蜘蛛の蠱惑

第6話 蠱惑

　瑞葉が散歩に出かけると、知香は蜘蛛の死骸をバスタオルからつまみあげた。親指と人差し指の先で挟み、力を込める。プチッ、音を立てて蜘蛛は破裂し、赤い体液が飛び散った。

　知香はしばらくの間、蜘蛛の残骸と指先に飛び散った体液を値踏みするように見下ろしていたが、ティシュで指先を拭き取り、蜘蛛の残骸を包んでゴミ箱に捨てた。

　そして、バスタオルを洗濯機にいれ、ティーポットをミニキッチンにもどしてから、ベランダに出て瑞葉の姿をさがした。

　瑞葉が公園をゆっくり歩いているのを見つける。その距離からではこちらの表情まではわからないと判断して、知香は口を小さく開けて、舌の先をのぞかせた。舌の先端に赤いピアスがあった。蜘蛛のピアスだ。それは脚を広げごそごそと動き出す。ジュエリーではない。生きた蜘蛛だった。

「素晴らしいわ、瑞葉。あなたの言ったことはほとんど当たっている。けどね、エステサロンであなたに植え付けてあげたのは一匹だけじゃなかったの。もう一匹はまだあなたの中にいるのよ」

　知香は蜘蛛を傷つけないようゆっくりと舌を口に戻した。

「蜘蛛がわたしたちを支配するんじゃない。支配しているのはわたしたち宿主。代償として、蜘蛛なしでは生きていけない代謝系（からだ）になったけど、蜘蛛が与えてくれる至福を考えれば、そんなことは何でもないわ……。もうすぐよ。あと少しであなたも蜘蛛の至福を分かち合える身体になる。きっとあなたにも気にいってもらえる。ああ、待ち遠しい……」

　知香は公園を歩く瑞葉の姿を眺めながら、嫣然と微笑んだ。

　　　　　　　　　　　　　ＥＮＤ