プロローグ3
宇宙船に入るなり出発準備のため、更衣室にて配布された宇宙服を着用する。
しかし、あのよく見る全身白で重そうな服とは違う軽装備。
そのため一人できることが可能な上、生命維持装置も最低限のコンパクトサイズになったものを装備させられる。
「将来宇宙に人が住むのに、あんな重装備させられない。」
……そういう理由らしいが、個人的には経費削減にしか見えない。
「想像してたが……いざ着てみると薄いな。こんなんで本当に火星で動けるんだろうな。」
「知らね。」
「行ってみれば分かるだろ。」
「動けるかより、生きてられるか不安だが……」
ドン
と、突然アンドリューがぶつかられた。
「いって、」
「どけよ」
露骨にぶつかったその男は中指立てて、ギャハハと笑っていた。
「ちっ、んだあいつ。」
アキオミ、アンドリュー、ダニエルの3人が自分のシートに向かう。
「嫌われすぎじゃねえ?俺ら。」
「……アイツ、アニメとかマンガだとモブ扱いされるタイプだな。」
「ガハハ!そう言われると、面白く見えてくるからおもしれえ。」
「なんだ面白く見えてくるからおもしれえって、面白いでよくねえ?」
やいのやいの騒いでいると、既に自分の席で待っているダニエルが呆れた顔で2人を見ていた。
「おいバカ2人。座っとけ、って母親みたいに注意されなきゃできねえか?」
「「うるせえ排気ガスモーカー!」」
「んだてめえら!ぶん殴ってやろうか!」
「いい加減にしてくれ!ファッキンバカ共!」
「なんでピーターさんまで……」
まるで打ち合わせをしていたかのような、息のあったツッコミに思わずダニエルが立ち上がった。
さらにピーターも思わずと言った様子で立ち上がり、それを諌めるハーパー。
出発前だというのに、喧嘩どころかこのバカ騒ぎ。
ピーターまでも声を上げているのに、頭を抱える隊長だったが、俯きながらも笑っていた。
いい意味でこのバカ共には、緊張感がない。
全く頼もしい限りである。
先立って火星へ行った奴らでも、ここまで付き合いが長く、気のいい奴はいまい。
頭が良いのに埋もれていた、ピーター。
腕っ節だけが取り柄だった、アンディとダニー。
現在寝ている偏屈者、メイソン。
誰よりも真面目で集中力のある、ハーパー。
そして、一度でも決めたことは絶対にやり遂げるひねくれ者、アキオミ。
こいつらが、なにもしていないにもかかわらず理不尽な理由で周囲から嫌われている奴らの集まりだと言って、誰が信じられるだろうか?
その一因が、隊長という私と仲の良さを指摘する者もいるだろうが……
全員の優しさで、私は救われた。
誰が嘘つけよう、こんなに心良い奴らとは仲が良くないと。
ましてやピーター、アンディやダニー……こいつらがガキの頃から、デカいことをしようと誓ったあの頃からの仲だ。
今更縁など切れるか。
「Please wear a safety belt.(安全ベルトを着用してください。)」
そのアナウンスと共に、乗員は皆訓練通りベルトを装着し始める。
流石にここでふざける人はいない。
時と場合はわきまえている……はずだ。
ぐおんぐおんと動き始める。
そして宇宙船という大きな鉄の塊がぐわんと宙に浮いたと思ったのも束の間、徐々に身体の中へと重りのように垂直Gがのしかかって来るのを感じる。
「っく……!」
「うお……!」
大気圏に入ったようだ、さらに垂直Gが重りのついたバーベルのようにのしかかって来るのを感じる。
訓練はしているが、ある程度慣れていても辛いものは辛い。
耐えてはいられるが、早く終わって欲しい。
もう少しの……辛抱ッ!--
--
出発から数分後、どうやら宇宙空間に出たようである。
ようやっと安定した。
隊員が各々ベルトを外し、宇宙船の中の地に足をつけて感触を確かめる。
「おお、案外動けるもんだな。」
「テレビでよく見るあの無重力さは、やっぱりねえんだなあ。」
「まぁ、そのテストも兼ねてるからな。訓練受けてねえ一般人が普通に宇宙船に乗れるように。でもその重力制御装置壊れたら、無重力になるだろうけど。」
ダニエル、アンドリュー、そしてアキオミが宇宙船内を歩く……もとい探検しながら話す。
「火星に行ったら……動けるんかねえ。」
「じゃ、動いてみるか?」
「は?」
「ホレ、打ってこい。」
ダニエルは両手のひらをミットを持つように見せた。
アキオミの戸惑う反応も分からないではない。
アンドリューが動けるか心配しているのに関わらず、自分に矛先が向くとは思っていなかったからだ。
それでもせっかくならと、アキオミはファイティングポーズを構えた。
パン、パン
そして力を抜いたジャブを打ち込み、それを引いた反動でストレートを叩き込む。
シンプルだが、使い勝手がよく強いワンツー。
「おい、ワキと腰の回転。」
「え。」
「回ってるだろ。」
「ダメだ、甘え。もっとできるだろ。」
僅かな甘さも見逃さない。
ダニエルは手のひらに打ちこんできたアキオミに対して指摘する。
「戻す時もっと早く、ジャブは特に戻す時意識しろ。戻した反動で腰回してストレート、しっかり打て。そのストレートからフックとかに繋がるんだから、しっかり意識しろ。やってても甘かったら許さん。」
「分かってる。」
「お前が出来てるって思っても、俺から見ればまだ出来るぞ、ホレ。」
パァン、パァン!
「しっかり力は乗るようになったが、スピードが落ちた。」
パッ、パァン!
「スピード意識し過ぎだ、重さが乗ってない。」
「にしても……厳しいねえ。」
練習の様子を見ていたアンドリューが熱の入った幼馴染に対して半ば呆れ、半ば面白そうに、嬉しそうにこぼした。
「おめえの力技とは違うからな。」
ダニエルが煽るように言うと、アンドリューがピクっと青筋を浮かべた。
「流石ですなあ、チャンピオン。いやあ、チャンピオンの言うことは違いますねえ。」
「元な。うるせえ。」
2人がいつものように口喧嘩が始まった。
アンドリューはダニエルといる時だけこうなる。
幼馴染にして犬猿の仲。
仲がいいのか悪いのか。
俺にダニエルを紹介したのはアンドリュー
「宇宙いんのに楽しもうとしないで、いつも通りなのオレらくらいじゃないか……?」
周囲に人影は無い。
皆が映像でしか見た事がない宇宙を、展望エリアに溜まって見ている中で、彼らは廊下で騒いでいた。
廊下に設置されている窓から宇宙を見るわけでもなく、宇宙船内を探検してみようと歩くどころか、ダニエルが稽古つけるのをアンドリューが見るという、いつも通りの光景。
「って、いつまで言い合ってんだ!」
「なんだ、寂しくなったか?」
「放置して悪かったなクソガキ。」
だが、今日は違う。
宇宙にいるせいか、テンションが高い。
「よし分かった。1発ブン殴ってやる!」
またぎゃあぎゃあと騒ぐ。
全くもっていつも通りの光景。
ここにいる大抵の人間が、初めて見る宇宙に目を輝かせている中で、彼らだけはいつもと変わらない日常を過ごしていた。
そんな
そんな時だった
"いつも通り"に軋むヒビが入ったのは。
ギギギィ……とまるで木製の船が軋むような音が、宇宙船から聞こえてきたのだ。
明らかに、おかしい。
こんなアルミニウム合金から聞こえてきそうにもない音が、聞こえるなんて。
隕石がぶつかっても、こんなことになるか疑問だった。
「アンディ!」
ダニエルが叫ぶ。
「俺は旦那に確認してくる、お前らは--」
「わかってる。ひとまず脱出ポッドのエリアに向かう!」
緊張が走る。
「ダニー!」
不安が押し寄せる。
思わずアキオミがダニエルを呼び止めた。
「心配すんな。おい、絶対無事でいろよ。アキオミ。
「アンディ、頼むぞ。お前の兄弟で、俺の教え子なんだからな。」
「ああ、当然だ!」
ダニーだけは、別の道を進む。
どうか無事でいてくれと、祈らずにはいられなかった。
「無事でいろよ、ダニー!」
サムズアップで答えるダニエルに踵を返し、アキオミもアンドリューも駆け出した。
「くそっ……!脱出ポッド、よりによってここから距離あんな……。」
「Andy……なんだ、アレ……」
「アレは……」
船内に警報が鳴り始めた。
『船員全員に告ぐ!突如としてブラックホールが現れた!皆すぐに脱出ポッドへ!このままでは船が飲み込まれる!急げ!』
船内の警報は、カーターによる放送が終わっても鳴り響いている。
「Andy、アレ……」
廊下から遠くに何かが見える。
宇宙という煌めく星々が散らばる中、妖怪のように強い力で揺らめいているナニカがいる。
色を持つ星々を黒という塗りつぶすカラーで、無に返している存在があった。
まるで実態の無い悪魔。
その実態の無い悪魔が、こちらを標的ととらえているわけでもないのに、強い力でこちらを引き寄せていた。
ブラックホール……!?これが!?
な、なんで……
「Aki!今はここから脱することを考えろ!」
アンドリューが叫ぶ。
脱出ポッドのある場所へと向かうために、走る。
ただ走る。
次の瞬間、背後にとんでもない音が遅れてやってきた。
ドゥッゴォオオオオオオオオッ!!!!
「おい……」
言葉を失うのも最も。
背後にあったのは隕石という名の通せんぼだった。
ブラックホールの引力によって、迷い込んだ星とぶつかったのだ。
「おい、Aki!」
船に火が点いた。
だがそれでも宇宙船は壊れず、沈むことも無い。
沈むどころか、一方的にブラックホールに引きずり込まれようとしている。
退路は、絶たれた。
進むのみ。
前に進むのみである。
そう思って足を前に出す。
だが、走ったのは痛みだった。
「ッ!」
くッ……!足が……!
先程の隕石衝突によって飛び散ったガラスが、足に突き刺さっていたのだ。
「Aki!」
アキオミの様子がおかしいと気づいたアンドリューが、すかさず肩を貸した。
「大丈夫か……!」
Andyの足を引っ張ってしまっている情けなさが強くのしかかる。
「すまん……本当に……!」
「うるせえ……いいから行くぞ!」
アンドリューだけが、前を見ていた。
そうだ、だから俺は救われたんだ。
「知ってる……お前なら、そうするよなぁ……」
アンドリューは間違いなく、こうする。こうしてくれる。
自分に嫌なことが起きた時。
こういう時に、嫌なことは連鎖する。
こういう時の、嫌な予感は当たる。
俺だけが気づいた。
気づいたのは俺だけ。
先にある天井に、ヒビ--
追い打ちで火も加わった。
間違いなく天井が崩れる。
このままでは2人とも助からないどころか、2人とも下敷きになって終わりだ。
「Aki、大丈夫か……絶対、連れていくからな!」
天井の欠ける音がした。
それを見た。
だから--
覚悟を、した。
覚悟したから、涙を流した。
その肩を振りほどくと、力を振り絞ってアンドリューを押した。
「Aki!」
間に合ったと言うべきか。
天井が落ちた。
「Aki!何やってんだ!クソっ!」
もう一度助けようと向かおうとしているに違いない。
目の前の崩れた天井が、壁として立ち塞がる。
それを登ろうとしてでも助けようとするアンドリューの目の前が、無慈悲にもさらにその壁が火に染った。
「お前が……逆の立場だったら、どうするよ……おんなじこと、するだろ……?」
背を向けて、涙を拭いて、心配させないように精一杯カッコつけて言う。
だが、二酸化炭素や一酸化炭素が増えてきたのか、声が出にくい。
「行けよ!Andy!」
かろうじて見える小さな隙間から、Andyはまだ逃げる気のない姿が見えた。
「ふざけんな……!」
燃え盛り始めた壁に、手をかけた。
「グゥっ!」
「Andy!」
「ふ、ざけんな……!絶対、助けるぞ……!」
脱出ポッドが飛び交う音が聞こえる。
どうやら乗員の脱出が始まったようだ。
それが聞こえたことで焦燥感が出てきた。
Andyが脱出ポッドに乗れなかったら。
Andyがここで助からなかったら。
だからこそ、諦めないアンドリューにアキオミは痺れを切らした。
「いい加減にしろ!もうここは無理だ!早く行けよ!このままじゃ、お前まで!」
「うるせえ!」
息も絶え絶えに大声を出した。
「俺はてめえに、死んで欲しくねえんだよ!」
炎にも負けない熱を帯びた言葉。
それを受けたアキオミは嬉しそうに、泣きそうに笑った。
「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ。」
そうだ。
『てめえら何やってやがる!』
こいつは
『大丈夫かよ?』
助けられたあの時も
『そうかそうか、お前ずっと一人だったのかよ!』
こんな目をしていた
『じゃあ、俺が友達になってやる。』
まるで走馬灯のように、初めてAndyに助けられた記憶が蘇ってきた。
だからこそ、Andyには生きて欲しいと。
俺の英雄には、生きていて欲しいと。
強く、強く思わせた。
「お前が……お前だけが、そう思ってると思うな……!」
だが死に瀕している自分よりも、Andyの気持ちは強いようだ。
「ざけんじゃねえぞ!ぜってえ助ける!兄弟分一人助けられねえで、何が兄弟だ!」
壁の奥で、また何かが崩れる音が聞こえた。
「くそお、くそおおおおおおおお!」
遠いハズなのに、それでも近くにいるのかと思えるほどに、大きな声が聞こえる。
「Aki!Aki!Akiィイイイイイイイイイ!」
あの隙間からは、もう何も見えない。
アイツの、姿も見えない。
「はァ、はァ……!」
どさりと倒れ込み、大の字に寝転がる。
『……だからよ、Aki--生きるぞ。』
「約束……破って、すまねえな。
涙が乾かない。
それどころか、まだ流れている。
「
すまない。
Andy、師匠、ダニー、ハーパー、ピーター、隊長……
俺は……
俺の悔いは……
「悔いは無い。」
目に見えるのは、赤く光った警告色の天井。
聞こえるのは、けたたましく騒ぐ警告音。
それに負けじと星々のように飛び交う脱出ポッドの音々をバックに、意識の闇に身を任せて目を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます