第4話
キリノが起きたのは翌日の夕方だった。
目を開けると見覚えのない部屋に自分がいるのでここはどこだったかと昨日の記憶を思い出す。
そういえばと昨日のことを思い出し、肉を貰って帰ろうとベッドから出る。
それにしてもよく寝た。
ベッドがいつも以上に寝心地が良かったのが理由なのか身体がいつもよりも軽い気がした。キリノはジークフリートから肉を貰おうと部屋から出るが自分がいる場所が城のどこで、ジークフリートがどこにいるのか全く分からない。
「あのー…」
「はい…!!」
キリノが廊下で初めて見かけたメイドに声をかけるとメイドは目を見開き、メイド長を呼ぶので部屋で待つようにとキリノを部屋に促した。
しかしキリノは早く帰りたいのか部屋に戻ろうとしない。
「肉を貰って帰りたいのですが、ジークフリートさんがどこにいるか分かりませんか?」
「ジークフリート様もこちらに来るように伝えますのでどうかお部屋に」
「…私の方から行くので大丈夫ですよ」
「いえ!お部屋にお戻りください!」
「あー……分かりました」
キリノはこの押し問答が面倒になり素直に部屋で待つことにした。
そしてすぐにアンナがやって来て入浴の準備が整っているのでと促される。
しかしキリノは肉を貰ったらすぐに帰るので必要ないと断った。
「ジークフリート様からのお申し付けですので…」
「あー…今日中には帰らせてもらえますか?」
「ジークフリート様にお尋ねしないとなんとも…」
「……」
キリノは困っているアンナを見てジークフリートが来るまでおとなしくメイドの指示に従おうと決めた。
部屋に案内されるとメイドたちが数人待っており、入浴からマッサージ、髪の手入れまでされるがままだった。
これほど手厚い対応されて眠気がこない訳がない。
メイド達がキリノの服を決めている間、キリノは大きな欠伸をしてソファにもたれる。
「キリノ様、こちらのお召し物はいかがですか?」
「……楽な服がいいのですが、ないですか?」
「そうですね…。こちらか、こちらはいかがでしょうか?」
「あー…、もっと楽な服は?」
メイドが見せる服はどれも腰回りが苦しそうな服ばかりでキリノは到底着ることができない。
メイドが困っているとキリノはメイドの隣に行き一緒に服を選ぶ。
今着ているものではだめなのかとキリノが聞けば、ネグリジェはさすがに…と困った顔をしたメイド。キリノはこれはパジャマだったのかと自分の着ている服を見る。
「これぐらい楽な服がいいのですが…」
メイドは少し考えて違う部屋からキリノの希望する服を持ってきてくれた。
服を着替えて出されたお茶を飲みながらぼんやりしていると、ようやくジークフリートがやって来る。
長く待たせると本当に帰ってしまうかもしれないと焦っていたジークフリートだったが大人しくお茶を飲んでいるキリノを見て安堵した。
「キリノさん、大変お待たせいたしました。昨日の疲れは取れましたか?」
「おかげさまで。早く肉を貰って帰りたいのですが…」
「その前に、食事をしましょう。今用意します。」
全く帰らす気のないジークフリート。あれよあれよと部屋に食事が運ばれ席に座らせられる。
昨日の注文通りパンと野菜スープ、それと昨日獲った鹿肉のステーキがあった。
向かいにジークフリートが座り、彼が食べ始めるのでキリノもパンを手に取る。
パンをちぎり、野菜スープにつけて口に入れる。いつも食べるスープよりも上品な味がした。城の料理だけあって美味しいなと黙々と食べているとジークフリートが遠慮がちに声をかける。
「いつもそのように食事されるのですか?」
「?」
質問の意味が分からずキリノは聞き返す。パンをスープにつけて食べる行為に驚いたジークフリートは自分の食事を止めてキリノの様子を凝視してしまったのだ。
質問の意図が分かったキリノだったが、自分は貴族ではないしいつもこんな感じだとなんてことないように答えた。
キリノはそれだけ答えるとまた黙々を食事を続ける。
キリノが貴族ではなく一般市民だと昨日再確認したが貴族以外の人と食事をしたことがないジークフリートはキリノの立ち振る舞いに驚いてばかりだ。
自分から話しかけることをしないキリノの様子を伺いながらジークフリートは確認の為に一つだけ質問をする。
「瘴気を払い終わった後はいつもこれほど疲労が?」
「あー、はい」
キリノが瘴気を払い終わった後、帰路の途中で倒れてしまったらどうするのかと心配したジークフリートはキリノに同行した方がいいと判断した。
今回や今までは問題なかったかもしれないが、これからどうなるかは分からない。
ジークフリートはこれから瘴気を払う時は同行をしたいと願ったがキリノは一人でやれるから不要だと答える。
「街に戻って来る前に極度の疲れで倒れる可能性がないと言い切れますか?」
「言い切ります…」
「……」
「…食べ終わったので帰りたいのですが」
キリノはステーキを食べ終わると肉を貰って帰りますと立ち上がった。
しかしジークフリートはキリノを帰そうとしない。
まだ何かあるのかとキリノが面倒そうに聞くと、皇帝陛下に会っていただきます、と強い口調でジークフリートは答えた。
昨夜、ジークフリートは皇帝陛下にキリノが今城にいること、そしてこの一年間瘴気をたった一人で払い続けていたことを伝えていた。
会うことはできないだろうと思っていたところにキリノが城にやってきたのだ。この機会を逃しては次いつ皇帝陛下とキリノが対面できるか分からない。
ジークフリートはキリノ傍までくると膝をつき頭を下げた。
「一度だけで良いんです。今後も陛下から直々に連絡をすることはありません」
「…あー、会っても失礼な言葉でしか話せませんが」
「構いません。貴方はこの国の為に命を懸けて瘴気を払ってくれている。どれほど国が救われているか…」
「…頭を上げてください。私なんかに頭を下げたら騎士団長の格が下がってしまうのでは」
「キリノさんこそ、貴方の立場を分かってください。貴方は皇帝陛下よりも大事な存在なのですよ」
瘴気を払っているだけで大層な立場ではない、と口を開こうとしたがジークフリートは譲らないだろうと思い素直に皇帝陛下に会うことにした。
「陛下、彼女が聖女キリノです」
「…キリノです」
キリノがどうも、と軽く会釈すると玉座に座っていた陛下がキリノ達の方に近づく。
ジークフリートと同様にキリノのことを何も知らない陛下はキリノの華奢な姿に驚いた。
この体のどこに魔物を倒す力があるのだろうか。
「私はこの国を治めているフリードリヒ・ラインフェルデンだ。今日は無理を言ってすまなかったね」
「…いえ」
「先ずはこの国に呼んだことの謝罪を。貴女の人生を狂わせたこと、大変申し訳なかった…」
「もう過ぎたことですし…別にいいですよ」
「そして貴女一人に魔物と戦わせていること、この国の平和を貴女一人に背負わせていることの謝罪を…」
フリードリヒは深く頭を下げる。
一向に頭を上げないフリードリヒにキリノは別にいいですよ、と答えて頭を上げさせた。
「貴女に何か恩賞をと考えているのだが、何かないだろうか?」
「あー、別に大丈夫です。欲しいものは…特に思いつかないので…」
「しかし、貴女の功績を考えれば…それ相応のものを用意させていただきたい」
「…あー…」
困ったなぁとフリードリヒを見つめ返すキリノ。
急に言われても何も思いつかない。欲のない人間に欲しいものを聞く方が間違っているというもの。
キリノは何か適当に答えるかと思ったが真剣な顔をしているフリードリヒを見て適当に答える方が可哀そうに思えてきた。
しばらく黙って何かないかと探す。
「そうですね…。あー、なら…国民の為に使ってください」
「…国民の為ですか?」
予想だにしなかった回答にフリードリヒもジークフリートも呆気にとられた。
別に恩賞が欲しくてやっているわけではないし、この国に呼ばれたことも別に何とも思っていない。前いた世界に特に未練もない。
「恩賞を与えないと気が済まないのなら、私に与える相応の恩賞分を国民の生活基盤を上げる為に使ってください。貧しい人達から順番に…」
「…キリノさん、何でもいいんですよ?」
この国を治める者でもない一般市民が国民の為に使えと答えるとは思わず、ジークフリートはキリノに再度欲しいものはないのかと尋ねる。
ないものはないのでこれ以上聞かないで欲しい、とキリノが面倒そうにジークフリートを見るとジークフリートはフリードリヒを見て判断を委ねた。
フリードリヒは予想だにしなかった回答をどう受け止めるかしばらく考えるとキリノにまた深く頭を下げる。
「…それが貴女の答えならば」
「よろしくお願いします」
謁見が終わり厨房で鹿の肉をいただいたキリノはようやく帰れることになった。
門までジークフリートが見送りに来て、家まで送らなくていいのかと不安そうにキリノを見る。
一人にさせてほしかったキリノは一人で帰りますと軽く頭を下げた。
ジークフリートはこれ以上キリノに無理強いはできないと素直に引き下がる。
「お気を付けて帰ってください。近々伺います」
「はー…?」
「おやすみなさい」
ちゃんと世界は救うので放っておいてください。 @nwowa
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