プロローグ2
「……。」
「おい、名前呼ばれたら返事だろ!有野!」
隅の場所、カメラのないところに誘導されてるアキオミ。
誰かに頼ろうという気持ちよりは、騒ぎにしたくないという気持ちが勝ってしまった。
「そういうの古いぞ。一応ここはアメリカ。アメリカにいてまで、そんなルールを強いるのか。郷に入っては郷に従え。」
しかしそれは彼を睨む日本人たちに臆してしまったからではない。
誰にも迷惑をかけずに、こいつらを大人しくさせようという判断だった。
「郷に入っても暗黙の了解ってのがあるだろう?ええ?」
あの時の自分では無い。
彼はもう、多人数相手でも勝てる自信しか……ない。
「それが古いし俺は嫌いだ、体育会系のノリやルールを押し付けるな。話が合わないな、失礼する。」
そう言ってアキオミは、その場から離れようとする。
あからさまに邪魔をしようとするヤツは、力で押しのける。
見た感じで判断したが、実際押しのけることが出来た。
……というか。
メディアもメディアで、ちょっとはこちらに気づいてもいいと思うのだが……メディアの視線は宇宙船しか目に入っていないようだ。
ちょっとは気づいて、ゴシップネタだと思ってくれてもいいと思うのだが……あるいは見て見ぬふりをしているのか。
「ちょおっと待てよ、有野クーン。ノリ悪いなあ。」
馴れ馴れしく肩を組んできた。
「離せゴ……ゴローくん。」
「は?」
「お前には嫌な思い出しかなくてな。気色悪いから離れろゴ……ゴローくん。」
いくらコイツがゴミでもちゃんと誤魔化すことができた俺……有能。
ホゥッと自分に感心したため息を吐くと、
腹目掛けて拳がとんでくる。
何食わぬ顔でアキオミは避けた。
なんだったら、その伸びた手を掴んで引っ張り、よろめかせるくらいには余裕で避けた。
「ですます使ってたお前はどこいったんだ、ん?」
「さん付けはしているが?と、言ってやる。お前の頭に合わせて喧嘩をするのも、楽じゃない。」
「調子乗ってんじゃねえよ!」
「あっははー、残念。今じゃ俺の方が強い、相手にならない。お得意の暴力での言い聞かせは無理だ。」
「おめえら何ボーッと突っ立ってる!手伝え!」
「オイオイ、皆が見てる前で--」
血が登ったヤツに、何を話しても意味が無い。
血が登ったヤツに、周りがどうなっているか分かる……いや、気付こうとする気は無い。
血が登ったヤツは、どう思われてるかなんて考えない。
血が登ったヤツに、冷静な考えは出来ない。
後になって後悔する。
後になって後悔するのは構わないが--
「お……おい、やめろ!そんな寄って集ってなにしてるんだ!」
お。ジャパニーズ正義マンご登場、か。
英雄になりたい筆頭。
そのわりに、俺が虐められていた時は見て見ぬふりをした男が、今更英雄気取りか?
「今になって、なに言ってるんだ……お前。」
注目が俺ではなく、正義マンに向く。
「てめえも調子乗ってんじゃねえ!だいたいお前もムカつくんだよ!真面目ぶりやがって!カッコつけやがって!」
集団で一人を囲み、恫喝する。
もうい成人しているヤツが、ガキのような理由だ。筋も理論も通ってない。
「どういう過程があれ、この男は遅かれ早かれ決意したんだろう。それは……」
彼にとってこのゴミたちが友人なのか、あるいはなんでもないのかはどうでもいい。
だが、間違いを否定する勇気は……ましてやその相手が自分の味方だったら……その勇気は自分で気づけないだけで--
「いい勇気だ。」
Good, very good.
まさに今、彼は俺にとっての小さな英雄になろうとしているが……
「!」
拳が顔に振るわれた、正義マンが思わずよろめく。
「ぐっ……」
それを見たアキオミの顔に、青筋が静かに立った。
そして、先程以上に振り上げられた拳が振り下ろされようとしている。
アキオミはもう動いていた。
「おい。」
流石に
それ以上はやらせない。
振り上げていた分、十分近寄り背後に立つ時間はあった。
「いい加減にな。」
アキオミは背後から振り下ろされかけた拳を掴み、上げた。
掴む力
「ぐおっ、おお!」
しまった。
それ以上力を入れると、
「く、てめえ……!」
怪我をさせてしまう。
出発前に怪我させる訳には、いかない。
「目的、俺じゃないっけか。」
俺は正義マンのその勇気に、報いるべきだ。
背後から気配--
すぐにかわして、足を引っ掛け転ばせる。
「オイオイ、まだ俺弱いって思われてる?」
こんなこと言ってて負けたらカッコ悪いけど……負ける気はないし、負ける可能性もない。
もう負けない。
---
「アンディ。」
「よう、終わったか。ダニー。」
ダニエル・ゴンザレス
The Earth Pride No.349 乗員
メキシコ系アメリカンのダニエルがアンドリューに近づいた。
「面白い話だな。」
「あ?」
「スラムの頃から……何年経ったか。」
「フン……」
「長い付き合いになったもんだ。」
そう言いながら、ダニエルはポケットに手を突っ込もうとしたが無いことに気づいてため息を吐いた。
「タバコねえんだったな。」
「禁煙どうした。」
「癖だよ。タバコやめても、タバコ取り出そうとする癖が出るんだよ。」
荷物を運び終え、その場から去ろうとすると、最後の荷物を抱えたピーターが到着した。
「これで宇宙服全部だな。すまんな、お前ら。」
「いいってことよ。」
「ピーター、なんかねえのか。ご褒美とかよ。」
「ない、行く直前だよ。タバコはダメだって。」
「だから禁煙はしたって!」
「ったく。なんでボクサーが引退した後に、タバコ吸ったんだか。」
「うるせえ!俺の勝手だ。」
アンドリューとダニエルがギャーギャー会話する中、ピーターはハーパーに視線を移した。
「ハーパー、あとは頼んだよ。」
「って言っても、やることなんてほとんどないようなものですけどね。数数えるだけでしょ。」
そう言うと、ハーパーはアンドリューたちが運んだ荷物を確認し始めた。
「じゃあ、お疲れ。本当に助かった。戻っていい--」
「おい。アンディ、ピーター……あれ。」
ダニエルが指さした視線の先には、ここまで人がいる中にも関わらず、その視線すらかいくぐった死角であった。
そこにいたのは、日本人たちの集まり。
荒れた声が聞こえる。
アンドリューは周囲を見渡し、先程の場所に友がいないことを確認した。
「……ちょっと行ってくる。」
--
ふーっ……なかなかにカッコイイんじゃないか?……なんて。
複数人からの攻撃を躱し続ける。
左右前後ろ、どこから来ようと全てを避ける。
蝶のように、躱し続ける。
「お、お前……」
まあ、
「それを見てくれるレディー……なんていないか。」
冗談を言える余裕はある。
それほどまでに、手に取りやすい相手たちだった。
驚く程に攻撃の軌道がわかる。
こうなる度に思う。
やってきたことは、無駄じゃなかったと。
「て、めえ……!」
「殴ってないだけ、ありがたく思ってくれよ。」
ナメられてる、そう感じた彼はアキオミの顔に唾を吐きかけた。
(目くらましのつもりか!?)
そして何かが来る気配を察知する。
敵意あるの気配を。
そして身体が反応した。
完璧な反射によるカウンター……
それが腹に入った。
「しまっ……!」
気づいた時には遅く、力を抜いてもその場にドサリと倒れてしまった。
袖で目にかかった唾を拭い、見下ろすとそこには先程まで自分と正義マンを恫喝していた男が地に伏していた。
「お、お……ぃ!誰……か、助けて、くれ……!こいつ、が、急、に……殴……て!」
「!」
コイツ……!
てめえのこと棚に上げて……!
ここで注目浴びたら、火星行くどころか色々と問題が--
「へえー、何かあったのか?」
聞こえてきたのは、見知った声。
肩を組んできたヤツの顔を見ても、やっぱり知った顔。
「あ、アンドリュー……」
「俺からしてみれば、お前がなんかやって殴られたようにしか見えねえが……相変わらず陰湿だな、お前ら。」
「おー、また虐められてたかアキオミ。」
「ダニー、なんで。」
ボクシングを俺に教えてくれた、ダニーことダニエルが欠伸をしながら近づいてきた。
「おかしな図だな。日本人じゃない俺らがアキオミを庇ってるなんてな。」
「お前たち、いい加減に止めなさい!」
追ってきたのか、ピーターが声を荒らげてやってきた。
「お前らに何が分かる!」
その言葉を聞いたアンドリューが思わずと言った様子で、掴みかかった。
「How should I know(分かるわけがねえ)?自分たちに上がいたらそれを高めあおうと、乗り越えようなんて考えをしねえで、上を蹴落とそうとすることしか考えねえお前らにはなあ!」
「いい加減にしないか。」
静かだが怒気のこもった声を聞いた彼ら全員が振り返った。
「キャ、キャプテン……」
そこに居たのは、我らがキャプテン・カーター。
「出発前だぞ。騒ぎを起こすな。」
「はっ、はぃいいい!」
その一言で、アキオミに
それを見たピーターははぁ、とため息を吐いていた。
「威厳ないのかなあ……副隊長なんだけど。」
「そうでもねえぜ。真面目たちには……結構指示されてる。」
流石に気の毒に思ったのか、ダニエルが慰めている。
「全く悩みの種だ。仲は最悪のようだな。」
「働くことに仲は必要ないと勘違いしているなら、せめて当たり障りない関係を築いて欲しいものですね。」
やれやれといった様子カーターがピーターと話す。
やがて恫喝を受けて殴られた青年が立ち上がった。
そして、アキオミを見るなり頭を下げた。
「……すまなかった。」
肝心のアキオミはピッピっと手で邪魔を払うような仕草をして、目を逸らしていた。
「これで、てめえもこっち側ってわけだ。」
「なにいってんだお前は。」
アンドリューが腕を組んでドヤ顔をするのに、アキオミはツッコんだ。
「ピーター、司令室へ。準備だ。」
「はい。」
ピーターがカーターの背について行こうとすると、一旦足を止めて正義マンの方を向いた。
「君、タカノリといったか。私と一緒に行動したまえ。君が優秀なのは知っている。出来るだけ、彼らとは離れて行動した方がいいだろう。」
「は、はい!」
それを見ていたアンドリューが、ウンウンと頷いている。
「さっすがピーター、融通きくねえ。」
「まるで私が融通聞かないみたいだな、アンディ。」
「い、いや旦那……勘弁してくれ。」
「ここでは隊長だろう。」
「くふっ……!」
耐えていたのを吹き出してしまったアキオミ。
すっかり
「本当に、すまなかった。今まで……」
「さんきゅー、庇ってくれて。」
目を合わせず、手でヒラヒラとカッコつけたサヨナラのような仕草をして、目を逸らしていた。
ピーターがタカノリと呼ばれた青年の肩を叩くと、彼はピーターに連れられて宇宙船に向かった。
「相変わらず礼言うの下手くそだなお前。」
「でも俺は知ってるぞ〜、俺がボクシング教えた時やメイソンが武道教えたりした時はしっかり礼言ってるの知ってんぞ〜。」
「ほおん、そりゃあ初耳だ。俺ちゃんと礼いわれたっけなあ〜……?」
「うるせえな、余計なこと言わくていい……!」
ニヤニヤした2人を鬱陶しそうに、かつ恥ずかしさを隠すように叫ぶアキオミ。
「おい嫌われ者共、お前ら先に乗れ。また騒ぎを起こしては堪らん。」
カーターがそう言うと、背を向けて歩き出す。
その後ろをピーターとタカノリが着いていき、さらにダニエルがそれを追う。
そして、その後をアキオミが着いて行こうとした時であった。
「なあ、Aki。」
アンドリューが、アキオミを呼び止めた。
「どうした〜?センチメンタルにでもなったのか?」
「そんなんじゃねえ!」
さっきのお返しとばかりに、露骨にニヤニヤとした笑みを浮かべる。
それに対して、そんなつもりは全くなかったにも関わらず羞恥が込み上げてきてしまったアンドリュー。
「お前が言う通り、俺たちは使い潰されるのかもしれねえ。俺たちが向かおうとしてるのは、地獄かもしれねえ。それでも、それでもだ。なんつーか、なんかいけそうな気がすんだよ。根拠ねえけどな……だからよ、Aki--」
「生きるぞ。」
「……ああ。」
声は大きくないが、噛み締めるように意思の強い言葉。
アキオミは顔を見ずとも、彼がどういう気持ちで言ったかは察せた。
そしてアンドリューもまた、彼の一言にどんな思いが籠っているかを理解していた。
だからこそ、2人は自然と拳を合わせたのだ。
形容し難いが、確かにある絆の表れだった。
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