように感じた。
まぶたに違和感がある。
ウソだな。桜葉さんが僕だけに見せる態度なんてものはない。
帰ろう。
窓の外は、もうこの部屋と切り離されていた。
エアープランツ 星野草太 @SoutaHoshino
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