地球じゃない
「っ……」
ゆっくりと目が覚めた。
そこは天井に水晶のようなものが目に入る。
今まで見ていたものが、夢であったかのような感触が襲う。
「こ、こは……」
白いカーテンで包まれた病床。
身体を起こすと、全身の節々に包帯が巻かれ重体なのは明らかであった。
カーテンがシャッという音と共に、開いた。
「ひ、ひえっ!お、起きましたか!」
(起きていないと思ったのに……!)
英語のような、英語に似た言葉が聞こえた。
メガネをかけた白衣の女性が驚いて包帯等を投げてしまい、アワアワと慌てて自分でキャッチする。
(だ、大丈夫か……?)
アキオミの額にも、汗が一滴流れた。
「ふう、ちょっと待ってください。」
そう言うと、白衣の女性は自分の席に戻った。
「もしもし……学園長、お、起きました!はい、はい……ええ、今からですか!?はい、はい……」
話し声が聞こえる。
……電話でもしているのだろうか?
……
俺の服はない。
もう生命維持装置なんてものが無くても、平気でいられるまでに回復したのか。
Andy、師匠、ダニー、ハーパー、ピーター、隊長……
みんな、みんなは
みんなは過酷な環境で、小さな最低限の生命維持装置をつけて労働している。
俺は、俺はこんな……こんなところで--
こんなところで寝ている場合じゃない!
「っ……」
流れる涙が、心を突き動かした。
しかし起き上がって歩き出そうとしたところで、倒れた。
心は動いても、身体が動かない。
「クソッ、動け……動けェッ……!」
「ええっ、ど、どうしたんですか!どうしたんですか!」
白衣の女性が、アキオミに駆け寄った。
「俺の……俺の服は?」
「へ?」
「早く俺の服を。早く、火星に行かなきゃ--」
気持ちだけが先行する。
焦りという鞭が心を叩く。
「ちょ、ちょっと待ってください!火星って、なんですか!」
当然の質問に対して、当然の答えが帰ってこない。
「なんだよ、分かるだろ……!ここは、ここは地球じゃーー」
だからこそ、襲う焦り。
まるで自分だけが、焦っているようで。
自分1人だけが本当のことを言っているのに、間違っている事だと見世物にされるような焦りが。
彼を襲う。
「地球ってなんですか!!」
「え……」
彼女の叫びに反して、魂が抜けたゴーストのような声がした。
焦りが一瞬で、不安に変わった。
「地球って……星じゃ……」
「ここはドネックスバーグ。今あなたのいる星はドネックスバーグですよ。……何か、夢でも見たんですか。そんな名前、星どころか町ですら聞いたことないです。」
急に現実に戻った気がした。
あの時、確かに覚悟したはずなのに。
永遠に会えない覚悟をしたはずなのに。
気が落ち着くどころか、自分の心の中にあるざわめきが焦燥感を掻き立てる。
ここは、火星じゃない。
火星でもなければ、地球でもない。
俺はブラックホールに飲み込まれたのだ。
畳み掛ける現実と夢の境目が、無慈悲にも踏みつけられ、現実に引き戻された。
流れる涙は止まったが、水道を止めても流れる水滴のように、涙がこぼれる。
「お、落ち着いて、落ち着いて下さい!大丈夫です、大丈夫です!」
怯えた焦りの声が聞こえる。
その怯えと焦りが自分に向けられたものだと、アキオミは気づいてしまった。
「はァ……はァ……」
それは自分が、イレギュラーだということ。
自分が今この場では、間違っている事。
そうだ、この人は見知らぬ人間。
気を許してはいけない。
ここが地球でも火星でもないのであれば、今の自分のままでは間違いなくイレギュラー扱いをされ、どんな目にあうか分かったものでは無い。
「あ……ああ、いや。なんでもない。すまない、電話中に……」
落ち着け、落ち着け。
泣くのは後でだって出来る。
「電話……?」
(なんでもないわけ、なさそう。)
電話と言って通じていないリアクションを見たアキオミは、単語を言うのではなく、内容を言うことにした。
「今、誰かと話していたんじゃ……」
「ああ、通信のことですか!あれならもう大丈夫ですよ。」
話している感じ、どうやら自分の話す英語は伝わっているらしい。
改めてそこに安堵する。
しかし、通信と言っていたが……通信出来そうな機器が見当たらないのが気になる。
ポケットの中に入っているのか?
「……」
「……あ、アハハ……」
会話が続かなかったからか、彼女から乾いた笑いがこぼれた。
「助けてくれて、どうもありがとうございました。」
頭を下げて礼をする。
まず先に礼を言わなかった自分を恥じた。
事情はとにかく、自分どうしたいかなど関係ない。
ボロボロだった自分を手当てしてくれた彼女に、一番最初に礼をすべきだと思った。
「あなた、西の大陸出身ですか?西の人っぽい話し方ですね。」
「いや、俺は--」
「マルナ。失礼、入りますよ。」
「が、学園長!」
言葉が遮られ、白衣の彼女……マルナはペコりと礼をした。
マルナが"学園長"と、そう呼ばれるには相応しいほどに厳しさも優しさをも醸し出す老年の女性がここに来た。
「あ、あなたは……?」
「バムオンフーリィ
ネジェン=ヴァイブルグ
バムオンフーリィ
「そして彼女は、マルナ。この学校の養護教諭です。」
マルナ=レクイズ
バムオンフーリィ
紹介されたマルナが一礼した。
キリッとした力強い話し方をする学園長さんだ。
それにしても、やはり他の人が喋っても英語っぽく聞こえる。
英語に似た言語でフランス語やイタリア語、スペイン語ともまた違う。
それらと比較しても一番似ているのが英語だ。
……別にフランス語やイタリア語、スペイン語が話せるワケじゃないけど……。
「まず手当てしてくれたこと……ありがとうございます。」
真っ先に礼を言った。
マルナと呼ばれた女性の上司にあたる人物だ。
俺を治してくれたのも、彼女の指示があったに違いないと思ったからだ。
「気にする必要はありません。あなたが無事でよかった。」
「いくらですか、生憎持ち合わせもなく……」
タダで治療してもらっただなんて、虫が良すぎる。
だからこそ、尋ねた。
「気にしなくていいですよ。助けた理由は強いて言うなら、私と彼女の助けたいという気持ちです。あなたが無事でよかった。」
まさかの答えが返ってきたが、それでも警戒は解けない。
後になってから、何かを見返りに求められるかもしれないからだ。
「なにもそう警戒する必要はありませんよ。」
しまった。
顔か態度に出てしまっていただろうか。
話を変えようと頭の中を働かせる。
その時、どうして今まで出てこなかったんだと言うほどに、強烈な記憶を思い出した。
アキオミを助けた、全身を黒い鎧であのヒーローのことを。
「あの……俺を助けた、フェブルクという方は……」
それを言うと、ネジェンは遠くを見るような瞳で、アキオミを見た。
「彼は特殊な存在……突如現れた神出鬼没の救
い手。英雄という名を見事欲しいままにした。本当に創作の物語に出てくるヒーローのように。彼が現れるのは、公に何か事件が起きた時です。」
「そうですか……分かりました。」
本当にヒーローが現れて欲しい機会でしか……現れないんだな。
「動けますか?私の部屋に来て欲しいのです。」
「分かり、ました。」
アキオミはそう言うが、立てない。
その様子を見たネジェンは視線をマルナに移す。
「マルナ、少し席を外してください。それまでは学院長室にいて結構です。終わり次第連絡します。」
「え、いいんですか!」
ネジェンの言葉に、目をキラキラさせて反応したマルナ。
その理由は--
「好きに茶菓子は食べていいですが……食べ過ぎだけは、絶対になりませんよ。」
その言葉を聞くとぴゅーっと、マルナは駆け出して行った。
「それで……」
間を置いて、
「ご飯は食べたのですか?」
ネジェンは優しい瞳で尋ねた。
それに対してアキオミは首を横に振った。
Noのサインだ。
「そうですか、ならまずは食べなさい。私がご飯を目覚めたばかりで、お腹が減っているでしょう。食堂から持ってきますよ。」
笑みながら、優しい言葉をかけるネジェン。
目を向けられたアキオミは、目を逸らす。
「……遠慮します。」
しかし今度は首を振らず、小さな声で告げた。
「……そうですか。では話をさせて頂きますよ。」
ゆっくり目を閉じて、ネジェンは養護教諭席に座わる。
そして、ネジェンは改めて言葉を紡ぐのだった。
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