握手
古坂太陽が通う高校、鹿原高校にある会議室はどよめきの渦が巻いていた。
原因は明確であり、それは昨日まで派手な金髪だった太陽がいきなり黒髪に変貌しているからだ。
太陽の通う学校は制服は規定されているが、髪色、髪型に関しては各々自由であり、他の学校では校則違反な金髪でも寛容。学績は良好であるのが条件ではあるが、太陽はそれをクリアしている。
金髪=不良と偏見は持たれるが、学校の緩い校則や素行不良が一切ない太陽だから皆は思わない。
しかし、突然金髪だった者が黒髪に戻れば、最初は全員の視線が太陽に向く。
その所為で夏休み明けに開催される文化祭の会議は全く進行しないでいる。
文化祭実行委員たちが動揺する中、3年の実行委員長の女性が太陽に声を掛ける。
「こ、古坂君……。いきなり黒髪になって驚いたよ……えっと、何かあったのかな? 悩みなら個別に聞いたりするけど……?」
太陽の容姿の変貌は何かしらが原因だと思ったのか実行委員長は尋ねるが、太陽は己の前髪を少し弄って。
「別にこれはそういう訳ではないです。ただ単に気分転換と言いますか、単なるイメチェンですので、気にしないでください」
何か容姿を変貌させる様な要件や悩みが原因だと思ったが太陽が否定をして実行委員長は安堵する。
太陽の答えは嘘である。
確かに太陽が黒髪に戻したのは心境の変化があっての事だが、それをひけらかす様な事はしない。
太陽も注目される覚悟はしていたが、こそばゆい気持ちだった。
平静を取り戻した実行委員たちは間も無くSHLもある為、今後の活動などのミーティングを終える。
解散となり各々が自らの教室に戻る中、太陽も皆に乗じて会議室を出ようとした時、光が太陽の許へと駆け寄り。
「たい……古坂君。ちょっと話があるんだけど」
太陽は光に呼ばれて、会議室から少し離れた階段の踊場で話をする事になった。
「話ってなんだよ、光」
呼びされた理由は大体察してはいるが、念のために確認を取る太陽に光は目を細め。
「また…………」
何か不思議がる様に呟いた光だが、単刀直入に尋ねる。
「
鋭い光の眼光が太陽を貫く。
今朝廊下で会った時ははぐらかされたが、光は太陽の容姿の変貌に絶対原因があると読んでいる。
太陽は目を逸らし。
「だから……何も無えって、光」
「ほら! また呼んだ!」
光が突然叫び太陽ビクッと驚く。
光はビシッと太陽を指さし。
「太陽は昔から嘘を吐く時は目を逸らす癖があるし! それに、私の名前を何度も光って呼ぶし!」
「な、名前を呼ぶなんて今までも何回もあるだろ?」
「そうだね! だけど、その時は大体怒ってる時! 今みたいに平常の時に私を光って呼んでなかったよね!?」
思い返せばそうだ。あの日から太陽が光を呼ぶ時は苗字の渡口と呼んでいた。
だが、稀に心に余裕がない場合は素が出る様に光と呼んだりしていた。
しかし、心を落ち着かせた状態で光の名を呼ぶことは、1年半で殆ど無かった。
「…………お前の方こそ、俺にここまで詰め寄るとはな」
太陽が返すと光はハッと我に返る。
ジリジリと太陽に詰め寄り、危うく壁ドンを仕掛けるのではと思うほどに接近していた。
気づいた光は咄嗟に後ろに下がり。
「私が太陽の黒髪を見たのは、あの日が最後だったから……。まるで昔に戻ったみたいで……。ごめん。かなり無神経だったよね」
光は己の立場を思い出し、太陽に詰め寄る資格はないと頭を下げ。
「太陽がどんな心境の変化があったのかを私が知る権利はない。太陽にとって私は、憎むべき元カノなのにね……。だけど…………嬉しかった。昔の太陽が見れて」
光は決して無神経にそう言っているわけではない。
光は自覚している。太陽が金髪になったそもそもの原因は自分であると。
そして光は思わず口にした罪悪感に蝕まれた苦い表情をして太陽に背中を見せる。
「ごめん……太陽。私、もう戻るね」
まるで逃げる様に去ろうとする光に対して太陽は口を開いた。
「やっぱりお前には隠すのは嫌だな」
その言葉に去ろうとしていた光の足は止まり、驚いた横目で太陽を見る。
太陽は小さく深呼吸をすると、意を決して光に告げた。
「光。俺は――――あの、卒業式の日でのお前の真意を知っている」
光は驚天動地な如く目を大きく見開き振り返った。
「な、なんで!?」
至極当然の質問だが、光は考える様に目を伏せ。
「まさか……千絵ちゃん……いや、千絵ちゃんが軽々と話すわけが……もしかして、あの倉庫に!?」
様々な可能を探り導いた光の答えに、太陽は頷き。
「ああ。本当に偶然だったよ。男子共で校内でかくれんぼをして、体育館裏の倉庫に隠れてたら、お前らがやって来たんだからな」
完全な嘘である。本当は千絵に呼び出されてあの場に隠れていたのだが、光と千絵とで確執があっては駄目だからと咄嗟に嘘を吐き、あくまで太陽があの場に居たのは偶然であると押し通す。
後で信也には口裏を合わせておく必要はあるが。
もしかしたら、一番知られたくない太陽に倉庫での一部始終を見られた事を知った光は、青天の霹靂だったのかへなへなと腰を抜かした様に膝を折る。
「全部…………知られたんだね……」
ギュッと拳を握りしめて俯く光は振り絞り。
「全部知ったって事は、私がどんな想いで太陽を振ったのかもだよね……」
太陽は答えなかった。だがここまで来て無言だから否定なんてことはない。逆に無言は肯定だ。
光は乾いた様に笑いを零し。
「それで……全てを知った太陽は、私の事を許せるのかな……?」
己に皮肉を込めた様に太陽に問う光。
今更だが、太陽と光は幼少期からの幼馴染で、中学では恋人関係まで発展したが、後に破局した元恋人関係。
振ったのは光。
振った言葉は好きな人が出来たから別れよ。
だが、先日の体育館裏倉庫での光と千絵の会話で、あの時の言葉は嘘であり本心ではなかった。
自分の太陽に対しての疑心もだが、親友の為に身を引くとしてあの言葉を放った。
本心でないとはいえ、あの言葉は太陽を深く傷つけたはず。
だから、そんな自分を太陽は許せるのかと光は尋ねた。
太陽がそれを答える前に、太陽は先日の千絵の言葉を思い出した。
『聞いていたよね? あれが、光ちゃんの本心だよ。私も言った通り、全部が全部を許してあげてとは言わないよ。だけど、分かってあげてほしい。光ちゃんもずっと苦しんでいたってことを』
光は太陽を振った後もずっと苦しんでいた。それは先日の事で太陽も知った。
本当は光は今も尚太陽の事が好きだと。直接言われたわけではない。
物事に対して何かしらの事情を抱える事は多い。犯罪者には同情の余地は無しな狂った奴もいる。だが、中には犯人である加害者に同情が向けられる場合もある。
光の場合は後者かもしれない。事情が特殊過ぎて信じられないかもしれないが、もし太陽が光の立場だったらどうしてただろか。考えた。考え、考え……太陽は答えでは無くてもある決意をした。
「ああ…………許せないな」
太陽の回答に光の瞳は揺らぐ、だが驚きはしたものの当たり前かと最初から諦めていた様に肩を竦め。
「そうだよね。私は決して太陽に許されるわけが、ない……」
光は千絵から、太陽が事情を知れば太陽はお人好しだから許してくれるはず、と言われていた。
光自身はそんなわけがないと一蹴していたが、僅かに希望を抱いていたかもしれない。
その希望は今打ち砕かれた…………。俯く光に太陽は更に言葉を続けた。
「許せるわけがないだろ。正直、振られた立場の俺でもお前に対して同情する部分はある。俺ももしお前の立場だったら苦しみから解放されたくて、これまでの関係を崩壊させるぐらいにぐちゃぐちゃしていたかもしれない……。だけど、少しぐらい俺に相談してくれよ!」
「たい……よう?」
迫る太陽の言葉に光は目を瞬かせる。
太陽は強く握り拳を作り。
「お前の悩みに気づいてやれなかった俺だけどよ。何も知らされるずに一方的に振られたら、簡単に許せるはずがないだろ。お前の所為で、俺がどんだけ傷ついたと思うんだよ!」
「ご、ごめん…………」
光はそれしか言えなかった。
結果が変わるか云々は兎も角、それでも一言相談はしてほしかった。
正直、真相を知った今でも太陽の頭は混乱している。
情状酌量で光を許すべきか、それとも許さないべきか……。そう思ってた。
太陽は血が出んばかりに握った拳を解き。
「もう少し早く、互いに胸の内を曝け出していれば、こんな風に拗れる事は無かったのかもな……。って、俺の場合は漫画みたいな記憶障害を患っていたから、どうしようもないか、ハハッ」
和ませる様に笑う太陽だが、光がそれで明るくなるわけがなかった。
苦悶な表情の光に太陽は昔の事を語りだす。
「そう言えば、小学生の時にあったな。俺と光、互いが悪いのに、互いに一歩も引かずに大喧嘩して、一か月以上も口を聞かなかった時が」
「…………そう言えばあったな。くだらな過ぎて何に怒ったかは忘れたけど……」
俺もだ、と太陽は笑う。
「どういう経緯で仲直りしたかは覚えていないが、あの時は、お互い様って事で仲直りしたよな」
太陽も光も詳細な事までは覚えていないが、小学生の頃に何度も対立して喧嘩をした。
その度、もう絶交だ!と仲違いをした。しかし、最長1か月、それぐらい経てば自然と仲直りしていた。無意識に自分の非を認め、お互い様だと仲直りの握手をして。
「あの時の子供のくだらない喧嘩とは全然違い、恋愛はそんな単純な事じゃない。どんな理由があっても、破局すれば元の関係に修復するのは難しい。だから俺は、お前を簡単には許せない」
光もそれは分かっている。だから一切の反論はない。
だが太陽は「しかし」と言葉を続ける。
「お前だってずっと苦しんでいた。なのに俺は、お前の悩みに全く気付いてやれなかった。お前が悩んでいる傍らで俺は、能天気に浮かれていた。そんな俺にお前は、少なからず許せない部分があったかもしれないな」
「そんなわけ―――――」
そんなわけない。光はそう言いかけたのだろう。
だが、己の内に心当たりがあったのかその言葉は最後まで出て来なかった。
「なあ光。今回の事は互いに相手に対して何かしらの強い不満はある。だけど、ここら辺でお互い様って事にしないか?」
太陽の言っている意味が分からず困惑する光に太陽は自分たちの教室がある方角を向き。
「俺は、爺ちゃんになっても光、千絵、信也……お前たちとの縁が続けばなって中学の頃まで思ってた。あの日、お前に振られた日からは、少なくとも、お前との縁は高校までだって、思ってしまったがな……」
「……当たり前だよ。私はそれだけ太陽を……」
「だけどな。その気持ちは今、蘇って来たんだ。この意味、分かるか?」
光の言葉を遮り放つ太陽の言葉の意味を察した光だが、信じ難いと口を小さく開き唖然とする。
その言葉の真意を太陽は告げる。
「復縁、なんてのは今は欠片もするつもりはねえ。だけど……昔みたいに馬鹿やれる幼馴染に戻れればなって思ってる。だから俺は―――――お前をもう、恨まねえよ」
許さないと恨むは同じ意味ではないのかと思うが、太陽の言う恨まないは、少なくとも昔は一方的に光を恨み絶縁をしていたが、それを止めるという事だ。
昔によくしていた2人の仲直りの証である握手の為に、太陽は光に手を差し出す。
光はそれを握ろうと腕を挙げた。そして握手しかけた時、躊躇いか僅かに手を下げる。
「…………ねえ、太陽。本当に握っても良いの……? 私は太陽を自分勝手に傷つけたんだよ。なのに、仲直り出来るのかな……」
「それは今後の俺達次第だろ。それに、俺達の事で千絵や信也に沢山迷惑を掛けたんだ。アイツらをこれ以上心配させるわけにはいかないだろ」
光もずっと思っていたかもしれない。
太陽と恋人関係は戻れなくても、それでもまた4人で笑い合える関係に戻りたいと。
もしかしたら、これからが悪戦苦闘の道かもしれない。それでも、少なくとも――――。
「……太陽は本当にお人好しだよ。千絵ちゃんの言う通りだ。……………ありがと、太陽」
亀裂が入り崩壊寸前だった関係と言う結晶も、寸での所でこれ以上の破損は起きないかもしれない。
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