お望みとあらば

きと

お望みとあらば

 とある異国のとある貴族の館。

 そこには、代々伝わる呪われたハンドベルがあった。

 いつ誰が館に残したか分からないそのハンドベルを鳴らすと、不死不老の人ならざる者が現れる。


 ある夏の日のこと。私は、チリンチリンとベルを鳴らした。

「お呼びですか?」

「うわっ!? おじさん誰?」

「私は、アレンと申します。そのハンドベルにひそむ、不死で不老の人ではない執事しつじです」

「執事さんなの?」

左様さようでございます」

「私は、ローラ。ねぇ、アレン、私の専属執事になってよ! 館のメイドさんもたまに遊びに来る他の貴族の子供も、みんな私に愛想笑いでつまらないの。だから、私に怖気づかない専属の執事が欲しいの。いいでしょ?」

「もちろん。それでは、改めて自己紹介を。私の名はアレン。不思議なハンドベルに潜む不死で不老の人ではない執事でございます。主人のお望みとあらば、どんな願いも叶えましょう」

「いい心掛けね、めてつかわす!」


 ある秋の日のこと。私は、成人になった。

「お誕生日おめでとうございます、お嬢様じょうさま

「ありがとう、アレン。でも、貴方あなたにはまだまだ働いてもらうわよ。私が家を引き継いだわけでもないもの。この一族をさらに大きくしていくために、私も精進していくから貴方も今まで以上に仕事に励みなさい」

「もちろんでございます」

「それじゃあ、私は誕生日パーティーに行ってくるわ」

「行ってらっしゃいませ。パーティーの後には、言いつけ通り極上のワインをご用意しておきます」

「……あら? 私、そんな命令していたかしら?」

「覚えていないようですね。お嬢様が16歳の頃です。『私が成人した時には、最高級のワインを用意しておきなさい』と申されたのです。ですので、この国の北部で作られているぜいを極めた逸品いっぴんを用意いたしました」

「ああ、そういえばそんなこと言ったわね……。ふふ、流石ね、アレン。褒めてつかわす!」


 ある冬の日のこと。私は、結婚した。

「ご結婚おめでとうございます、お嬢様」

「ありがとう、アレン。そこで貴方にお願いがあるのだけれど」

「いかがなさいましたか?」

「……料理を教えてほしいの」

「お食事でしたら、私がご用意させていただきますが?」

「馬鹿ね、夫には愛情を込めた手料理を食べてもらいたいじゃない。うーんそうね、あの人はお肉が好きだからとびっきり美味しい肉料理を教えなさい。これで、あの人の胃袋をわしづかみよ!」

「……もう結婚しているのですから、必要ないのではありませんか?」

「何言ってんのよ。さらに愛情を深めて、いずれ生まれてくる子供たちのために、いい関係を保っておきたいじゃない。いい夫婦のもとでは、いい子供が育つのよ!」

「なるほど、流石です、お嬢様。それでは、私もよりよい夫婦関係を作れるよう料理以外でもお手伝いいたします。何なりとお申し付けください。」

「あら、そういうことなら私も全力で行くわ。ふふ、褒めてつかわす!」


 ある春の日のこと。私は、一族の当主になった。

「この度はおめでとうございます、お嬢様」

「ありがとう、アレン。でもプレッシャーもあるわね……」

「珍しいですね。お嬢様がその様なことをおっしゃるとは」

「……私は、いつだって偉大いだいな父と母の背中を見て育ったわ。だからこそ、不安なのよ。私にあのような振る舞いができるのか。一族の名に泥をらないのか……と思ってしまう」

「お嬢様。お嬢様らしくあれば良いと私は思います」

「アレン……?」

「確かにお嬢様には、一族を守りさらに大きくしていく使命があります。ですが、全てを先代様に真似る必要はございません。お嬢様には、お嬢様にあったやり方というものがあります。それを見つけ、貫いていけば必ずや上手くいくでしょう。……もちろん、こだわり過ぎずに変化していくことも重要ですが」

「なるほどね、私らしくか……。いいわね、私は私を貫いて、かつて私が見ていたような偉大な背中を子供たちに見せていくわ! ついてきなさい、アレン!」

「もちろんでございます」

「ふふ、いい心掛けね。褒めてつかわす!」


 ある夏の日のこと。私は………………。

「アレン……、居るかしら?」

「はい、お嬢様。ここに」

「貴方には、随分ずいぶんと迷惑をかけてわね……」

「とんでもございません。お嬢様の望みならば何でも叶えるのが私の使命でございます」

「ふふ、そうだったわね。……それにしても、もうこんなに歳を取ったのに、まだお嬢様と呼ぶのね」

「不死で不老の私からすれば、どんな人間でも若く見えるものですよ」

「……ねぇ、アレン。今までありがとうね」

「………………お嬢、様」

「貴方を専属執事にした時。私は、初めて自分のものができたって嬉しかった。それまでは、遊び道具も使用人も目に入る物全てが一族のもので……、正直辛かった。もちろん、両親のことは尊敬しているし、一族に生まれたことは後悔してないわ。でも、子供の頃はそうじゃなかった。みんな私に愛想笑いで、さびしくて……、なんで貴族に生まれたんだろうって少しだけ思ってた。そんな時に、貴方に出会った。貴方が私の寂しさを壊してくれた。貴方は、当然のことをしただけかもしれないけど、ありがとうを言いたいの。貴方のおかげで、こんなに多くの大切なものを手に入れることができたですもの」

「ありがとう、ございます。私もお嬢様と過ごした日々は、かけがえのないものでした。お嬢様が、私の中にあった使命だけで動く私を壊してくれたのです。私からも言わせてください。私の主人になっていただき、ありがとうございました」

「……どういたしまして。ねぇ、アレン。お願いがあるの」

「何でしょう?」

「もし、私と同じ様にあのハンドベルを鳴らす子がいたら、そばにいてあげて。きっとその子も、そばにいて欲しい誰かを探しているはずだから……」

「かしこまりました。必ず」

「……アレン、最期のお願いよ。館のみんなを呼んできて。もう……」

「……かしこまりました」

「……ふふ、褒めてつかわす」


 ある夏の日のこと。あたしは、チリンチリンとベルを鳴らした。

「お呼びですか?」

「うわっ!? おじさん誰?」

「私は、アレンと申します。そのハンドベルに潜む、不死で不老の人ではない執事です」

「執事さんなの?」

「左様でございます」

「ふーん、あたしはね、ローズ! ねぇ、アレン。私の専属執事になってよ! 館の人たちもたまに遊びに来る他の貴族の子供もみんなあたしに作り笑いなの。なんだか、それが寂しくて……。だから、あたしだけのあたしに作り笑いなんてしない人がいたら嬉しいの! だから、あたしだけの執事になぅって欲しいの。いいでしょ!? ……なんでちょっと笑ってるの?」

「いえ、嬉しかったものですから。専属執事のお話は、もちろん喜んで受けさせていただきます。それでは、改めて自己紹介を。私の名はアレン。不思議なハンドベルに潜む不死で不老の人ではない執事でございます。主人のお望みとあらば、いつか来る別れの時まで必ずそばにいましょう」

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