悔しい

「おい……晴峰さんや。いつまで俺の髪をジッと見てやがるんだ。さっさと練習に戻りやがれ」


「本当に不思議な物ですね。髪の色が違うだけで人の印象がガラリと変わるなんて。金髪の時には気づかなかったのに、黒髪だと本当にあの時の男性は太陽さんだったんですね」


「おいコラ、無視してんじゃねえよ。毎度ながらお前が朝練に付き合って欲しいって言って来たから眠たい目を擦って来てやってるのに、集中しないなら俺は帰るぞ」


 朝露が葉に付く早朝に太陽と御影は練習に最適とされる中央公園の運動場にいた。

 朝とはいえ薄暗い頃に1人で練習するのは不安とタイマー係などの補助として御影は太陽にサポートをお願いしている。御影が転校してきて2ヶ月経とうとしている、週に3度は太陽を御影は呼び出している。

 太陽も不平不満を零すが、頼られると断り難い性格から、何だかんだで応じている。


 だが今日。普段は練習に真面目な御影もあることが原因で集中できていない。

 その原因たるや、先日の事。

 御影が転校してきた頃から最近まで金髪だった太陽が突如黒髪に染色して来たからだ。


 御影は中学時代に一度太陽とは出会っており、その時は黒髪。

 

 つまり、御影からすればやっとあの頃の太陽と再会したことになる。


 練習に集中しない御影に呆れて帰ろうとする太陽を御影は止め。


「ちょっと待ってください! いいじゃないですか、私からすればいきなり黒髪に戻って驚いてるんですから、その心情の変化を聞いたりしても!」


「お前な……気持ちは分かるが練習は真面目にしろよな。今度県大会があるんだし、余裕ぶってると足元を掬われるぞ」


「分かってますよ。県大会であろうと全国であろうと、私は慢心しません。侮って負けるのなんて二度とごめんですからね」


「なら真面目にしろ。…………けど、俺が原因で練習に身が入らずに万が一でも鹿原高校うちのエース様が敗退なんてしたら洒落にならないしな。今はお前の話に付き合ってやるよ」


 そう言われると御影も複雑なのか不服そうに頬を膨らますが、聞けるのであれば我慢したようだ。


「では単刀直入に聞きますが、その黒髪は何か並々ならぬ心情の変化があったからですか? 私が知らない所で何かあったのかお聞かせください」


「それは……お前に話す必要はないだろ」


 話に付き合うとは言ったが質問に答えるとまでは言っていない。

 御影に素直に話す内容でもないので適当にはぐらかすつもりだったが、御影は顎に指を当て。


「そうですか。勝手な推測ですが、昔太陽さんが約束した相手が渡口さんではなくて別の誰か、そうですね……太陽さんと近しい相手として高見沢さん辺りが妥当ですか? 誤解が解けて、渡口さんに全て非があるわけではないと知って、その決意から黒髪に戻したと私は思ってます」


 御影のあまりにも的確な推測に太陽は目を見開き。


「お前、なんでそれを!? まさか、見ていたのか!?」


「見ていませんよ。ただ私は、前に太陽さんから聞いた話を基に考察していただけです」


 恐らく晴峰の言う話を聞いたは、太陽が昔出会った男子だと御影に露呈した後のファミレスでの会話だろう。それ以外で太陽が昔の事を話す機会はなかった。

 信じ難いが御影はここに来て嘘を吐く性格だろうか。

 ここで太陽は思い出す。


「そう言えば、お前は俺の失恋の原因に気づいている風な事を言っていたな……」


 太陽が真実を知る前に御影は僅かな情報を基に推測を立てていた。それを太陽に話す事は無かったが。

 もしかしたら、御影が語った推測がその時に立てた推測であれば末恐ろしいものだった。


「それで。どうですか私の推測は?」


 答え合わせを求める御影に太陽は苦笑し。


「……滅茶苦茶怖いな。お前、将来陸上選手じゃなくて探偵になればいいんじゃないか?」


 素直に正解とは言わずに遠回しに正解を醸す返答をして、それを察した御影はハハッと笑い。


「そうですか? では進路の1つとして考えておきますよ。けど、これだけ感の鋭い私が相手ですと浮気なんて簡単にはできないですね」


 何を言ってるのだと太陽は思ったが、不思議と背中が冷えたのは気のせいだろうか。


「そうですか……私の推測は当たっていたんですね。そして、太陽さんは全てを知ったと……」


 笑っていた御影が突然と表情に影を落とした。


「私の知らない所で色々と進んでいることに少しショックを覚えます。正直に言いますと、私が太陽さんを立ち直らせようと思っていたのに、先を越されたということですね」


「先を越されたって……お前は何を言ってるんだよ」


「別にいいんですよ、そんな事言わなくて。太陽さんも気づいていますよね? 私の、気持ち」


 誤魔化そうとした太陽だが直球に御影に言われて口を閉ざす。

 太陽も周りから散々鈍感だとか言われるが、流石にここまで言われて気付かない程鈍感ではない。

 躊躇う太陽だが意を決して口を開こうとした時、それを御影が遮る。


「今は何も言わないでください。まだ、この勝負を終わらせるつもりはありません。今はまだ、初速の段階ですから」


 ピンと太陽の鼻先を指で小突いた御影はニシリと笑い。


「恋もスポーツと同じで積み上げてきた時間が強固ではあります。ですが、時にはそれを覆すことはあるんですよ。ですから、ただ今はがむしゃらに頑張るだけです」


 己の決意を示す様に指でピストルを作る御影。


「よーし! その為には、太陽さんにはカッコいい姿を見せないといけませんから、練習頑張って、大会はぶっち切りで優勝してみせますよ」


 彼女の恋はまだ始まったばかり、走り、走り、前だけ見て走り。

 いつか背中を見続ける彼女達を追い越し、太陽の横を共に歩く。それが御影の恋の目標だ。

 

「たくよ……俺含めて、皆自分勝手だよな……。俺はこれからどの様に進むんだろうな」


 過去を振り向かないと決めた太陽は、まだ見ぬ未来に思いを馳せてストップウォッチのボタンを押す。

 

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学園の人気者のあいつは幼馴染で……元カノ ナックルボーラー @knuckleborer

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