まずは知識を

「お腹が減っているでしょう。まずは食べなさい。」


 外に置かれていたキッチンワゴンを持ち出してきた。


「お口に合えばいいけど。」


 出された料理は、黄金色に輝くお粥のようなものと野菜のような葉が入った淡い緑色のスープ。そして、黄色いオムレツのようなもの。


 付属でフォークとスプーン。

 これは地球にいた時に、当たり前のように見てきた。

 ただフォークの先は三叉ではなく五叉。

 スプーンは普通のつぼ……いわゆる掬う部分にプラスして、先っぽの柄尻が1mlあるかないかくらいのスプーンが付いていた。


 とりあえず、お粥を一口。


 美味い。

 米だ。純粋な日本米っていうより、タイ米が混じった感じ。味はちょっとどころか、絶妙に足りな過ぎるカレースパイスってくらいが加わった米の味。

 普通に米としても、美味い。

 美味い。


 淡い緑色のスープを勢い任せてスプーンで飲む。

 緑色のスープ、と聞いてあまりいい見た目を想像できないだろうが……そんな見た目も気にしないほどにゴクゴクと飲む。

 うん、ずいぶんとサッパリしている。

 飲みやすい。

 スープの色は野菜の色素によるものだろう。

 野菜も茎が柔らかくなっているので食べやすい。


 そして見た目黄色いオムレツの味は……

 とろけるっ……!

 なんだこれは……とろみは地球の卵をも凌駕する……!

 しかし、こってりしているな……あっさりしていない分好みがありそうだが……好きな人の舌は虜になる……!

 白身がこんなに舌に残り、スっとお腹に入っていく……!


「いえ、すっごく……美味しいです!」


 お腹がここまで減っていたことを自覚する。

 美味い。


「ご馳走様でした……」


「その挨拶は……東之大陸の文化だったかしら。」


 この満腹感……生きていると実感する。

 今更だが、ようやく吹っ切れたかな。

 あ、今更といえば……


「今更ですが……いいんですか、俺この部屋にいて。」


「ええ、構いません。生徒同士で部屋が隣同士にならないから……そこの部屋人気がなかったのよ。本当にポツンとできたスペースに、もったいないからって造ったのだけど……使われないより、使ってもらった方がいいわ。」


 ありがたいことだ。

 本当に。


「シャワーでもしなさい。身体が痒くなります。そして……今日は寝なさい。疲れているでしょう。」


 シャワー室を覗いてみると、そこにはシャワーヘッドだというように堂々と水晶が付いている。

 スイッチのようなものは……うん、ない。

 にしても、シャワーヘッドから水の出る穴すらない。


 分からない。

 使い方が全く分からない。


「すいません、シャワーの使い方を……」


「まずは触りなさい。そして、シャワーが出るのをイメージすること。あなたのシャワーからのイメージが、そのまま反映されます。」


 うぉお。で、出た。

 結構出るな、イメージってのが難しい。

 自分の思ったイメージだと思っても、朧気なイメージでもしっかりと出る。思った以上にしっかりと反映されているのだろう。


 とりあえず、浴びよう。


「さてと、ご飯を片してきましょうか。」


 ネジェンはキッチンワゴンを片付けに、部屋の外へ出た。


「これ……お湯出ないのかな……」


 お湯のイメージをしてみる。


「ああああああ゛熱っ!!!」


 ああ、生きてるなあ……


 シャワーを浴び終え、ベッドにうつ伏せになる。

 布団が温かい。


「ああ……」


 この温もりが……久方ぶりに思えた。



 ---



 翌日--



 ネジェンに連れられて、学校内の図書室に来た。

 大きすぎる。

 国立図書館と言われても遜色のないほどに、大きい。


「安心なさい。今しばらくは誰も来ません。」


 そう言って席に座ると、強い瞳で叡臣を見た。


「改めて、聞きますよ。ミスター・有野。あなたは、ここで生きていく決心ができましたか?」


 昨日とは違う。

 もう答えは決まっている。


「ああ……生きる、生きるよ。約束、したからな。」


 自分の目に手のひらを見る。

 それを強く握る。

 拳が、震える。


「約束……ですか、そうですか。」


 うんうんと優しく頷くネジェン。

 ほっとしている様子が、本当に見て取れる。

 嬉しそうな様子が、こっちまで伝わってきた。


「では、そのためには……知識が必要ですね。ここで生きるための、知識が。」


 その通り。

 何も知らないよりは、ここがどういうところかくらいは頭に入れておくべきだ。


 今度はこっちが頷いて聞いていた。


「では先に、前提の話だけ……私がしましょう。」


「前提……?」


「ええ。まずは--」


 ネジェンはそう言って、近くの机に地図を広げた。


「私たちが住んでいるこの星の名前はドネックスバーグ。広大な5つの大地と人工的に生み出された海が特徴の世界です。」


 ドネックスバーグ……

 そんな星の名前、一度も聞いたことがない。

 ましてや人工の海なんて……


「ここが星だというのは、分かっているんですね。」


 色々なことが頭に浮かんできたが、まず言葉になったのはこれだ。

 先程の話だと、宇宙のことは全く知らないという感じであったが……


「この星を開拓したのが我々の始祖。その歴史です。」


 始祖……そいつらがこの星を開拓したのか。

 開拓者でも宇宙だ何だを記録しなかったということは--


「原住民だったということか……?」

「そこは判明していません。資料がありませんから。」


 そうか……資料がないなら、宇宙のことを知らないのも無理はないのかも。

 判明していないということは、宇宙に行く手段がないから……とも言える。だからこそ、この星に"外がある"、この星以外にも"星がある"……その証明が出来ない。出来ないからこそ、現実味のない話止まりになってしまうということか?

 宇宙への関心が薄いのも理由かもしれないが……


 様々な理由を考えても、結局は"考え"止まりになってしまう。

 正直、今はそんなことを考えても仕方ない。

 今は生き抜くための知識を身につけよう。


「次に、ここのことを話しましょう。」


 そう言って彼女は五つの大地のうち、真ん中に位置する大陸を指さした。


「私たちの今いる場所がここ、中央大地です。場所は昨日も言いましたが、魔法学院マジックアカデミー。」


魔法マジック…………?」





「この世界は、魔法が使われる世界です。」




 ---



 数日後--



 叡臣は時間をかけて、様々な本や書類を見ることでゆっくりとこの世界の知識を身につけていた。

 まずこの世界には地球で言う人間ように、人型で知能がある生物がいる。

 まあ、それがネジェンさんや昨日手当してくれたマルナさんにあたるわけだが。

 これが学名かどうかは分からないが、人種名はガムハミングというらしい。

 つまり、ここでいう人はガムハミングのことにあたる。

 何よりも一番の違いは、間違いなく地球人と違って魔法が使えることだろう。


 言語は英語に似た言葉だった。

 これはネジェンさんやマルナさんと話したことで分かっていたことだが、辞典を見て改めて理解した。

 その理由がアルファベットである。

 使われているアルファベットが、親しみなれたあのABCだったのだ。それがまんま使われていたのだ!

 なんか嬉しい。

 その嬉しさたるや、Sushiという単語が「え、海外でも寿司なの!?」っていう衝撃&嬉しさ並だった。

 ただ違うところもあった。

 だがこちらの世界特有の単語もあるためか、本来英語であれば cの部分がk、あるいはsになっていたり、fがh、jがzになっていたり。あるいは、それぞれの逆(例えばkの部分がc)になっていたりなどと、このように綴りが異なっているのもしばしば見られた。


 そして通貨はCnaシーナ。日本での、アメリカでのドル、EUでのユーロのように、シーナは"C"で表すらしい。


 最後に、伝統料理っていうか……これは伝統食品?伝統菓子?が、ガム。

 ガム……

 ガムか……

 うお、バリエーション本当に色々あるな。

 伝統というだけあるのかも。

 食べてみたいなあ……


 え、一日25時間もあるの!?

 一年は全部で687日で……

 1月~9月は月30日、10~17月は月31日ある。

 お、多いなあ……


 あとは……あれ、そういえば身体が軽い。

 地球にいた時にやっていた重力訓練のせいで、慣れすぎてて分からなかったが、もしかして地球より重力がない?

 重力に関する記事は無くはないけど、明確な数字がないから、この星にどれくらいの重力があるのか分からないな……

 かといって、月ほど重力無いわけじゃないな。

 歩く度に浮かないから。


 そして、広大な5つの大地と人工的に生み出された海の世界……か。

 魔法ってのはとんでもない。

 人工的な海は昔に、水の魔法で作られたとか。

 スケールのレベルが違う。

 やっていることが神レベル。


 それで大陸は東西南北にそれぞれ東之大陸、西の大陸、南の大陸、北の大陸。(なぜ東之大陸だけ"の"が"之"なのかは謎。)

 そして中央に、中央大地……か。


 その中央大地が誇る建物が……バムオンフーリィ魔法学院マジックアカデミー

 世界で一番の魔法学校にして、全大陸から優秀な人材が集まる場所。

 図書館も寮も大きかった理由が分かった。

 バムオンフーリィ魔法学院にはディフィードという生徒会があるとか。


 多いな。これキープだ。

 世界のこと書かれているだけあって、情報が多過ぎる。

 立ち読むするものじゃない。

 後でじっくり読もう。


 次は……

 食の歴史か。


 ……

 パラパラとページをめくる。


 へぇー……

 見た感じ、地球にもあった食材や調味料が名前を変えて既に存在しているらしい。


 なるほど。

 食には困らないが……昔見た作品のように、自分の知っている文化や食べ物を伝えて賞賛されて、お金もGET……っていう風にはいかなそうだ。

 少なくとも、俺が知っている文化はもう伝わっていそうだ。

 それが出来れば、ってちょっと思っていたところがあった。

 まあ、そんなミラクル……現実は厳しい。


 自分の知っている知識やシンプルにお金に困らず、ヒロインと一緒にのんびり暮らす話は……ただただ理想というか、羨ましかったというか。

 現実ではありえないけど、それが叶っている世界のストーリーが進むからこそ面白いというか、人気があったんだろうなと思う。


 さておき、正直ちょっと期待した世界線はこれでゼロになった。

 どうやらこの世界で暮らすために、地道に暮らすしかなさそう。


 食の歴史をキープし、次の本を手に取ろうとしたが、ある本が目に入った。

 まるで日本の平安時代か江戸時代かの文献を思わせる非常に達筆な文字の表紙と内容の本が目に入った。


「この本はっと……なんだ恨み人節……?ずいぶん物騒な話だが……怪談か?いや、伝承だな……」


 見とくべきか……?いや、今は情報が……

 とか思っていたが、怖い話を聞いて最初は嫌々だったけど、聞いてるうちにのめりこんで聞いているアレと同じで、気づいたら目を通していた。


「やべえ、これ見てる場合じゃねえ。」


 にしてもこんなのあるんだな。

 伝承だとしても怖い。


「どうです?順調ですか?ミスター・有野。」


 声の聞こえる先にいたのはネジェンさん。

 魔法によるものか、キッチンワゴンがひとりでにゆっくりと動いている。


「根詰め過ぎるのもよくありません、一息つきましょう。」

「ありがとうございます。」


 そう言って飲み物を注いでくれた。

 お茶っぽい?……いや、お茶だ。

 砂糖は……ないな。

 じゃあ一口、

 ゴクリ……

 ……

 ふぅー。

 うん、落ち着く。


 ハーブティーっぽい、けどミントティーのような喉がスっとなるような爽快感はない。

 ただただ飲みやすい。

 茶葉のような苦味はなく、爽やかさはないが、かといってただのハーブ風味のお湯という訳では無い。

 しっかりとハーブかあるいは茶葉の味がする。

 キツくないハーブティーだが、苦味もしっかりと感じた。


「申し訳ありません。あなたは一応形として保護している身なので、身動きがほとんど取れないのです。」

「いえ、理解しています。」


 事情も事情だ。

 なんだったら特例で、例外の扱いがされてもおかしくないのに、そんな中で生活をさせてもらった上で最低限の知識を身につけさせてもらっている。

 本当にいい人と出会うことが出来たようだ。

 ありがたい。


 事前にキープしていた大きな本を手に取る。

 タイトルは"はじめての魔法"。


 そして魔法。

 魔法は……これはもうどこの世界でも共通なのか四大元素が中心らしい。

 ただ稀に四大元素とはまた別の属性を持った者もいるとか。


 そういえば……

 ゴクリ

 いやそうなるって。

 だって、ちょっと期待してんだもん……!


「俺って……その、魔法使えないんですかね……?」


 正直嫌でも期待してしまう。

 こういうのは、男のロマン。

 一度は夢を見てもいいだろう?


「使えません。」


 ピシッとロマンにヒビが入った。

 一瞬顔が引つる。


 落ち着け、俺。

 1%でも可能性があるかもしれないじゃないか。

 それにほら、"稀に四大元素とはまた別の属性を持った者もいる"と書いてあった。

 その可能性は……


「無理ですよ、あなたに魔法は。そもそもガムハミングじゃないのでしょう。」


 撃沈。

 ダメ押しが入った。

 だが、HPは1残っている……!


「やっぱり、適性みたいなのが……」


 何とか理由をつけて抗ってみた。

 1%が無理でも、0.1%なら……


「適性というより……ミスター・有野からは魔法を使うための魔力、または無意識に身体から発せられる魔素を感じません。」


 HP0、そして0%になった。

 ロマンは跡形もなく消え去り、現実だけが残った。

 やっぱり小説やアニメとかみたいに上手くはいかないか……。


 あれ、


「生きるにしても……その、魔法が……使えないんですけど……」


 それって不味くない?


 こんな魔法の蔓延る世界で魔法使えない人って色々とやばいのでは?

 という考えが叡臣の頭に浮かぶ。


「そこはこちらで何とかします。事務やなにかの仕事を任せましょうか……」


「ほ、本当ですか……!?」


 うおお……マジか!


 ありがたい話である。

 人脈というか、ネジェンさんの器が大きいというか。

 ネジェンさん様様である。


「また来たのデスか!!」


 うおお、なんだ。


 大きな声が聞こえた。

 分かるのはその言葉の矛先が、俺じゃないってこと。


「騒がしいですね。ちょっと様子を見てきます。あなたはここで待っていなさい。」


 そう言って、ネジェンが図書室を出て行った。


「政府代行会社・中央大地支社、教育課課長ヒノデ・ブレンドと申します。そちらに、駐在員の派遣のお話を幾度とさせて頂きましたが……そろそろ許可頂ければと。」


 ヒノデ・ブレンド

 政府代行会社 教育課 課長


 スーツを着た黒髪の女性が、そこにはいた。

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大願成就のH.O.P.E. -偽りの英雄は、誰かを救えるようになるのか- 赤家ジェスマレッタ @Jesmaletta_Acaie

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