学年一の美少女である桜木さんに僕は敵わない

砂月

第1話 桜木薫は美少女である

 誰もいない静かな教室。

 心地良い風が頬を撫で、ほんわかとあたたかな日差しが差し込む。


 やはり朝の学校は読書をするのに持って来いだ。

 さて、今月は読みたいラノベがたくさんあるからな。早く読み切ってしまわないと。


 うわぁ、なるほど。今回はそういう展開か……。 まさか……最初に出会った幼女が黒幕だったなんて……。

 黙々とページを捲り、物語が丁度最終章へ入った頃だろうか。


 ドンッっとドアが開く音がし、思わず振り向く。


「セ―――――――――フ!!!!! ……ってあれ? 綾瀬あやせ君一人?」


 大きな声を出して、一人の少女が教室へ入って来た。


 黒の艶やかなショートボブに、ぱっちりと大きな瞳に整った顔立ち。学校指定の制服の上には白色のカーディガンを羽織っているその少女は、俺の隣の席にカバンを置いた後、困惑した表情のまま話しかけてきた。


「ええと……おはよう?」

「お、おはよう」


 誰もが認める美少女、桜木薫さくらぎかおる


 性格は明るく社交的。学力も学年トップ。クラスのみんなや先生からの信頼も厚く、その期待にも難なく応えてしまう。僕とは真反対の存在だ。


 普通なら僕との接点なんて、地球に人類滅亡レベルの隕石が落ちるくらいありえないのだが……。


 なぜか最近、僕はよく彼女に絡まれている。いや、からかわれていると言った方が良いのかもしれない。はたまた、暇つぶしに遊ばれている……? いや、それはちょっと違う意味でとらえられてしまうな。


 それにしても、どうしてこんな早い時間に学校に来たのだろうか……。

 

 気になるけれど、別に聞くまでもないか……?「なんで君にそんなこと言わないといけないのかなー?」とか思われてたら嫌だし……。


 桜木さんがキョロキョロと周りを見渡しているのを横目に、また読書に戻ろうとすると、ポンポンと僕の肩を叩かれた。たったそれだけのことなのに女子と話慣れていない僕はあたふたしてしまう。


「綾瀬君驚きすぎだよー」

「……あ、えと、その、ごめんなさい」

「いや、別に謝らなくても。ほんと綾瀬君は見ていて飽きないなー」


 けらけらと笑う桜木さん。完全に今のは女子と喋り慣れていない僕が悪い。


「その……慣れてなくて……緊張しちゃって」

「ふ、ふーん。それって私と……話す時はってこと?」


 髪を耳にかけながら、ぐっと距離を縮める桜木さん。瞬間、ふわりと甘い匂いが鼻をくすぐる。

 っていうかこの距離感何!? みんなこのくらい普通なのか?


「え、えーと……ま、まぁ。女の子と話すときは」

「なーんだ」


 僕の言葉を聞くと、どこかふてくされた様子でぷいっとその場を離れる。


 やってしまった。多分、あれだ。今の回答は桜木さん的には不正解なのだろう。これはまた寝る時なんかに思い出して、一人反省会をしてしまうパターンだ。


 すると、自分の席に座っていた桜木さんが「あっ」と声を上げる。


「それよりさっ! 綾瀬君……もしかしてなんだけど……今って時間……」

「七時半……だね」


 時計を見ると短い針はまだ八の字を越していない。外からは野球部の朝練が始まったのかバットのカキンという音が耳に入って来た。


「うわぁ! だよねだよね! 校内ぜんっぜん人いなかったもん! なんだぁー、せっかく朝ごはんも抜いて来たのに……。寝ぼけてたから気づかなかった……」


 どうやら話を聞くと、時間を一時間勘違いしたらしい。うーっと涙目になりながら机をポンポン叩く桜木さん。だが、手をカーディガンで覆っている辺り、性格が出てるなと思った。


 それにしても、何でも完璧にこなしているような桜木さんでも間違うことはあるんだな。まぁ、そりゃ人間誰でも間違いはあるけれど。

 

「その……学校に来るときに気付かなかったの? ほらテレビとか」

「最近は暗いニュースが多いから朝は見ない派ー。それにバタバタしてて、テレビつける暇もないよ。はぁ、お腹減ったな……」


 力なく机にうつ伏せをしている様子からかなり飛ばしてきたのだろう。一時間目が始まる前からこれでは昼まではとてももたなそうだ。


 さすがにこうして困っていると放ってはおけない。

 本に栞を挟み、カバンの中を探る。


「桜木さん、さっき近くのコンビニでパン買ってたから……その……食べる?」

「ほんと!?」


 机から即座に顔を上げ、瞳をキラキラさせている桜木さん。

 何だかあまりの反応に思わず笑ってしまう。


「ありがとう! 綾瀬君! この御恩は一生忘れませぬー」


 なぜか武士みたいな言葉で話してくる桜木さん。

 カバンから取り出したジャムパンを渡し、さっき栞を挟んだページを探しているとまた肩をトントンと叩かれる。


「綾瀬君は食べないの?」

「え? まぁ、僕は……」

「えー、せっかくだから一緒に食べようよ! ちょっと待っててね……ってあれれ」


 そう言ってジャムパンを二つに割ろうとするが、上手く割れずアンバランスにパンは分裂した。


 一、二秒静かな空気が流れた。きっとこの間に桜木さんの中ではどちらを渡すかの葛藤が行われていたのだろうと思う。


「大きい方を桜木さん食べてよ。僕、朝ごはんは食べてるから」

「え? ほんとに? いいの? ありがとう綾瀬君。次は上手く割れるように練習しておくね」

「練習って……何を?」

「さぁ?」

 

 意外と桜木さんは大雑把な性格なのかもしれない。桜木さんの意外な一面を垣間見た気がした。


 渡されたパンを一口かじると、イチゴジャムの甘みが口に広がりとても美味しい。試しに買ってみたが、これはリピート確定だ。


「美味しいねこのジャムパン。ほんと私、このままだったら餓死するところだったよ……」


 美味しそうに食べている桜木さんを見て、僕もホッとする。


「それにしても、綾瀬君は朝早いね。いつもこの時間にいるの?」

「ま……まぁね。父さんと母さんが仕事であまり家に居なくてさ。その……おばあちゃん子なんだ。それでかもしれない」

「そうなんだー。……あっ」


 いきなり桜木さんはじっと僕の顔を見つめる。


「ちょっと……じっとしててね」


 すると、そっと手のひらで僕の頬に触れる。温かく柔らかい感触が伝わった。


 言われた通りにじっとしていると、桜木さんと目が合ってしまい、気恥ずかしい。

 

 ……ていうか何々何々!? 何かが始まるの!? え!? そんないきなり!  そう言うのはステップを踏んで行うものじゃ……。


 そう思ってるうちにもどんどん桜木さんは近づいてくる。

 ええい! もうどうにでもなれ! 僕が覚悟を決めた時、さっきとは逆の頬に何かが触れた。


「よし、ジャム取れたよ」


 ぱっと離れる桜木さんの右手には、さっき僕の頬を拭いたであろうティッシュが握られていた。


 もう完全に思考がフリーズしていた。何考えてるんだ僕は。あまりにも浅はかすぎるだろ。


 ようやく脳みそが状況を理解し、何か言おうとした時、


「薫ーおはよー今日は早いねー」

「あ、れんちゃんおはよー。ちょっと時間間違えちゃってさ」


 教室に茶髪のセミロングがよく似合う少女が入って来た。

 月下蓮つきしたれん。桜木さんのいつメンだ。


「薫、悪いんだけど数学の課題見せてくれない? 昨日ドラマ見てたら寝落ちしちゃってさー」

「えーまたー? もうーしょーがないなー。今回だけだよ?」


 ため息を吐きながらも、カバンの中から数学のノートを取り出し、

 

「じゃ、また後でね。綾瀬君っ」


 そう言って桜木さんは月下さんの元へパタパタと走って行った。

 ……ぺちん。

 戒めるように僕は軽く頬を叩いた。

 

☆☆☆


 作者の砂月です! 

 というわけで新シリーズです! 頑張りますので応援よろしくお願いします!

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