英雄フェブルク
燃えて、燃えて、
ただ燃えて
目を閉じて意識を失いたくても、生命維持装置があるせい、かつ空気や黒煙等も左右が塞がれているためなかなかに侵入してこない。
そのため、ただ苦しいだけで意識を失えない、死ねない状態が続く。
どうやら、大人しく死なせる気は無いらしい。
ブラックホールがもう目の前に迫る。
脱出ポッドが出ていく音は、既にもう聞こえない。
ダニー、師匠、ハーパー、ピーター、隊長……どうか……
どうか、みんな無事でいてくれ……!
と。そう……祈ることしか出来ない。
ブラックホールが近づく。
ブラックホールの引力で、燃え盛る火がピンポイントで吸い込まれた。
オードブルは終わりと言わんばかりに、次は宇宙船を飲み込まんとする。
さあメインだ。
ブラックホールは口を開けたまま、ワクワクもせずに待ち構えている。
そして、すぅっとブラックホールは飲み込み始めた。
ブラックホールはグシャグシャにして飲み込む……というより、噛まずに丸呑みされたという感じだ。
不思議なのは、ブラックホールに飲まれたというのに原型が残っているということだが。
そんなことを考える余裕はもう、彼には無い。
……
ブラックホールが抜けた先もまた、宇宙であった。
当然だが、アキオミは気づけていない。
もう感覚は働かない。既に思考はストップしている。
全く原型の残った宇宙船が傾き始めた。
落ちゆく先はひとつの星--
地球よりもずっと小さい星。
そこに向かって、落ちていく。
落ちて、墜ちて、
ただ墜落(お)ちて
高加速しながら落下していくたった一人の人間を運ぶ舟
それは、まるで目的地を見つけたかのように
その星へと墜落ちて行った。
---
落下速度は緩まるどころか、速度を強めて落ちていく。
終いには空気摩擦による炎が再び発火した。
勢いそのまま大気圏に突入した。
十分な減速が出来ずに進む。
別の星の、別世界の空を穿いてその世界に危害をなさんと牙を剥く。
このままいけば、地表に激突してしまうだろう。
空を劈いて、とうとう宇宙船はその星の住人に姿を現した。
人々だろうか?
地球にいた人間と似たような姿をした者が集まり、騒ぎ始めている。
まさに、この星の……この世界の危機であった。
隕石と化した宇宙船が炎を纏って、この世界を破滅へと導くために進んでいるのだ。
そんな時
そんな時だった
黒い一陣の風が吹いた。
同時に、宇宙船の炎が消えた。
そしてその黒い風は宇宙船を地に落とすまいと、真下から抱えこむような体制で支える。
その黒のマントに身を包み、人を……ひいては世界を救おうとするその姿、まさに黒の救世主。
『う、おおおおおおおおおっ!!!』
やはりド重量なんて言葉では比喩できないほどの重力がある宇宙船を、当然常識で考えればたった1人の人間大の生き物では絶対に、100%不可能である。
実際今にも黒の救世主ごと、世界を推し潰そうとしていた。
「が、がんばれ!フェブルク!」
「頑張って!フェブルク!」
声が聞こえた。
黒の救世主ことフェブルクを、応援する声が。
それはそうだろう。
自分の命と住む世界がかかっているのだ。
自分の力ではどうしようもないと悟り、助かるにはもうこの人しかいないんだと、助けられることを望んでいる。
だがそれ以上に、"彼ならば"という理不尽な期待と願いの思いが強かった。
今までも、これまでも……それは変わらない。
彼ならば!
鎧にある7本7色のラインがカッと光った。
黒の鎧が激しく輝く。
その応援に応えるかの如く、激しく輝いている!
その瞬間、今にも全てを巻き込んで滅ぼそうとする宇宙船の落下速度が緩まり、止まった。
『はああああああああああああああぁぁぁっ!!!!』
フェブルクの気合いと呼応するように、宇宙船は徐々に持ち上がっていく。
うおおおっ、と歓声に似たどよめきが上がる。
いよいよフェブルクが持ち上げられるギリギリまで持ち上がった。
フーっと自身を落ち着かせるように息を吐き、息を吸う。
そして、フェブルクは宇宙船をそのまま海へとぶん投げた。
「うおおおおおおおおおおっ!!!!」
今度はもう、濁りのない純粋な歓声であった。
我々は助かったのだと、我々は生きているのだと、心の思いが自然と乗った歓声だった。
人々は(人によっては)抱き合い、拍手し、肩を組み喜び合う。
フェブルクの活躍を見ていた皆が、その喜びを体現していた。
フェブルクは、見事その期待と願いに無償の救済で答えてみせたのだ。
しかし周囲の歓声を他所に、フェブルクはあろうことか沈みゆく宇宙船の中へと向かった。
誰も気づかなかったあることに、フェブルクだけが気づいていた。
---
冷たい。
傷に海水が染みる。
海水が入って来るのが分かる。
どうやら海に落ちたようだ。
それにしても一向に死ねない。
心はいつ死んでもいい状態になっているというのに、身体がそれを拒絶しているのか。
あるいは未だに生命維持装置が働いているのか。
だが、流石にいい加減死ぬだろう。
宇宙に死ぬかと思っていたが、溺死とは……
遠くでパシャパシャと音がする。
アキオミの耳は、それすら聞こえないほど活動を停止していた。
隣にある瓦礫が崩れた。
黒いマントがたなびく。
『おい、しっかりしろ。生きているか、死んでいないな。』
人型だから、英語っぽい言葉が聞こえたからこそ少し感覚が戻ったのかもしれない。
「お、前は……誰だ……?」
もう薄れゆく意識の中、かすれに掠れた声で問う。
『フェブルク。人々の味方、人々を助ける者。安心しろ。お前は俺が助ける。』
偽物なんかじゃない。
本物の、本当の英雄がいたのだと、不意に過った安堵とともにアキオミは意識を失った。
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