諦めない

 様々なすれ違い、誤解があり、1年半にも及んだ確執は今日、太陽の寄り添いによって終結した。

 だが急に関係が中学の頃に戻るわけでもなく、光は、1人帰路を歩いていた。


 陸上部を怪我で退部した後も、次は文科系である軽音部に入部した光は、放課後に練習はあるはず。

 そのはずだが、先輩の1人である原田が小テストで赤点を取ってしまった為、補習を受ける事となり、メンバー1人が欠けたら練習にならないと、急遽休みになったのだ。

 仮にも光が通う鹿原高校は進学校な為、部活よりも学業が優先される。光も赤点は取らない様に今後も勉学に励もうと思いながら歩いていると、1人の女性が光の前に立ちはだかる。


 光はその人物を見ると、少し唖然としたが、クスッと笑い。


「いかにも待ち伏せしてましたって成りで登場したけど、さっきまで部室で顔を合わしてたのに、改まってどうしたのかな? 千絵ちゃん」


 光の前に登場したのは、光と同じ軽音部に所属をして、光と同じギターを担当する、光の幼馴染にして最大の親友である千絵だった。

 

「むぅ。折角、「ここであったが100年目!」的な事をしたくて先回りしていたのに、反応が冷めてるね」


 千絵は光が来るまで電柱に隠れて様子を見ていたが、千絵が背負うギターが電柱からはみ出てたから、数十メートル前からでも千絵の存在を認知できていた光。

 ここはノッていた方が良かったのだろうが、光はその様な反応は苦手である。


「先回りって……こうやって鉢合わせするぐらいなら、最初から一緒に帰れば良かったじゃん……。一緒に帰ろって誘ったのに、これをしたいが為に誘いを断ったの?」


「う、うぐっ……。わ、悪い! てか、昨日あんなライバル宣言した後で、平然と顔を合わせられる程の胆力は私にはないよ! だから少し間を空ける為にこの重たいギターを背負って先回りしたんだから!」


 言い訳じみた事を言い取り繕う千絵を光はジーッと半眼で見るが、クスッと笑う。

 クスクス笑う光だが、次の瞬間、まるで暗転するかの様に表情に陰りを見せる。


「まあ、いいよ。こうやって千絵ちゃんと直接話せるなら、なんでも」


 不穏な空気を醸し出す光に千絵は少し警戒するが、笑いから真顔になったかと思えば、直ぐにいつもの微笑に戻った光は千絵に言った。


「千絵ちゃんなんだよね。太陽をあの倉庫に隠していたのは」


「ッ!?」


 警戒していた部分外からの不意打ちに近い一言に千絵は驚愕する。

 幾つもの予想外が重なり狼狽する千絵だが、パンパンと自身の両頬を叩いて落ち着かせ。


「…………太陽君から聞いたの? てか、いつの間にそんな話を……」


 千絵は太陽と光との会話を知らない。

 太陽と光の関係が完璧に修繕されたとは言わずとも、その兆しが僅かに芽生えた事も。


「太陽自身は偶然倉庫に隠れていたからって言っていたけど、嘘だと分かるよ。体育館裏の倉庫は授業以外では基本的に鍵は閉まっている。鍵は誰でも申請をすれば借りる事は出来るけど、鍵は1つのみ。もし仮に太陽が鍵を借りてかくれんぼの為に倉庫を利用していたのなら、千絵ちゃんが鍵を借りる事はできない。逆もそう。だからパターンは2つ。1つは太陽が隠れていた所に千絵ちゃんが来て、太陽と鉢合わせをする。2つ目は千絵ちゃんが太陽を倉庫に招き入れて、太陽を倉庫内に隠す。この2つのどれかだよね?」


 幾つかの規則や矛盾からの推測を告げる光に千絵の額に冷や汗が流れ……千絵はふぅ、と息を吐く。


「光ちゃんが太陽君に何を言われたのかは知らないけど、太陽君……言うんだったらもう少し考えて話してよね」


 太陽の思慮の浅さに呆れる千絵だが、降参と両手をあげ。


「正解だよ。答えはパターン2の方。私が、太陽君を倉庫に招き入れた」


「……どうして太陽を」


「そんなの簡単だよ。私達の会話を聞かせるため。知って欲しかったんだ、太陽君には、全てを」


 太陽はこれまで約束の相手を光だと誤認して、


「それをして千絵ちゃんにどんなメリットがあるの? 何もしなければ千絵ちゃんの方が圧倒的有利のはずなのに……」


 太陽が記憶を取り戻しても、光が太陽を振り傷つけた事実は拭えない。

 なら、光の真意を太陽に聞かせずにいた方が千絵が太陽と付き合える可能性は幾分高い。

 千絵の行動は多少なりとも光に塩を送っているだけだ。


「確かに光ちゃんの言う通り、正直メリットよりもデメリットの方が多い。けど、デメリットが多くても、数少ないメリットの中で最も優先したいものがあった」


「聞かせてくれるのかな、その数少ないメリットを」


 ここまで来て千絵も隠す必要はないと口を開く。


「私は、太陽くんのことが大好き。小さい頃からずっと、ずっと。勉強や運動は兎も角、その気持ちは誰にも負けてないと思っている。……少し前までは、恋人じゃなくて親友ってもポジションで隣に居られればいいって妥協していた。だけど……」


 正直、千絵は今も悩んでいた。本当に自分は許される立場なのかと。

 想い人を交通事故という目に遭わせた自分が隣にいたいと願ってもいいのか。

 だが、その想い人である太陽の言葉を信じたい。太陽が許すって言うのなら、負い目を感じて身を引く選択は千絵にはもうない。それを表すかの様に真摯な表情をしていた。


「太陽くんが光ちゃんの真意を知らず、仮に私が太陽くんと付き合えても、正直、光ちゃんの情けで付き合うみたいで嫌だと思った」


 千絵は己の胸を強く手で打ち。


「昨日言ったよね。私は正々堂々と勝負して太陽くんと付き合いたい。堂々と胸を張って太陽くんに選ばれたんだって私が思いたい。だから私は太陽くんに全てを知って貰おうと思った。全てを知った上で、彼に決めてもらう為に」


「その為に太陽に真相を教える段取りを組んだってことだね……。素直に言うなら、お陰で太陽とは仲直りができた。もしかしたら、昔の様な幼馴染の関係に戻れるんじゃないかって……。だけど、本当は……」


 光は太陽と昔の様に幼馴染の関係に戻りたいと切に思っている。

 しかし、更に深い本心は……本当の意味で彼と。


「今後光ちゃんがどうしようと、もう私には関係ないからね。けど、いつまでもウジウジしていたら、いつか後悔するよ。そうなる前に…………おっと、もう光ちゃんにアドバイスをしないんだったっけ」


 光と千絵は親友であるが、これからは対等な恋の好敵手としてでもある。

 

「まあ、実際な話。好敵手ライバルは光ちゃんだけじゃないんだよね。かなり厄介な相手がもう1人からな……」


 千絵は彼女を思い浮かべて陰鬱にため息を吐く。

 光も千絵と同じ人物を思い浮かべ。


「やっぱり、彼女も太陽のことが……」


「十中八九そうだろうね。てか、あれだけ露骨な動きアクションがあれば気づくよ普通。どこかの唐変木以外は」


「本当に……互いに厄介な恋愛をしたものだね」


 光の発言に千絵も同感と苦笑いする。


「けど、その厄介事であっても、それを乗り越えて欲しいと思うほどに、太陽はカッコいいんだよね」


 光は幾度も太陽に救われた。彼が居たからどんな苦難も乗り越えられた。

 光にとって太陽は泣いていても笑顔にしてくれる王子様。

 

 太陽との間には未だに大きな溝がある。

 親友の千絵のお陰でその溝に修繕の兆しが僅かながらに生まれた。後は光が勇気を振り絞って走り、跳ぶだけだ。

 幼馴染の関係に戻りたい。だが、本心はやはり……。


「ねえ、千絵ちゃん。私は千絵ちゃんや晴峰さんと違って、太陽との関係はゼロ……ううん、マイナスかもしれない。だけど、やっぱり諦めきれないよ」


 分かってる。太陽が許したと言葉にしても光が太陽を傷つけた事実は拭えない。

 事実が微かな遺恨を残し阻んでいる。

 当事者の光が言えた義理ではないが、それでも想いを捨てることはできない。

 簡単に諦め切れるなら、こんな長く苦しむことはなかった。

 中途半端な覚悟で不完全に自らの初恋を終わらそうとした。だが、今度は違う。


「私、抗ってみるよ。千絵ちゃん達に、負けない」


 覚悟を決めた表情に千絵は本当に相手に塩を送ったと後悔した様に苦笑する。

 しかし、光がそうでなければ、千絵も負い目を感じずに堂々と戦える。


「私だって負けないよ、光ちゃん」

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