第3話

"今日の瘴気はいつもよりも大きいね…"

目的地に辿り着くとブラックホールのような黒い空間が森の中に出現していた。

その空間から魔物が次々と現れている。

魔物達はお互い意思疎通が図れるようで何かを話しているのだが人間の言葉ではないので話の内容は分からない。

キリノたちは魔物達に気付かれないぎりぎりの距離をとり魔物達の様子を伺う。

「あれが瘴気…」

「今日のボスは誰だろう」

ジークフリートは初めて見る瘴気に驚愕するがキリノは慣れたように魔物達を観察した。

「ボス?指揮官がいるのですか?」

「なんか、毎回現れる瘴気から出てくる魔物の中にリーダーがいて、それを倒したら瘴気が消えるんです」

「あれをキリノさんが倒すんですか…?」

それは聖女ではなく勇者ではないか。

キリノと同じくらいの背の高さの魔物もいれば倍以上ある魔物もいる。

ジークフリートは大丈夫なのかと不安そうにキリノを見た。

"キリノ、たぶんあの魔物かな"

デンパが教えてくれたのは人間の騎士の様な風貌の魔物。腰には剣を持っていて立ち姿はまるで騎士だ。

「魔物じゃなくて、人間じゃない?」

"そうかも…。でも魔物と会話してるよ"

騎士の様な魔物が他の魔物達に何かを伝えていた。作戦会議だろうか。

早く倒さないと魔物達が城の方へ向かってしまうし、様子を伺ったところで状況は変わらない。

「まぁ、誰でもいいや。ちょっと倒してくる…」

「え、」

身を乗り出したキリノの手を掴み、本当に大丈夫なのかとジークフリートは心配そうな顔をする。

大丈夫だから行くんだ、とキリノはジークフリートの手を離させた。

「しかし、武器も持たずに…と、いうかあの量をお一人で?」

「武器はこれから出すので。まぁ、そうですね…いつものことなので」

「…援護はできるかと思います」

「あー、それは大丈夫です。でもここまで魔物達が来るかもしれないのでそれの対処はしてください。守れないので」

"この一年で剣の使い方上手くなったしね。魔物相手ならこいつよりキリノの方が剣捌き上手いと思うよ"

キリノは魔物から見える位置に静かに移動してつま先で地面をトントンと鳴らす。

するとキリノの足元が光だし魔法陣が現れた。

光に反応した魔物達が何事だとキリノの方を一斉に見るや否や騎士がキリノを指さして何かを叫ぶ。

その声を合図に魔物達がキリノに向かってきた。

キリノはまたつま先をトントンと鳴らす。今度は魔法陣から剣が現れた。

「今日は数が多いなぁ…」

と呟きながら魔物達を次々と切り倒していく。

キリノの動きにジークフリートはあっけにとられた。

人間とは思えない俊敏な動きに無駄のない剣捌き。

魔物一体に掛ける時間を最小限にしてどんどん騎士に近づく。

キリノの強さに一対一では勝てないと思ったのか魔物達は騎士には近づけさせないようにキリノの周囲を囲み一斉に攻撃してきた。

「一斉に来ても意味ないよー…」

魔物達の攻撃も虚しくキリノは騎士の方向にいる魔物のみを倒すと全力で騎士に近づく。

騎士は剣を抜きキリノに斬りかかった。

キリノはそれを自分の剣で受け止めて弾き飛ばす。

そして体制を崩した騎士の身体に思いきり剣を突き刺した。

刺された騎士は姿が消え、他の魔物も黒い空間も一気になくなる。

あっという間に倒してしまったキリノに反応できないジークフリート。

力の差は歴然でキリノの方が遥かに強かった。

キリノはジークフリートの元に戻って来て帰りましょうと声をかける。

キリノの姿を見たジークフリートは眼を見開き声をあげた。

「キリノさん、血が…!」

服が血だらけで真っ赤だ。ジークフリートが怪我はないかと尋ねると全部魔物の血だとキリノはなんてことないように答えた。

「あぁ、いつもこんな感じです…。洗えばとれるので」

「城に戻ったら変えの服を用意させます」

「あー…家に帰ります」

「いえ、肉も捌かせるので今日は城にお泊りください」

「あー……帰ります」

「ダメです!!」

"キリノ、今日は諦めて城に泊まるといいよ"

"…今日のアデーレのパン、食べ損ねた"

"城のパンも美味しいよ!"

北門に向かう途中、ジークフリートがキリノに聖女とはああやって魔物を倒すのが役目なのかと尋ねた。

キリノ自身もよくわかっていない。

瘴気を払う、これが聖女の役割でどうやって払うかは聖女次第。

「魔物を倒せば瘴気がなくなるので…、武器も出るし…」

「聖女様でなければ倒せないのですか?我々騎士団では難しいのでしょうか?」

「さぁ…やったことがないのでなんとも」

”できなくはないけど、聖女の力が宿っていた武器の方が効果が高いよ。こいつはまだしも一般の騎士では太刀打ちできない"

"そうなのか…まぁ、太刀打ちできないから呼ばれたのか"

北門につくと門番にお疲れ様でしたと声を掛けられ門を開けてもらう。

ジークフリートが返り血がたくさんついているキリノの様子に驚かない門番に見慣れているのかと聞けば、いつものことですよ、と返事が返ってきた。

「こんな汚れ役のようなことをさせておいて何とも思わないのか…?」

キリノ一人に背負わせているのが腑に落ちないジークフリートだったが先ずはキリノの部屋を用意しなければとキリノを城の中に案内した。

キリノにとっては初めての城だ。ジークフリートの後ろを歩きながらあたりをきょろきょろと観察する。

「綺麗なお城…天井高い…」

キリノは城に夢中で気が付いていないが、廊下をすれ違う使用人や貴族たちがジークフリートの背負っている動物や血の付いた服を着ているキリノを見て驚愕する。

ジークフリートはそれに気が付きながらも簡単な挨拶をするだけだった。

長い廊下を歩き、ジークフリートはある部屋の前で足を止めて扉をノックする。

「アンナ、いるか」

ドアを開けるとメイド服を着た年配の女性がいた。

アンナと呼ばれる女性はジークフリートとキリノを見るなり眼を見開き二人の側に近寄る。

「ジークフリート様!どうなさったのですか!?その動物に、この方は…」

「すまない、彼女に替えの服と部屋を用意してほしいのだが」

「お部屋でございますか…?」

アンナは状況が分からずジークフリートに説明を求める。

しかしジークフリートは状況は後で説明するから先に準備をと答える。

準備をするにもどういった部屋がいいのか、服はどうしたらと困ったアンナにキリノが声をかけた。

「どこか適当な部屋で良いですよ、服も適当で…」

「ダメです。貴方はもっと自分の立場を分からなければ」

「そんなことより…早くそれを捌かないと鮮度が」

「…アンナ、すまないが用意を頼む。私は厨房へこれを持っていく」

「はい、かしこまりました」

「キリノさん、先ずは体を綺麗にしてくだい。後でお部屋に伺いますので食事もしましょう」

「…先に寝たいんですが」

「少しでも食事をしましょう。召し上がりたいものはありますか?」

「あー…パンと野菜スープ…」

「……分かりました」

パンと野菜スープとは、聖女なのに生活が困窮しているのかと不安を抱いたジークフリート。栄養のあるものを食べた方が良いと伝えたかったが、大きな欠伸をして眠そうなキリノを見て黙って厨房に向かった。

厨房に向かっていったジークフリートの背中を見送り、アンナはキリノにソファに促す。

「少しお待ちください。すぐにご用意いたしますので」

「すみません。仕事中に邪魔をして…」

「いえ、これが仕事ですから」

「本当に適当で良いので…早く寝たい…」

「…かしこまりました」

アンナを見送ったキリノはソファに深く座りそのまま目を閉じる。

聖女になってから足も速くなり力も強くなったが魔物を倒した後は相当疲れるのか眠気がすぐにくるようになった。

キリノは元々よく寝る方だが魔物を倒した後はさらに寝る時間が増える。

このままでは声をかけられても起きられないと思ったが眠気には勝てずキリノは意識を失っていった。


「ジークフリート様、声をかけたのですが目を覚ます様子がなく…」

「…そうか。私が部屋まで運ぼう」

部屋を準備したアンナが戻って来て寝ているキリノに声をかけるが起きる気配がなく、困っているところにジークフリートも戻って来た。

寝たいと言っていたのは本当に疲れていたからだった。ジークフリートがキリノを抱えて部屋へ運ぶことに。

部屋に運ぶ間アンナからキリノのことを聞かれたので聖女だとそれだけを答えた。

まさか聖女だとは思わず、部屋を準備し直した方が良いのではと焦るアンナ。

「彼女が部屋はどこでもいいと言ったのだ。今日のところは早く休ませた方がいい」

キリノはジークフリートに抱えられている時も、ベッドに寝かせる時も身じろぐこともなく爆睡しているので今日はもう起きることはないだろう。

「彼女が起きるまで起こさないでやってくれ。起きたら連絡を」

「かしこまりました」

ジークフリートは後をアンナに任せ皇帝陛下に会う為に玉座の間へ向かった。













  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る