あてなき旅①
「……え?」
あると思っていた学校は、なぜかお祭りムード一色となっていた。
メインストリートの左右端に列をなす露天。焼きそばやチュロスの匂い。
見覚えのある芸能人のトークショー。制服姿の高校生。そして高校生に声をかける脳内海綿体人類。
授業日だと思っていた本日は、ああなんということか、学園祭の日だったのだ!
「はぁ……鬱だ……死のう……」
東京都千代田区。都会のど真ん中。「この近距離なら駅必要ないんじゃない?」というくらいに駅間の短い街。
その千代田区の、四谷駅にて、私はうなだれていた。
授業日だと思っていた。私は本日、予習も宿題もしっかりと行って、万全の体制で第二外国語の授業に臨んでいた。
今日は学園祭だった。
どうしても誰かを殴りたい。ボコボコのメッタメタにして、殴られた理由もわからないのに泣いて暴力の否定を熱弁する人類の様をこの目に焼き付けたい。
しかし何ということだ、ボコボコにすべき人間の顔は、私以外に思いつかないのだ!
私の好物であるライチ味のジュースを一気に飲み干す。ラベルにはガキ坊の書いたような幼稚な詩が書かれてあり、それが私の神経をイラつかせる。
「ふぅ~~~~……」
私は陰キャだ。誰がどう見ても。地球が自転し、太陽が存在するのと同じように、私が陰キャであることは頑然たる事実なのである。
そして陰キャは、学園祭に出てはならない!
なぜなら、陰キャが学園祭に出ると溢れ出る「陽のエネルギー」を受けて死滅してしまうからである!
「よつや~~、よつや~~」
駅のアナウンスと共に、目の前の電車のドアが開く。今は平日の11時。降りる人も乗る人も少ない。
電車に乗り、新宿(三丁目)で降り、同じ東京メトロの路線で埼玉まで。
埼玉県和光市。あの本田技研工業株式会社、『世界のHONDA』の事業所がある街。
駅近くのバイク駐輪場に停めてある私のカブを引っ張り出し、家に帰る。
なにも考えちゃいない。世界のすべてが灰色に見える。
「おい汐留の姉貴、もう授業終わったのか?」
「……っせーな」
エンジンを掛けたカブの、時間を置いた時に発生する「エンジンの音が少し大きくなる現象」はない。それがまた私を腹立たせる。
ヘルメットの中は密封空間。国道を時速60km/hで飛ばしながら、叫ぶ。
「……あーーークソ!ってらんねー!どーすんべぇよあたしゃ!!!」
「……東松山、ねェ」
国道の信号待ち。青い案内標識には「川越 17km 東松山 32km」と書かれていた。
埼玉県東松山市。市の名前を決める時、「松山市」で御国に提出したところ、「愛媛県松山市と被るから」という理由で先頭に「東」の烙印を押されたかわいそうな街である。
何度か行ったことがある。
しかし、その先は?
なにがあるというのだ?この国道254号線をひたすら真っすぐ行った先には、一体なにが待ち受けているというのだ?
時間はある。学園祭期間である今日から6日間は、休みなのだ。
金は?
夏休みにバイトした残額が12万ほどある。
覚悟は?
「……あるに決まってんだろ」
リュックに大量の服と旅行用の荷物を詰め込み、ハンターカブにくっつけた、ホームセンターの箱には防寒具とバイク用手袋、財布や化粧品などをぶちこむ。
ロープで箱とリュックを縛り付ける。
即席旅行用ハンターカブの完成だ。
思い立ったが吉日。今日こそが大安。
「よいしょ、っと」
バイクに跨る。時刻は15時。家を出るには余りにも遅すぎる。
「なァに、思い立ったが吉日、ってなァ?」
またエンジンを掛ける。ヘルメットを被る。
もちろんナビは使わない。私の正しいと思った道を進むまでだ。
「よし、行くか」
今ここに、埼玉~香川の、6泊7日の、壮大にしてちっぽけな旅行譚が始まることを、私はこの時、まだ知るよしもなかった。
汐留波瑠華は旅をする 新・リュミエール @quatre_vinght_onze
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