ともに学び、ともに成長

荒川馳夫

伝える方法、さらけ出す勇気

 私は一児の息子をもつ父だ。我が子の成長を励みにして、日々仕事に打ち込んでいる。すべては守るべき妻と子のために。

仕事が終わり、帰宅しても疲れた様子は見せないようにしていた。心配させたくなかったからだ。弱いところなんて見せられない。

私は強くあらねば大切なものを守れない、そう信じていた。


ある日の出来事。私が帰宅すると息子がやってきて相談をしてきた。


「逆上がりが上手くできないんだ、教えてよ」


息子は小学校に入学したばかりだった。体育で鉄棒の授業があったらしく、逆上がりを学んだが上手にできなかったという。


「友達からできないことをバカにされてくやしかったんだ。特訓してよ、パパ」


私は息子の逆上がり練習に付き添うことにした。休日に近くの公園にいき、逆上がりのやり方を教えた。


しかし、何度教えても息子は逆上がりができなかった。


「足はこう動かすんだ。そして、腕はこうして……」


やり方を何度聞かされてもできないことが嫌になったのか、息子は泣き出してしまった。


「もういい!ぼくには逆上がりはできないんだ!」


そういって、息子は自宅に向けて走り出してしまった。


「うーん、なにがまずかったんだ。ちゃんと本を読んで調べてきたのに」


私は調べた内容をもとにして、鉄棒で逆上がりをやろうとした。

そして驚いた。私も逆上がりができなかった。息子の方が上手だったかもしれないと思うほどだった。


「こんなに難しいものだったのか、逆上がりってやつは……」


自分が小学生だったころは、逆上がりなんて簡単にできていた。それなのに、今となってはこの有様。


しかし、少し思い起こしてみたら考えが変わった。


「違う。私だって最初は上手くできていなかったじゃないか」



しばらくの間、私はひたすらに逆上がりをしようと試みた。足も腕も疲れ果て、服や髪が崩れていた。だが、そんなことはどうでもよかった。


気が付くと、すぐそばに息子と妻がいた。辺りは暗くなっており、二人とも帰ってこない私のことを心配してくれたようだ。


「パパも逆上がりができないよ。情けないなあ」


「そんなことない。パパはかっこいいよ。ぼくもがんばる!」


息子はそう言うと、私がさきほどまで使っていた鉄棒で逆上がりの練習を再開した。

すると、妻が私のところまでやってこう伝えた。


「結構前から、二人であなたのことを真剣に見ていましたよ。一生懸命に逆上がりに取り組む姿を見て、あの子もやる気を取り戻したんですね」


それは知らなかった。何もかも忘れて一つのことに集中していたようだ。


「パパも逆上がりの特訓をしてたんだ。ぼくだってあきらめない」


もう夕食の時間になりつつあったが、息子は鉄棒から離れそうな様子ではなかった。

それを見た妻が笑顔になっていた。


「誰だって、最初はできないことばかりなんだ。私だってそうだった」


先ほどの私の姿が息子を奮い立たせ、今度は息子の努力が私に心の変化をもたらしてくれた。


情けない姿が他人に力を与えてくれるなんて、思いもしなかった。

息子がきっかけで新しいことを学べたのだ。


「よし、じゃあパパと一緒に逆上がりの特訓だな」



後日、私は息子に連絡帳を見るようせがまれた。先生からの言葉を読んでほしいとのことだった。


仕事帰りだったことも忘れ、私は連絡帳を開いた。こう書いてあった。


「体育で逆上がりのテストがあり、息子さんがきれいな逆上がりを見せてくれました。パパが特別に逆上がりの先生になってくれたので僕は頑張れました、と何回も教えてくれました。とても嬉しそうな顔をしていましたよ」


私は少し照れくさくなった。すると、息子が不思議そうな顔をしていた。


「ねえ、なんて書いてあるの?読めない漢字がたくさんあるんだけど……」


「ああ、これは……」


今度は逆上がりから漢字の先生になる可能性がありそうだ。学ぶ機会を増やさなくちゃ。とりあえずは書き取りから始めようと決意した。
























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ともに学び、ともに成長 荒川馳夫 @arakawa_haseo111

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