第2話

"キリノ!起きて!"

翌朝、キリノは頭の中でデンパの声が聞こえて目を覚ました。

窓から外を見るとまだ街が賑やかではなかった。それどころか、まだ太陽が昇り始めたばかりだ。

何故こんな朝早くに起こされるのだとキリノは疑問をもつ。

"デンパ、おはよう。早くない?"

"ごめん。昼に起こそうかと思ったんだけど瘴気の発生場所が遠くなっちゃって…"

キリノはデンパの説明を聞きながら支度をはじめる。

あくびの止まらないキリノはデンパの話をいつも以上に適当に聞いた。

"何故か発生場所が変わったんだ。いままでそんなことなかったのに"

"まぁ、そんな時もあるよ。自然現象なんでしょ?"

"うーん…自然現象なのかなぁ"

"誰かが故意に発生させてるの?"

"うーん…"

デンパの反応が悪いのでキリノはこれ以上追求するこはなかった。

「あら、今日は早いのね。どこの手伝いに行くの?」

「今日は店の手伝いは難しいのか?」

家を出るといつもと同じように街の人がキリノに話しかける。

キリノはこんな朝早くからみんなが活動してることに驚いた。

みんな早起きだなとぼそりと呟けば、キリノが遅起きなだけだとデンパが突っ込む。

街の人に挨拶しながら歩き続け城の入り口にたどり着くとキリノは慣れた手つきで門番に通行許可証を見せる。

「おはようございます。今日はとても早いんですね」

「そうなんです。なんか、発生場所が変わって遠くなってしまって」

「今日はどちらまで?」

門番も慣れたものでキリノを見ると姿勢を正して挨拶をする。

キリノが聖女ということを門番は知っていた。

この一年に瘴気を払う為に城を突っ切って様々な場所へ向かっていたので門番はキリノの顔を覚えたのだ。

門番からどこまで行くのかと聞かれ、キリノはデンパにどこに行くんだったかと尋ねる。

"どこだっけ?"

"北門から2時間ぐらい歩いたところ"

「北門から2時間ぐらい歩いたところだそうです」

「北門ですか…。向こうはとても深い森ですのでお気をつけて」

「ありがとうございます。行ってきます」

門番に見送られ城の中に入る。

綺麗な庭には目もくれず、さっさと仕事を済まして寝ようと決めたキリノは速足で北門へ向かった。

行き交う使用人達から挨拶を受けながら北門につき先ほどの門番と同じように通行許可証を見せる。

いつもなら行ってらっしゃいと門番に見送られるだけなのだが今日は違った。

「キリノさん、少し待ってもらってもよろしいですか?」

「早く終わらせて帰りたいのですが…」

「少しだけ!…もうすぐいらっしゃると思うのですが…」

誰か来るのかと門番の言葉に首を傾げていると誰かがこちらに向かってきた。

大柄な金髪の男だ。

門番はキリノに挨拶する時よりもさらに姿勢を正して挨拶をする。

キリノが男を見ると男は口を開いた。

「貴女がキリノ様ですか」

"げ!今日は休みでまだ寝ているはずじゃ…!"

キリノよりも先にデンパが反応した。

「おはようございます。隊長」

「ああ」

「キリノさん、今日は隊長も同行したいとのことでして…」

隊長と呼ばれる男はキリノに向かい合って丁寧にお辞儀をした。

「私はジークフリート・クライン。この国の騎士団長をしております」

「はじめまして、キリノです。えーっと、同行がしたい、と」

「ええ、今日は非番でして。ヤツに聞いたら北の森に行くというので…。流石に危ないのではないかと思い同行を許可していただきたいのですが…」

隊長と呼ばれる男は頭を下げて同行を願い出た。

そんな隊長に対して「はぁ…」と反応の薄いキリノ。

気の乗らなそうな反応のキリノを見て門番もジークフリートも同行を拒否されるのではないかと不安になる。

同行は正直必要無いのだが、どうしたものか。

"デンパ、この人役に立つ?"

"役には立つよ。魔物もある程度は倒せるはず。キリノが守らなくても大丈夫。でも…"

"でも?"

"うーん…。まぁ、キリノに任せるよ"

キリノは曖昧な反応をするデンパを不思議に思ったが役に立つならいいかと同行を許可した。

「ありがとうございます」

「では、気を付けていってらっしゃい」

「早く終わらせて帰りましょう。寝たい…」

北門の先は深い森だ。デンパの指示のもと目的地に向かって歩く。

"この森に入るのは初めてだね"

"そうだね。美味しい動物とかいる?"

"沢山いるよ。街の人もなかなか食べられない動物もいるかな"

北の森には道らしい道はない。足元が悪いにも関わらずひょいひょいと歩くキリノにジークフリートは驚いた。

「キリノ様は足元が悪い場所を歩き慣れてらっしゃるんですね」

「…どうして、様?」

「え?」

様と呼ばれるほど偉い人ではないから呼び捨てでいいとキリノはジークフリートに言う。

ジークフリートは驚いた顔でキリノを見た。

「さすがに呼び捨ては…」

「あー、なら、さん付で」

「分かりました」

"こいつ本当に真面目で嫌になる…"

森を歩く中、ジークフリートはキリノに色々質問をした。

ジークフリートはキリノを見るのが今日が初めてだったのだ。

一年前に瘴気を払ってくれる異世界人『聖女』が召喚されたと城中が騒いだが当の本人のキリノは城に顔も出さずにデンパとのやりとりだけでやり過ごしていたのだ。

キリノを顔をしっかり見ているのは門番ぐらいという始末。

「陛下との謁見はなされないのですか?」

ジークフリートの質問にキリノは首を傾げる。謁見すれば瘴気が払えるのか、とキリノはジークフリートに逆質問した。

「陛下に会って問題が解決するわけではないですし…」

「それはそうですが、謁見すればそれ相応の生活は保障していただけるかと」

「あー、別に…。今でも十分なので」

"欲のなさは一年前から変わらないね"

「そうですか。もしお困りのことがあればいつでも城を訪ねてください。我々がお力になります」

「はぁ」

ジークフリートの紳士的な態度に対応の困るキリノ。

そしてキリノのやる気のない態度にどう接していいのか分からないジークフリート。

距離の縮まらない会話が繰り広げられるなか、デンパがキリノに声をかけた。

"キリノ、あの動物おいしいよ"

デンパが美味しいと勧めた動物は2mはあろうかという鹿のような動物だった。

キリノは足を止めてどうやって持って帰ろうかと考える。

「キリノさん、どうしました?」

足を止めたキリノにジークフリートが声をかける。

いつもなら一人で持てる量に捌くのだが、キリノは今日は一人ではなかったなとジークフリートを見た。

「ジークフリートさん、あの動物を持って帰りたいのですが…」

キリノが指をさす方向を見たジークフリートは生け捕りがいいのかとキリノに尋ねた。

ジークフリートが持ち運べる大きさで良いと言えばジークフリートはかしこまりました、と一言言うと鹿に向かっていきあっという間に捕まえてしまった。

あっけにとられたキリノはそんな簡単に捕まえられるのかとデンパに尋ねる。

デンパはやや不満そうに"あいつだからできることだ"と答えた。

「わー、ありがとうございます。こんなすぐに捕まえてくれるとは…」

「持ち帰ってどうされるんですか?」

「自分でさばいて近所の人に配ろうかと…。おすそ分けです」

自分で捌く?とジークフリートは首を傾げる。

自分で皮を剥いで血抜きして、食べやすいように切ります。とキリノが丁寧に捌く工程を伝えるとジークフリートは

「女性がする仕事ではありません!何故あなたが捌くんですか?!」

と大きな声で反応した。

「?仕事に性別は関係ないのでは…?」

「ダメです。キリノさんにそんなことはさせられません」

「あー、でも、ここ一年そんな生活だったし、問題ないですよ」

「…聖女様になんて生活をさせているんだ、あいつは」

自分で捌けるから気にするなと歩き出したキリノの後姿をみて、ジークフリートは呆れたようにため息をついた。

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