第2話しょっぱいね、人生って。
時間は飛びに飛び、現在昼休み。
たった4時間。されど4時間。
悠久とも思えた昼休みまでの時間は、過ぎてしまえばこんなもんかと嚥下できるが、それまでの間はなんとも苦痛な物だった。
紙にペンを走らせ、先生の言葉に耳を傾ける。
いくつものことを同時にこなす作業の連続。
クラス一致団結し、敵愾心むき出しで先生に一矢報いる日が来るかもしれない。
と、詮無い心配をする。
が、今はそんなもの放置だ。
少女は放置すれば成長するらしいが。
「飯食おうぜ!」
「あぁ。」
俺の席の前に居座る鈴木と名称されるものが振り返り、俺の机に自分の弁当を広げる。
もちろん手は洗っている。
手は洗っている。大事な事なので2回言った。
清潔な手で俺も弁当を広げる。
今日は豚の生姜焼きがメインの弁当。
弁当箱を開いた瞬間に俺の鼻を席巻するのは生姜の香り。
そして、弁当を彩るプチトマトや、ほうれん草の胡麻和え。
我が家オリジナルの少し甘い卵焼きに白ご飯。
勉強で疲れた頭に糖分を、過ぎ去る時間と共に空くお腹を満たしてくれるだろう。
本当なら諸手を挙げて喜んでいるところだが、こちらにも体裁というものがある。
学校で狂喜乱舞しようものなら、居場所はトイレの個室となってしまう。
だから自制。最近は規制も多いし、ちょうどいいでしょ。
「・・・・・・・・おいしそう。」
「今日は何がお望みだ?」
「・・・・・・・・生姜焼きと卵焼き。」
「ほれ。」
俺は差し出された弁当の蓋に選抜されたおかずの乗せてやる。
勿論全部ではない。
まぁ、3分の1くらい?
「・・・・・・・・どうも。」
弁当の蓋は十分な重みがかかった瞬間、俺の下をさり、彼女の口へ入る。
「健司、お前今日も藤田に甘いなぁ。チョコだけに。」
「つまんねぇこと言うなよ。」
俺は残りの弁当をゆっくり食べた。
藤田霞。
別名、『微睡み姫』。
背中の辺りでそろえられた白髪。ただしかし、常に寝ぐせが髪のどこかしらをダイレクトアタックしている。
・・・・・・・・今日は整っているな。
白磁のように白い肌に華奢な体は少しでも触れれば割れてしまいそうで。
瞼は常に瞳の半分を隠し微睡んでいる。
授業中、休み時間問わずうとうとし、机に突っ伏す姿はまるで日向ぼっこをする猫のようだった。
しかし、昼ご飯を食べるこの時間だけは体の真ん中に園芸支柱が突き刺されたかのように凛とし、この時間だけは椅子の背の部分が使用される。
その姿がまるで姫のようで。
隠れたファンが多い。
それにしても、トイレとかどうしてるんだろう。
手を洗う姿も見たことが無い。
「・・・・・・・・女の子はトイレに行かない。そして、いつでも綺麗。」
「そ、そうなんだ。」
一瞬彼女の瞳が見開かれた気がしたが、気のせいかなぁ?
お腹を満たし、残りの授業に臨んだ。
結果は惨敗。
睡魔が歩哨のように立ち尽くす。それも満腹という素材を集め、進化か神化して。
強い睡魔は段ボールで作られた戦機でも、操虫棍でも太刀打ちできなかった。
微睡み姫はおろか、鈴木も兎原も・・・・・・・・。
福水は・・・・・・・・もはや般若のようだった。
閑話休題。
放課後は部活。
俺はサッカー部に所属している。
別段強いわけでも、俺自身すごくうまいわけでもない。
ただなんとなく、小学校の頃からしていたから。
中学でもとりあえず続けているだけ。
嫌いという訳でもないけど、滅茶苦茶好きという訳でもない。
まぁ、つべこべ言わず行きますか。
俺はショルダーバッグを片手に教室を出た。
「今日、部活オフだってよ。」
「は?」
教室を出たその刹那、同じ部の仲間からの通告。
「なんでも、監督の奥さんがチョコ作って待ってるから早く帰るらしい。」
「そうかぁ。」
そりゃ俺たちの部が強くなるわけがない。
「ちなみになんだが、お前はチョコ貰ったのか?」
「まぁ、4個くらい。」
「あっそ。」
「健司は?」
「俺もそんくらい。」
「そうか。それじゃ、また明日!」
「おう。」
俺は見栄を張った。
男が張っていいのは胸だけだというのに。
もちろん、女も胸を張っていい。
むしろ張れ!
・・・・・・・・サッカー部ってモテる部だったよな?
舗装されたコンクリートとされていないコンクリートのコントラスト。
それは持つものと持たざる者を形容しているようで。
俺の心は今日の空のように澄み切ったものではなく、コンクリートに咲く1輪の花すらも唾棄し、道行くおばあさんを蹴り倒したいほどに荒んでいた。
なぜ、今日は快晴なのだろう。
神様はどうやらチョコを貰ったらしい。
嬉しい気持ちの共有なんて、そいつの自己満そのもの。
共有された者にとってはただの苦痛。
怨嗟されたって仕方ないほどの罪。
英語にするならギルティ。
バレンタインとは愛と感謝のイベントである。
しかし日本人は愛に極振りしている。
我々の美徳である感謝を忘れてはいけない。
日本人は大和撫子と常に同衾しているんだから。
閑話休題。
「ただいまぁ。」
静かな家に木霊する声。
反響こそしないものの、反応もない。
母さんは仕事、父さんも仕事?
妹は・・・・・・・・帰ってきているな。
玄関に靴が並べられている。
瞬間的に足が速くなる靴、略して『瞬速』・・・・いや、『瞬足』だったっけ。
が並んでいるわけではない。
妹も俺もそいつは卒業した。
俺は妹のスニーカーの隣に靴を並べる。
階段を上り、リビングの扉を開いた。
「ゲートオープン、解放!」
妹はソファでくつろいでいた。
「お兄ちゃん、うるさい。」
「ごめん。なんか言いたくなって。」
妹に睥睨されながらも、俺はキッチンに向かい、弁当箱を洗う。
別に気持ち良いとか思っていない。
別に気持ち良いとか思っていない。
大事な以下略。
お湯に切り替え、水を出す。
やはり、最初は冷たい。
「ん?」
俺の目はとんでもないものを捉えてしまった。
今の俺の怒髪天を衝くような忌々しい、クマや水玉の装飾が施されたプラスチックの入れ物。
金の玉を入れる袋ではない。
なぜならそれは俺が1番知っているから。
ならなんだこの入れ物は。
妹はまだ小学生だぞ。
許せない。
俺は弁当箱をシンクに置き、水を止めた。
「妹よ!妹よぉ!」
「なに?私、今テレビ見てるんだけど!」
「1度こちらに来る義務が貴様にはある。」
「はぁ?」
妹はソファから腰を上げ、テクテクとこちらに向かってくる。
「なによ?」
「なぞなぞです。入れ物は入れ物でも、狸についている入れ物なぁぁぁんだ?」
「はぁ?急に何?4次元のやつ?」
「ですがぁ、この入れ物はなぁぁぁんだ?」
俺は例の物をつまみ上げる。
「バレンタイン用の入れ物だよね?」
「ファイナルアンサー?」
「うざいんですけど。」
「ブッブー。正解はお兄ちゃんの袋でしたぁぁぁぁ!」
「キモッ!」
妹はドスドスと元の位置へ戻って行ってしまった。
「沙耶の罵倒はまるでビターチョコだぁ!」
沙耶は方向転換。自分の部屋へ向かったようだ。
同じ空気も吸いたくなくなったらしい。
悔しいですっ!
はぁ。
ベットでため息。
1つくらいは貰えると思っていたのに。
バレンタインとは死屍累々を掻き分け、1筋の光を追い求める様な、そんな残酷なイベントだっただろうか?
残酷なのは天使のテーゼだけでいいのに。
気分転換に読む本も内容がなに1つ入ってこない。
あの妹ですら誰かに渡している。
俺は羊水にいる頃から知っているのに。
たった数年の付き合いの誰かに。
俺は沙耶の分も1として数えるつもりでいたのに。
むしろそれが支えで学校生活を送っていたのに。
なんだよ、福水のやつ。
鈴木にはあげて俺には無しかよ。
兎原もだ。
いつもベタベタと、思わせぶりな奴だ。
俺はどこぞの大社長でも大株主でもないのに。
何のための色仕掛けなんだ。
閑話休題。
本の文字を目で追う。
流石に疲れてきた。
トントン。
部屋の扉が叩かれる。
「はぁい。」
おそらく沙耶だろう。
「お兄ちゃん。あのね・・・・・・・・」
「どうしたんだ?」
俺の目の前にはもじもじする妹、もとい沙耶がいた。
服は何故か着替えられ、髪がおろされている。
相変わらず綺麗な黒髪だ。
出来ることなら茹でて麺つゆで食べたい。
「お兄ちゃん、涎垂れてる。」
「あぁ、すまん。」
近くのティッシュで拭き取る。
「それで、なんだ?」
「あ、あのね。本当はね、すぐにね・・・・・・・・」
ピンポォォォン。
「悪い、ちょっと待て。」
「う、うん。」
俺は玄関へ向かった。
誰だろう?それとも何かの配達かな?
ピンポピンポピンポピンポォォォン・・・・・・・・
「はぁぁぁぁぁぁぁい!」
せっかちな奴だ。
モニターを確認する。
誰も映っていない。
「え、怖っ!」
正直出たくない。
しかし、見えざる手の力で俺の背中は押された。
愛ではなく、俺にすり寄ってきたのは勇気の方の友達らしい。
早く愛も来ればいいのに。
俺は階段を降り、ドアを開ける。
・・・・・・・・誰もいねぇ。
ピンポンダッシュだろうか。
まぁ、五体満足でいられたことには感謝かな。
それに上で沙耶が待っているんだ。
俺はドアを閉め・・・・・・・・られなかった。
「は?」
「・・・・・・・・痛い。」
ドアのストッパーとなっていたのは華奢な足。
俺は白薔薇のように繊細な生足と邂逅してしまった。
「なんで寝転がってるんだ。」
「・・・・・・・・疲れたから。」
「そうか。」
俺は説得の末、地べたに座らせることに成功した。
「それで、何しに来たんだ。藤田。」
「・・・・・・・・とりあえず家に入れて。寒い。」
「あぁ、そうだよな。すまん。」
俺はドアに手をかける。
「「ちょっと待ったぁぁぁぁ!」」
俺の家を囲うブロック塀のから2人の少女が。
1人は眼鏡少女。もう1人はデカ乳少女。
目覚えしかなかった。
「「ふじたぁぁぁぁ!なに家に入ろうとしてんのよぉぉぉ!」」
「・・・・・・・・寒いから。」
「あんた!大人しいふりして・・・・・・・・不純異性交遊よ!」
「健司もなに普通に入れようとしてんの!そういうのは私でいいじゃん!私ならいつでもオーケーよ。英語にするならオールウェイズいいよ!」
「何言ってんのよ!あんた発情しすぎて脳みそまで解けたんじゃない?」
「それでも構わない。それが中学聖日記。」
いつも通りの展開が繰り広げられる。
いつもと違うのはここが学校でない事。
そしてそれはかなりまずい事で。
ご近所さんの訝しむ目がこちらに集中した。
騒ぐ女の子達ではなく、その中心にいる俺に。
「お、おい。静かにしてくれ。」
俺の静止は聞かず、キャットファイト。
あぁ、とりあえず家に入って欲しいんだけど。
「・・・・・・・・お邪魔します。」
「「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」
福水と兎原はドアの開く音と、藤田の声で簡単に家に入った。
リビングの空気はピリピリしていた。
俺の感受性が今より成長すればここに紫電が迸るのが見えるかもしれない。
四人掛けの机に4人・・・・ではなく5人。
俺、藤田、福水、兎原・・・・・・・・沙耶。
藤田が机の傍の床に寝転がっている。
床暖房が気に入ったらしい。
何とも図々しい奴だ。
でもまぁ、可愛いからいいや。
閑話休題。
制服と私服がごった返す。
中学生組は俺以外制服。
俺はほぼ寝間着。恥ずかしいな、着替えようかな。
沙耶は初めて見る私服。
フリフリしていて可愛い。
これが今の小学6年生の流行りなんだろう。
・・・・・・・・こいつら早くチョコ渡せよ。
俺の心はウキウキしていた。
今なら妖怪退治にだって行けそうなくらいに。
放課後に男子の家に来る女子。
特別な日でなくても舞い上がるイベントだってのに。
今日は『バレンタインデー』ときた。
ハハッ!俺の家では今、エレクト〇カルパレードが開かれているのか?
「お兄ちゃん。」
「なんだい妹よ!」
「この人たち誰。」
沙耶の指さす方向に目をやる。
「藤田さんと兎原さんだよ。」
「よろしくねー沙耶ちん!」
「・・・・・・・・はじめまして。」
「ど、どうもー・・・・じゃあなくてぇ!」
沙耶は机をバンっと叩き、椅子から立つ。
「
「沙耶ちゃん。ともかくってなに?私仕方なく、てかこの2人の保護者のつもりなんだけど。」
「愛菜ちゃんそんなに優しくないじゃん!そういうのいいから。マルマルモリモリでも踊ってなよ!」
猛禽類の様な鋭い眼光で福水は睨まれる。
福水が小さくなった。
「沙耶、この2人は中学で知り合ったんだ。」
「ふ、ふーん。それで?」
「それだけだが。」
「そ、そうなんだぁ。」
「沙耶ちん。これからは私の
「・・・・・・・・けんじ。今日はこれを渡しに来た。」
唐突だな!兎原の言葉は藤田の耳には届かなかったらしい。
しかし、その他大勢の人間の顔は引きつっていた。
俺も若干引いていた。
・・・・・・・・といった照れ隠しは置いといて。
藤田の手には先ほどキッチンで見た様なラッピング袋が握られていた。
「来たっ。宇宙キタァァァァァァァァァァァァ!」
俺はその小包を丁寧に受け取り、阿鼻叫喚。
この際、体裁なんて忘れてしまおう。
「ありがとうな、藤田!義理でも嬉しいぜ!」
俺は床に転がる微睡み姫とハンドシェイク。
「義理じゃ・・・・・・・・・・・・・・・・うん。後で食べてね。」
お姫様の顔は真っ赤に染まっていた。
床暖房切ろうかな。
「次は私の番!」
意気揚々と立ち上がったのは兎原。
揺れあがったのは2つのロマン。
彼女から召喚されたのはブラックマジ・・・・ではなく、小瓶。
その中に溶かされたチョコが入れられている。
小瓶には装飾が施され、チョコを食べ終えた頃には部屋の飾りとしても使えそうなほどだった。
「そんじゃあ・・・・・・・・はいどおぞぉ。」
「え?」
鷹揚とした声とは裏腹に、目の前の光景に度肝を抜かされた。
ヤンヤンつけボーではない。
名称するなら『兎原つけボー』だろうか。
小瓶のチョコ溜まりにクッキーで出来た棒・・・・ではなく兎原の指をディップし、今その指が俺の口元へ運ばれている。
「おいしいよ。」
「「「ちょっと待てー!・・・・・・・・ってなに普通に食べてんのぉぉぉぉ!」」」
「流石に申し訳ないかなと思って。」
「やぁぁぁぁん。大胆なのね。」
兎原は別室にて福水にこっぴどく叱られている。
藤田は相変わらず床暖房を全身で感じていた。
顔の火照りは・・・・大丈夫、いつも通り。
「・・・・お兄ちゃん。」
「どうしたんだ沙耶。・・・・あっ。そのさっき部屋で言おうとしてたのって何だったんだ?」
「うん。あのね。これを渡したかったの。」
正直、今なら何を渡されても驚かない自信があった。
理由は簡単。
『兎原つけボー』を見て、さらにはそれを食したからだ。
完食・・・・・・・・とまではいかなかったが、1口、もとい1舐め出来たことはこれから社会の荒波を生きる上で必要不可欠だったと思う。
俺のレゾンデトールはこの日を生きるためだと言っても過言ではない。
「なんだい?妹よ。」
俺は妹の両手に跋扈されている・・・・小箱?を手に取った。
「これは?」
「開けてみて。」
中には・・・・・・・・・指輪?
チョコで出来た指輪が2つ、そこにはあった。
大きさが微妙に違う2つのリング。
ホラー映画ではない。
「えーっと・・・・・・・・。食べていいのこれ?」
「もちろん。でもね・・・・1つやりたいことがあるの。」
沙耶はもじもじと、俯く。
俺から見えるのは沙耶のつむじだけ。
一体何がしたいんだ。
俺は何故か、普段なら可愛げのある妹の小動物の様な佇まいにクライシスを感じた。
食物連鎖のピラミッドが脳裏にちらつく。
「その・・・・はめて欲しいの。」
「ん?」
「だからっ・・・・・・・・・・・・その指輪をはめて欲しいの。」
・・・・・・・・部屋に響いていた福水と兎原の嬌声じみた叫び声が止まり、部屋の中が深夜の空のように静かになった。
一体何度この部屋を静かにすれば気が済むのだろう。
「と、とにかく。この指輪をはめればいいんだな!」
俺は森閑したリビングを壊すように時の奔流に身を任せ、無理やり指輪を手に取った。
もちろん大きい方を。
「あーっと、これどこの指にはめればいいんだ?」
「・・・・もちろん、左手の薬指。」
「オーマイ、ガーゴイルは大体どの漫画でもすぐ死ぬ。」
「ちょっとぉぉぉぉ!待ちなさいよ!」
例に従い、福水の割り込み。
だが、今回は失敗に終わったようだ。
「愛菜ちゃん。あの事言うよ?」
「・・・・・・・・好きにしなさい。」
福水は思慮を巡らした後、兎原に向き直り先ほど同様ぎゃあぎゃあ騒いでいた。
これほどまでわかりやすい八つ当たりは無いだろう。
「着けたぞ。」
俺はその間に薬指にチョコの指輪を装着。
ぴったりなのがとてつもなく怖かった。
「じゃあ今度は・・・・ちゅけて?」
「はいはい。」
俺は沙耶の薬指に着けてやった。
福水の敵愾心むき出しの視線の中で。
俺は頭の中で頌歌を謳い、神に懺悔をした。
「今度は私の番ね。」
福水が喜色満面の笑みでこちらを向く。
その手にはやはり小包があった。
「お前は・・・・普通だよな?」
「当たり前でしょ!」
顔を真っ赤にして激昂する。
うん。安心だ。
俺はその小包を受け取り、金色のビニタイをねじり開く。
フワッと香る苺の香り。
赤いマカロンがそこにはあった。
「おいしそうだ。もしかして・・・・作ったのか?」
「ええ。まぁ、そりゃぁね!」
「なんで怒ってるんだよ。」
「生まれつきよ!さっ、早く食べなさいよ。」
「あぁ。」
俺は小包の中から1つ取り出し、口の中へ放り込む。
サクッとした触感の砂糖菓子の中に、苺のクリーム。
甘い中にある程よい酸味は、味に飽きをこさせない工夫だろうか。
砂糖菓子にもしつこさは無く、食べやすい。
獰猛な福水からは想像もできない様な繊細な味だった。
「おいしい。すごく美味しいよ!」
「ま、まぁ、当然の結果よ!」
「ありがとうな。」
俺は感謝を伝える。その中に下心は無い。
断言できる。
久しぶりに2人きり・・・・とはいかないが、鈴木抜きで話せて嬉しかったし。
「そんなのでよければいつでも・・・・・・・・って何言わせるのよ!」
福水の平手が俺の下顎に直撃した。
甘みの後は苦みが欲しくなる。
たしかに今日は甘々だったけど、苦みが今まさに上回ってしまった。
「いてぇ・・・・・・・・あれ、頭が・・・・・・・・・・・・」
視界が徐々に暗澹とする。
かすかに見える景色にはまるで陽炎のような靄がかかり、ぼーっとしてきた。
やばい。
「けんじぃぃぃぃ!遅刻するわよぉ!」
目を覚ます。
カーテンの隙間から光が差しこむ。
それは俺に朝を知らせた。
しかしそれと同時に母さんの声も朝を知らせる。
俺は暖かい布団を犠牲に、今日1日をスタートする決意を固めた。
階段を降り、洗面所へ向かう。
鏡に映る自分の顔はやはり中性的。
ひげが生えればなぁ・・・・。
顔を洗い、リビングへ向かう。
「健司、あんた今日朝練でしょ。早くしなさい。」
「う、うん。」
今日の朝餉はいつも通り。
カリッと焼いたトーストの上にはバターが乗り、俺と妹の弁当に入りきらなかったプチトマトとほうれん草の胡麻和え。
そしてぎゅう・・・・・・・・あれ?
コップから湯気が立っている。
「昨日は2月14日だったでしょ。昨日の残りよ。まだあと1週間分くらいあるから沙耶と2人で飲みなさい。」
「あぁ、そうだったね。ていうか、俺って昨日何してたっけ?なんか記憶がないというか・・・・・・・・」
「何寝ぼけてんの?昨日はあんた熱出して1日中寝てたじゃない。今日も休みたいからって記憶喪失の振りしてんじゃないわよ。そんなことしたって可愛い女の子と入れ替わる事なんかないからね。」
「朝から調子いいね、母さん。・・・・・・・・俺熱出てたのか。はぁ、バレンタインに熱なんて男失格だな。」
「ほら、早く食べなさい。バレンタインならお母さんが渡したでしょ。」
「そうだったね。このココアを飲んだことは覚えてるんだけどなぁ。」
俺は歯を磨き、おそらく部活生しかいない学校へ向かった。
「いってきまぁす。」
「・・・・・・・・いってらっしゃい。」
バレンタインは母の不器用な愛を再確認するイベントである。
灯台下暗し。
親の大切さを再確認しよう。
「おやすみ世界。おやすみ俺。」
由々しき関係、されど塩 枯れ尾花 @hitomu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます