宇宙儀を覗く
かたなり
これは始まりで、そして顛末ってわけさ
「この手のひらの上に、ブラックホールがあるんだ」
博士がわけのわからないことを言ったのは薄暗いラボ、つまりこいつの研究室兼、生存スペースでのことだった。実際スペースなんて猫の額どころか壊れかけのiPhoneの電池ほども無いんだけどな!まあ生きてるんだからしょうがない。とにかくそんなことを急に言われても俺としては返答に困るわけだ。
「そうか、じゃあな。」
「帰らないで!?」
くるりと背を向けた俺に泣きそうな声で博士は叫ぶ。
「元からおかしかったけど、ますます磨いちゃいけない部分に磨きがかかってきたみたいだな。病院の連絡先は後で送るから、ゆっくり休んでくれ。」
「いや、あるんだよブラックホールが!この手に!正確にはあっちの装置の中だけど!」
「倒置法にしたら僕の心が動くと思ったか?馬鹿め!」
「馬鹿めってなに?仮にも世界最高峰の知性たる僕に馬鹿めってなに?」
「お前の大発見はいつだってお前が馬鹿であることを再発見するだけの道のりだろうが。」
「否定できないゆえに憎いよ強烈に僕は、いま猛烈に君が。」
「その顔で韻を踏むの腹立つからやめてくれない?物理的に踏んでやろうか?」
「顔は関係ないじゃん?いくら友達ったってなんでそんなぽんぽん悪口が出てくるのさ?くっ……いいから見てくれって!信じられないならこっちの装置を見て。」
どうやらハッタリのフラッシュモブとかじゃないみたいだ。必死な顔にようやく俺も真顔になる。
机の横の横幅3メートルくらいの空間に、模型ケースのようなものがあった。大型のビリヤード台みたいな机はガラス張りで、中には手を触れられないようになっている。
真ん中に大きな球体が浮かんでいて、周りをビー玉より一回り小さいくらいのサイズの球体が、くるくると回っていた。
どこかで見覚えのある形。
「これは……太陽か?」
「そう、天体系の再現模型だ。そしてこの……えーっと`3つ目かな、筒を覗いてみてよ。その横のもなかなか面白いと思うよ。」
言われると確かに壁に変な筒がたくさんついている。覗いてみると、モニターのような画面に山が写っていた。横にはなにか、二足歩行する物体がたくさん動き回っているような姿が写っているけれど、画像が荒くていまいち識別はできなかった。
「なんだこれ?」
「さっき見ただろう?天体の上空写真だよ」
「ん?」
理解がまだ追いつかない。
「各天体に同速度で飛翔する小型のドローンカメラを付随させているんだ。流石に小さいからまだ改良の余地はあるけどね」
「え?ってことは、さっきのモニターの映像は……」
「正真正銘、今そこにある天体で、リアルタイムに起こっている現象だ」
「つまり、重力をある程度恣意的に発生させられるとこうやって太陽系のシミュレーションが作れるってわけ。」
「作れるってわけ……って言われてもさあ。」
ことを整理するとだ。
もともとこいつは理論系の宇宙物理なんて一切金にならない研究をやっていたわけだが、このたびどうしてか重力調整装置を大発明。好奇心のままに箱庭宇宙をつくってそれを見守って遊んでいたというわけだ。
「でもこんなちっちゃい小学生の自由研究みたいなもんで、どうやって重力をコントロールしてるんだよ」
「そこはほら、企業秘密というやつで……」
「あ?」
「い、いや、あのですね……。」
「ああん!?」
「……い…」
「聞こえないなあ?」
「わかんない!」
「そうかよ……って、はあ!?」
「はっきり言って、よくわからないんだけど、でもできたんだよ。結果はご覧の通り。」
「そんなことがあるかよ……まああるんだから仕方ないのか。だいたいのことってよくわかんない理由で起こるしな……。」
「君って意外とそういうところ柔軟だよね。」
「誰のせいだと思ってるんだ。」
「褒めてるんだよ!」
とにかく、と博士は言った。
「今回はせっかくだし君も一緒に見てほしいんだ。」
「今回は?」
「うん、これもう1500回目の宇宙だからね。」
何とも衝撃的な発言を、博士はさらりと言いのけた。
スケールが小さいぶん、時間の持つ意味合いが全く異なるのだと博士は話した。この箱庭では大きく分けて擬似的な恒星と惑星4つが存在している。そのうち公転軌道の内から3つ目の惑星は1年がおよそ0.5秒で終わる。
「でもスケール縮小やスロー再生もできるようにしたからね。」
「スロー再生て。」
テレビのリモコンじゃねえんだからよ。
スケール縮小とは当然早送りモードのことだ。
1274回目の宇宙でようやく生命が誕生したらしい。軌道の距離が1mmでも違ったら、全然違っちゃうんだよ、とニコニコしながら博士はいうが、それってすごいことなんじゃないだろうか。
箱庭内部に手を伸ばしてどうこうといった操作はできない。ガラスのように見える外壁が環境を次元ごと遮断している?んだとかなんとか。生身で落ちたら真空だから窒息死するし、恒星に引き寄せられて一瞬で焼死するからね、とは博士の言葉だ。
どうやら、今回の宇宙では今朝、知的生命体が生まれたらしい。望遠鏡越しに見る地球はきれいか?って聞いたら満面の笑みでうん!と答えやがった。そりゃあよかった。
スロー再生とやらで各所のモニターを見ると、確かに面白かった。
どこかで見たような、見たことのない大陸があり、小さな誰かが暮らしている。そういえば昔、アリの巣の観察キットみたいなのを眺めては楽しんでいたのを思い出した。
スローと言ったって、ものすごい速さで文明が進んでいく。先ほどまで槍を投げていた"彼ら"は、もう投石機で城壁を壊し始めている。明日にはロケットを打ち上げているのだろうか?おっ、こっちではファッションショーか?踊っているし何かのお祭りかもしれない。さすがに地表の様子は画質が悪いから細かい様子は見えないが、十二分に観察しがいがある。
いっちょ前にせかせか働きまわりやがって。おもわずふふっ、と口が緩んだ。
──いっちょ前に?
ふいに、頭が冷えた。いま俺は何を思った?これは、俺たちと同じ、知的生命体なんじゃないのか?
画面の先の生物と、目が合った気がした。
”いや、彼らから見て、俺はなんだ?”
宇宙をシミュレートするということは当たり前に、生命をシミュレートするということにつながる。
指先ほどの大きさもない星の中、そこに住んでいる生命体たちの進化と滅亡を何百回も見てきたということだ。それを苦も無く繰り返してきた博士の倫理観がまともなわけがない。
「どう?おもしろいでしょ」
ちょうどその時声がかかった。
「それでね、」
博士の。
「今回はね、彼らの星に隕石をぶつけてみようと思うんだ。」
倫理観がまともなわけない。
「大実験!のノリでやっていいのか?それ。」
とはいえ、俺も混乱している最中だった。なにか、とんでもないことをしているという気はしていたけれど、それが何を意味しているのか、いまいち実感として伴っていなかったのだ、当たり前だ。ついさっきまでこんなかび臭い部屋の片隅に宇宙が作られては壊されてるなんて知りもしなかったんだぞ。
「いやいや、別にむやみやたらに環境破壊をしたことなんてないさ。というか僕が作ったんだから、これは僕のものだろう?」
それは、どうなんだろう?言い分はわかる。だが実際に星系を覗いてみれば、こんな小さな宇宙でも、彼らは立派に生きているんだぞと言いたくもなる。
「それこそ君の自己満足じゃないか?」
「う……。ちなみに……、俺たちが何かしたら彼らにはどう見えるんだ?」
「あまりにも巨大すぎて物理的な観測は彼らにとって不可能だと推測している。それに、この箱庭から彼らが出ることはできないよ。さっきも言ったけど、僕は正直自分でも、どうしてこの状態がキープされているのかわかっていないんだ。」
「おいおい…。」
「別に僕もむやみに介入したことは無いよ?最初のころに惑星内の大気をちょろっといじくったら神風みたいになっちゃったり、多少手元が狂って山の一つや二つ壊しちゃったことはあるけどさ。スケール感を考えたら許してほしいね。」
「おまえなあ……。」
「なに、君が手を下すわけじゃない、僕が実験で勝手にやることなんだから、罪悪感を感じることは無いよ。ほらこのボタン一つだ。」
結局、最後まで、俺は腹を決めることができなかった。彼らとは実際に喋ったこともないし、このサイズじゃあ一緒にサッカーやろうぜ!ってわけにもいかないし。
しかし、博士がボタンを押すことは無かった。
ドガシャアッと大きな音がした。
「なん…」
振り返ると部屋の壁が急に崩れるところだった。そして、次の瞬間博士は空中に放り出されて急速に遠ざかり、跡形もなく消えてしまったのだ。
呆気にとられている場合ではなく、俺は逃げ出した。その後すぐに警察に事情聴取されるわけだけど、それはまた別の話になる。俺は善良な市民であり、当然人を空中に消し飛ばす能力など持ってはいない。
ただ、そのときにはもう、俺は博士がいなくなった理由を確信していた。
何かって?じゃあ俺が見たものを教えてやるよ。正確には、なにかが博士の身体を左右から押さえつけて、つかみ取っていったんだ。まるで、超大型のピンセットのように。はるかに卓越した何かが、正確に博士を狙ってやってきたと、考える以外ない。ここまで言えばわかるだろ。
急に人類に重力操作なんてできるわけない。きっと誰かが神風を”起こしちゃった”んだ。
そうだ、俺たちが部屋の中に宇宙を観察していたように。
──この宇宙を観察してるやつがいたって、不思議じゃないからな。
宇宙儀を覗く かたなり @katanaru
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