幸いなる采配

押田桧凪

5000兆円が降ってきた

 それは、歓喜から始まった。人類初の火起こし、或いは日照りの続く地域に何百日かぶりの雨が降り注ぐ瞬間を思わせる、歓喜だった。


 ──はいこちら、中継がつながっております。雨宮さん〜!


 ──はい。わたくし現在、市庁舎前に来ております。ある老人は子供時代を思い起こしたのか、虫取り網を構え、ある主婦はエプロン姿のまま、魚をくわえたドラ猫を追いかける形相で、大人子ども問わず、空から降ってくる紙幣をかき集めようと必死になっているようです! あぁ、もう私もお金に目がくらんでしまいそうです! 今すぐにでもこの中継を終え、お金を手にしてやるっ。いや、時給単価を上げ、うーん不労所得というのかこれは……、ん、そういや確定申告疲れたな。


 ──雨宮さんっ?! 本音漏れちゃってますよ? 大丈夫ですか?


 ──すみません! マイク塞ぐの忘れてました! では、そちらにお返しします!



 ◇



 それは、換気から始まった。陰鬱な空気を外に出そうと、いつまでも叶わないことにしがみつくのは間違っているのだと、いい加減変わらなければいけない私に喝を入れるための、換気だった。


 七夕のお願いを書くとしたら、毎年私は決まってこう短冊に記した。


【5000兆円もしくはセンター分け黒髪身長170cm奥二重男子降ってこい】


 うん、大人げないのは承知のこと。35文字のその願いが叶うとは夢にも思わず、それでも夢じゃなきゃ起き得ない願いを、私は託す。

 現実と夢の狭間で藻掻き、身がすり潰されそうになりながら、先の見えない毎日を私はこれまで生きていた。


 そんな矢先。目にした空を飛び交うお札。何枚も何枚も、窓から零れ落ちてくるお札を見て、あはっ、と思わず声が出る。


 5年前の失恋を引きずっていた私は、もうそこにはいなかった。



 ◇



 時を同じくして、別の場所で。ふたりの売れない芸人はこう思った。これは使える、と。



 え、ガチ? 金降ってんじゃん。


 こんだけ金あると、何でもできそうだな!


 何?


 いや、何とは言わないけどさ。


 何?


 いや、だから。何でもだよ。あーそうだな、例えば……今、これ最高のロケーションじゃん。だから、映画とかで使えそうじゃね?


 たしかに。


 そうだ、こうしよう。俺が映画監督の役するから、お前撮影スタッフやってくんね?


 おい、それが人に物を頼む態度か? やってくださいませ、だろ!


 やってくださいませ! ……って、え、もう始まってんの?


 監督〜、この角度からの映像どうすか?


 おっ、いいね、ちゃんと取れてるねぇ。


 うーん俺的にはもうちょっと、金が降ってくる風速強ければパンチラ期待できたかな〜っと思って。いや、べつに変な意味じゃなくてね?


 変な意味以外に何があんだよ! それにその発想。もう令和だよ? 


 よし、ワンシーンとしては十分だな。あとは金拾ってくか? 周りのキャーキャー共らと一緒に。


 そうしましょう! あっ、そうだ最後に……。ACジャパンはこの活動を支援しています。


 してねぇよ? これ慈善事業じゃないよ? 何いい感じにまとめようとしてんの。


 ごめん……。


 ごめんで済んだら警察いらねぇよ。


 ご飯で済んだらパンはいらない?


 まぁたしかに、それはいらないけどさ! ガチかこいつ、難聴か? 


 はいティッシュ!


 いや、それ以前の問題っていうか……なんでティッシュ……


 鼻水出てるよ!


 お前は近視眼的だなぁ!


 ありがとう。


 褒めてねぇよ。いや、褒めてるか。ティッシュあんがとよ。


 どういたしまして。まぁこの俺様は路上ティッシュ配りバイト歴3年の強者つわものだかんね! あっ、つわものっていうのは兵士の兵の方じゃないよ!


 いや、御託はいらないから。


 じゃ、四択でいい?


 そうことじゃなくて! いや、選択肢減らすなよ! 俺、つぎチョキ出すから、パー出してくれない? って言われた時の気持ち、考えろ! 生まれつきチョキのカニさんの気持ち考えろ! 選択肢減らすってのはなぁ! ……すまん、言い過ぎた。


 うん、カニさんに謝ろ?


 うん、そう……、だね? よかった、まぁいいや。どうも、ありがとうございました!



 外は、乾季を知らないかねが降り続けるばかりだった。

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