現代日本のトラック運転手に憑依した⁉

夏伐

異世界から帰って知識無双する!

 その日、俺は気が緩んでいたのだと思う。

 たまたま狩りに出た場所に複数のモンスターがいて、森の中を逃げ回るはめになった。

 モンスターが寄り付かない洞窟に逃げ込んだら、その場にいたスライムと戦って、それからの記憶がない。

 冒険者と違い、たかが村の狩人である俺はスライムでも相当な強敵だ。


 気が付くと女の声で同じフレーズをひたすらに繰り返し歌う不思議な乗り物に乗っていた。

 服装も上等なものを着ている。


「俺は……死んだのか……?」


 思い出そうとすると、湧き出るように俺が『憑依した』男の記憶が蘇る。


 後ろからブーブーと不快音を鳴らされた。これは、車のクラクションだ。正面を見ると、信号が青になっていた。


 俺は男の知識と感覚を頼りに街中をトラックで運転しはじめた。


 こういうのを異世界転移とか転生とかいうらしい。俺が元いた世界はこちらでは異世界ファンタジーとして一大ジャンルになっていた。


 男はそれをよく読んでいたようで、家に帰ればたくさんの文献が本棚に並んでいた。

 俺は字の読み書きができなかったが、転生特典だか、男の知識のおかげかは不明だが三種類も字がある日本語という不可解な字を理解することができた。


 ラノベというものは理解できたのだが、漫画というものはどうにもなれない。読み方は理解できたものの、絵が分割されてそれがストーリーになっている事がよく分からなかった。


 とりあえず、モンスターにおびえることなく、そして様々な娯楽があるこの世界で俺は必死に生きていくことにした。


 男はどうやら花街のような所の求人トラックを運転していたらしい。


 広告だとか宣伝だとかいうらしい。


 最初の数か月は物珍しく、楽しかった。


 だが、生活にも慣れこの世界にも慣れると大変なことに気づいてしまった。不景気だし、娯楽の量に対して給料はぜんっぜん足りない。

 それどころかこの男、動画編集者になるために専門学校に通っていたせいで奨学金を背負っていた。


 金のことばかり考えて毎日は灰色になってくる。


 ずっと聞いているCMソングも気が狂いそうだ。


 どうすれば元の世界に戻れるのか、考え始めた時、ぼーっとしていたのだろう赤信号に気づかずに横断歩道につっこんでしまった。


「きゃあああああ!!!!」

「あぶない!」


 甲高い少女の悲鳴。


「ぶつかる!」


 ブレーキを強く踏み続けるが、勢いはとまらない。このままぶつかって助かるはずがない。少女を庇うように前に出た少年ごと、俺は二人の学生をひき殺してしまった……――はずだった。


 はっと気づくと、俺は洞窟の外にいた。

 夢でも見たのかと頭を振って、村に戻るととても懐かしい気持ちになった。夢にしてははっきりと男の知識や記憶が残っている。


 俺はその夢で過ごした期間、行方知れずになっていたらしい。


 それから俺は村での生活改善のために様々な道具を開発した。それが評判になり、首都で店を持つこともできた。


 魔物の動きが活性化したと噂を聞く頃、勇者の噂が流れ始めた。別の国が勇者を呼び出したらしい。少年と少女で各国を巡り魔物退治の旅をしているそうだ。


 俺のいる国に勇者がやってきた、その頃には勇者はもうみんなが憧れる存在で国中お祭りさわぎだった。


 パレードが開かれ、俺は遠目に勇者の姿を見た。

 それは俺があのトラックでひき殺してしまったはずの二人だった。ほっとしたと共に、俺は男の知識を思い出した。


 これがあの世界でいう異世界転移らしい。

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