どうせ誰もいないなら
「して、まずは名前を聞きましょうか。」
偽っても仕方がない。
何かでバレても、それはそれで問題だ。
「有野 叡臣……アキオミ・アリノ。」
ネジェンは考える仕草を見せ、独り言つ。
「名前は、東之大陸の和人のような名前ですね……出身は、どうやら東之大陸ではなさそうですが。」
どうやら和人という、日本人のように苗字と名前を持つ種族がいるらしい。
最初に苗字・名前で名乗った時、既に反応があった。
「さて、単刀直入に聞きますよ。ミスター・有野。」
ネジェンは改めて、アキオミの方を見た。
「あなたはどこから来たのですか?」
文字通り直球な質問だ。
おそらくもう気づいているのだろう。
そうでなければ、先程のマルナのように西の大陸出身かどうかのような質問を出すに違いないはず。
しかし、そうではなく遠回しな聞き方をしてきた。
これは下手に誤魔化してもバレるだけだ。
見た感じ、学校の学園長ともなれば調べようと思えば調べられるかもしれない。
「多分……こことは違う星です。」
そう思い、本当のことを言う。
すると、それを聞いたネジェンはアキオミに見えないよう目を伏せた。
「どういう、ことですか?」
流石に動揺して見える。
いくら落ち着いた様子でいても、動揺を見せないようにしていても、メガネを抑える様子を見せた。
「……ミスター有野。あなた、このことは決して誰にも話すべきではありません。」
「え……?」
少しの間考えていた様子だったがと、ネジェンはゆっくりと口を開く。
口元は常人であれば震えていても仕方ないだろう、だからこそ心を落ち着けて話を始めたように見えた。
「この話は、ありえない話ということです。厳密にはこの星に"外がある"、この星以外にも"星がある"という話はない……証明されていないのです。だからこそ、あなたがその発言をすればあなたはなんの根拠もないだけの奇妙な物語としてしか受け入れられないでしょう。
ましてや、厄災だと思われていたあの
そんな……
でも、
「ちょっと待ってください。どうして俺がそれに乗ってたって……」
「英雄フェブルクが、ここにあなたを保護を私にお願いしたからです。その際に、事情を聞きました。」
宇宙という言葉が、ひとつも出てこない。
それどころか、ここ以外には星がないという始末。
さらには、宇宙船の残骸が事故ではなく厄災扱い。
それだけでもうこの星が、この世界が違うことを、尚のこと証明された。
「もう一度聞きますが……本当にこのドネックスバーグ出身では無いのですね。ミスター・有野。」
「……はい。」
力ない返事。それしか出ない。
するとハッとなったように、ネジェンはアキオミに尋ねた。
「あなた、身体はなんともないのね?」
「はい、今のところは……」
その疑問が何故突然された。
怪我の容態のことだろうか。
「分かりました。ならば、今度はこちらから話をしましょう。ここについて、色々とお話します。」
「ここに……ついて……。」
「いや、今日は止めましょう。」
「え……」
そう言ったネジェンに、アキオミは思わず反応してしまった。
「話をしてくれてありがとう、ミスター・有野。ひとまず今日は、もう休みなさい。怪我も疲労もまだ回復はしていないでしょう。何より……顔色があまりよくありません。」
黙って俯くしか出来ない。
正直……メンタルに来ているのは事実だ。
「寮の空き部屋があったわね。それに孤立して部屋があるから、他生徒にも見つかりにくい……そこにしましょう。ちょっと待っていなさい、清掃してきます。」
---
何とか歩けるようになるまでは回復出来た。
そして学園長さんが、この部屋まで連れてきてくれた。
机があり、クローゼットがあり、シャワー室だろうか……それもあり、更にはベッドがある。
まるでホテルの一室だった。
しかしホテルの一室というには、十分な広さであった。
ベランダに出て、夜風を浴びる。
それとも風に誘われたのか。
さておき。
学園長が部屋を案内した後に、何を言っていただろうか……
思い出せない。
……
頭が全く働かない。
頭になにも思い浮かばない。
思考が勝手に停止した。
「全部……失った。」
なにも感情は湧き出てこない。
ただ自分には何も無いという、結果だけがのしかかってくる。
何も思わない。
何も思えない。
本当に何も無い。
……
無為だ。
全くもって無為だ。
お腹の鳴る音が響く。
しかし、耳には全く聞こえない。
呼吸の音が響く。
しかし、耳には全く聞こえない。
喉が涸れる。
まばたきはもう、することすら忘れてしまった。
……
何も思えない。
……
……
やらなければという気さえ起きないのだ。
……
……
……
身体が不意に飛ぼうとする。
まるで永久の浮遊感を求めるように、ただただ沈んで行きたいと願うように。
向かう先は"死"。
だがそんなものはどうでもいい。
足が、痛い。
足が地を離れた。
落ちていく
落ちていく
落ちていく
……身体が浮いた。
「間に合い……ましたね。」
ネジェンがさっきまで、俺がいた場所にいた。
身体が浮いた理由は、ネジェンのせいか。
「ずいぶん危うげな様子だったので、様子を見ていて幸いでした。」
どんなトリックか、なんて考えられないほどアキオミは憔悴している様子であった。
その様子を見たネジェンは、アキオミの肩に手を添えた。
まるで子供に何かを言い聞かせるように、ギュッと肩に添えた手に力が入る。
「私はあなたじゃありません。だから、あなたがどんな気持ちで、どんなに苦しくてこのようなことをしようとしたのか寄り添うことはできません。ですが、言いたいことは言わせていただきます。馬鹿なことを考えるのはやめなさい!」
ピシャリ
と、強く放たれた言葉。
「あなたが苦しくて、逃げ出したくてそのようなことをしてしまったのだと思います。ですが死ぬことは自分1人の責任だと思っていませんか、自分1人だけ見るのではなく、自分以外の他人をしっかり見てから判断しても遅くないでしょう。自分が気づかないだけで、自分1人だけしか見えてないから、自分で自分を追い込んでしまうのだと思います。」
はっきりとは言い切らない。
お前はこうだからと、お前はこういう人間だからと、決めつけたことは言わない。
初対面だからというのもあるが、何人、何十人、いや何万人、何十万人……それ以上かもしれまい人たちを見てきたこの人は、人の思いを決めつけることはしないと決めているから。
だからこそ、意見で留めておく。
それが裏目に出ることがあるが、彼女はそれを曲げられない。
「あなたはたった1人でしょう。この世界で、この星で本当の意味でたった1人でしょう。あなたのご友人は別の場所にいるかも分かりません。それでもあなたが苦しくて、死にたいのなら、せめて私の前でそのような行動をしなさい。私が必ずあなたを止めてみせます。約束します。若いあなたが、こんなところで自分から死んでいいなんてそんなこと、あってはなりません!」
今度ははっきりと言い切った。
自分はこうする……という強い意志だった。
覇気と慈愛の混じった言葉だった。
それだから、それだからこそ、アキオミはその場に力なく崩れた。
屍の涙を流し、目のくまは擦っても消えない。
ボサボサの髪をくしゃりと握っても、フケが出る。
『生きるぞ--』
「っ……!」
(Andy……)
声が、聞こえた気がした。
相棒の声が、兄弟の声が。
そうだ、
そうだ。
そうだ、そうだ。
どうして忘れていた。
どうして忘れていた!
あの時、約束したじゃないか。
あの時、約束したじゃないか!
生きる、と。
生きる、と!
生きる……!
目に光が戻る。
その瞬間、屍の涙は生きた涙になった。
この瞬間、俺は救われたのだ。
もう少し生きてみようと思った。
少し生きる理由を見つけた。
どん底の心だった俺を。
篩にかけられた砂金になれなかった俺を、救ってくれたのだ。
「くっ、うっ……うぅ……」
呼吸が零れる。
涙が零れる。
警戒の氷は、ゆっくり溶けていった。
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