大怪獣はプロポーズの味がして

佐倉島こみかん

大怪獣はプロポーズの味がして

 スポーツの秋、読書の秋、食欲の秋と世の中は言うけれど、私にとっては大怪獣の秋である。

「さあ、怪獣コーナー本日のタイムセールス、竜脚形りゅうきゃくけい怪獣大トロ刺身1パック498円、1パック498円でのご提供です! この時期旬の竜脚形怪獣、加熱用切り身は大特価100g68円、100g68円! 本日のご夕食にいかがですか!」

 威勢のいいアナウンスに、あ、たぶん刺身は午前中に解体ヤツだと思いながら切り身の方を手に取った。

 私が所属する果島海洋大学生物資源学部怪獣学科では、主に怪獣の食料資源としての活用の研究をしている。

 日本でも有数の大きさの怪獣漁港のすぐ傍にある我が校は、一から怪獣を解体できる貴重な大学である。

 怪獣の解体はその大きさや外皮の硬さから特別な解体機器を扱うため免許が必要で、我が校は怪獣解体免許を取るカリキュラムがある。

 私も1年の夏の集中講座で取得して、2年になった今は解体実習にもどんどん携わっているのだ。

 秋は怪獣の中でも特に大型の竜脚形怪獣が発生しやすい時期で、午前中に解体させてもらったやつは20メートル級だったので、ゼミ一同総出で解体したけど大分骨が折れた。

 部位ごとに切り分けた後、さらに食品用、研究用と仕分けて、研究用の方――今回は主に胃の内容物――を午後いっぱい使って調査してきて、食用の方と改めてご対面したわけである。

 薄桃色で綺麗に脂がサシに入った大トロも、マグロのものに比べたら大特価ではあるが、今日はお刺身の気分ではないので加熱用切り身の方を手に取る。

 大トロに比べてやや赤味の強い色味の切り身は背身せみだろう。

 淡白な味だけど程々に脂も乗っているので和食にも洋食にも使いやすい。

 この大きさと切り方ならフライかなあ、照り焼きでもいいな、と献立を考えながら買い物カゴに入れた。


 今でこそ日本において怪獣食は普通だが、怪獣と呼ばれる巨大生物が60年前に初めて発生した時は、世界中に激震が走った。

 初めて観測されたのは、カナダの国境近くのアラスカの森林地帯。

 約6600万年前に絶滅した恐竜の姿と似通った黒く硬い鱗を持つ巨大な生物は、体長15.8メートル、重さ40.2トンの巨体ながら時速80kmで森林地帯を南下し、アラスカ湾に2週間ほど潜水して姿を消した後、カナダのホワイトホースへ上陸。

 移動経路にあった街をその巨体で破壊しながら北西へ70km進んだ。

 事態を重く受け止めたカナダ軍の総攻撃により駆除に成功するも、被害は大きく、移動経路の建物はほぼ壊滅した有り様で、未知の巨大生物の発生は世界中に衝撃をもたらした。

 そして、その数週間後、世界中で同時多発的に海から同様の怪獣が上陸。

 基本的な形は恐竜のようなものが多いが、その種類は肉食恐竜のようなものから首長竜のようなものまで様々で、その巨体と凶暴性によって、上陸地は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

 各国はカナダの例を受け、軍事力を総動員して駆除に当たるも、数が多く被害は甚大。

 また、異常な繁殖速度と成長速度で個体数を増やし、世界はこの生物との戦いに追われる日々となった。

 初観測から一ヶ月が経ち、国によっては人口が2/3まで減った頃、硬い鱗に覆われたその生物は、喉の下のごく一部に鱗の薄い部分があって、そこが弱点であること、そこに当りさえすれば魚雷程度でも仕留めることが可能であること、必ず深海で成長してから陸に上がってくることが分かる。

 そこまで分かれば文字通り水際での対応策が取れ、怪獣は害獣へと変わった。

 基本的な大きさとしては体長15メートル前後で、大きいものでも30メートル。

 陸上で暴れるからから問題なのであって、大きさだけで言えばシロナガスクジラとさほど変わらない生物――つまり、海で仕留めれば良いのである。

 ちなみに、何故深海から発生するはずの怪獣の一体目がアラスカの森林地帯で観測されたのかは未だに謎に包まれて解明されていない。

 そして、海に囲まれているせいで怪獣被害の多い日本の研究により、この生物は身に毒などがなく、この大きさなのに臭みもなく、硬い鱗の下の肉は柔らかく、鯨よりもよほど淡白で食べやすい鶏肉と白身魚の間くらいの食感と味であり、食用として全く問題ないことが判明した。

 怪獣による各国の主要港の壊滅的ダメージで国外からの食糧輸入が激減していたことや、元来の食料自給率の低さ、怪獣の死骸の置き場所のなさ、そして美味しいものに目がないお国柄から、世界中に『本気で食うのか!?』と白い目で見られながらも、日本では『怪獣食』が始まったのである。

 そうして今では大学に学科が設置されるほど研究が進み、怪獣食もすっかりお馴染みになっている。

 如何せんこの怪獣ども、煮ても焼いても揚げても刺身でも美味しい、何よりデカくて可食部が大きいと来た。

 捕鯨の歴史をなぞるように、日本は自国の近海だけにとどまらず、世界中の海で怪獣を捕獲。

 その繁殖・成長速度を上回る勢いで食べ尽くし、各国の怪獣被害は激減した。

 今だに欧米では怪獣食に抵抗がある国が多く、そういった国と協定を結んで捕怪ほかいを請け負っている“怪獣退治国家”なのである。

 ――というのが1年時の基礎科目『怪獣食史』で習うざっくりした怪獣食の始まりの内容だ。

 後輩のテスト勉強を昼休みに見てやっていたので、習ったなあと懐かしく思い出していた。

 そうしながら、尾根身おねみのミンチも安かったので、300g入りのパックを手に取る。

 尻尾の付け根の部分は特に味がはっきりしていてジューシーなので濃い目の味付けも合うのだ。

 さらに牛豚合挽肉よりも安いので、財布の強い味方である。

 1/3は味噌仕立てのつみれ汁にして、残りは冷凍しといて今度ハンバーグにしよう……となると切り身は照り焼きだな、と今日の献立を決めて、他に必要な食料品も買って帰路についた。



 実家を離れて大学の近くにある祖母宅に住んでいる私は、脚の悪い祖母と交代で食事も作っている。今日は私が当番の日なのだ。

「ばあちゃん、ただいまあ」

「ああ、佳代ちゃん、おかえり」

 玄関で靴を脱ぎながら言えば、居間の方から祖母ののんびりした声が聞こえた。

「今日は、何を買ってきたんだい?」

 居間からひょっこり顔を出して、祖母は尋ねてくる。

「尾根身のミンチと背身の切り身が安かったから買ってきたよ。味噌仕立てのつみれ汁と照り焼きにするつもり」

「そりゃ美味しそうだ。佳代ちゃんは本当に怪獣が好きだねえ」

 祖母は目を細めて言った。

「うん、だって美味しいからね! じゃあ、すぐ支度するから」

「ああ、急がなくてもいいからね。すまないねえ、お勉強も忙しいのに」

「いいのいいの。好きでやってることだから」

 祖母に言いながら、一旦食材を冷蔵庫に突っ込んで、部屋着に着替えてきた。

 


 祖母お手製の臙脂に白のギンガムチェックの割烹着を着て、材料を準備する。

 尾根身のミンチは使う分だけボウル出して、あとはジッパー付きの袋に小分けにして冷凍庫に仕舞った。

 ご飯は祖母が炊いておいてくれているから、私はおかずを作るだけである。

 つみれ汁には尾根身のつみれの他に、白菜、人参、長ネギ、ゴボウを入れることにした。

 ゴボウは真っ先にささがきにしてから水にさらして、灰汁を取る。

 人参は厚めのいちょう切りに、白菜は一口大に、長ネギの白い所は1cm幅に斜めに切りにして、根菜から鍋に入れて煮始める。

 長ネギの青い所はみじん切りにして、尾根身のミンチのボウルへ入れた。

 野菜が切れたら、白ごまをたっぷり擦ってこれもミンチへ投入。

 塩少々と、つなぎの卵1個と片栗粉一匙、風味付けにチューブの生姜を3cmくらいと酒を適当に入れて、粘りが出るまでよくこねる。

 つみれのタネが出来たらちょっと冷蔵庫で休めておいて、沸いてきた鍋に白菜と長ネギも入れて中火にし、顆粒の鰹出汁を入れて蓋をする。

 野菜に火が通る間に、フライパンに少し油を引いて、背身の切り身には軽く小麦粉をはたいてから焼く。

 そこそこ脂がのっていてタレをはじきがちなので、こうしておくとタレがよく馴染むのだ。

 醤油と砂糖と味醂と酒、少し生姜も入れて混ぜておき、切り身の両面に火が通ってきたところで、フライパンに入れる。

 たちまちジュワーッと食欲をそそる音といい匂いがしてきた。

 身に絡めながら焼いて、タレにとろみがついていい具合に絡んだらフライパンに蓋をしておく。

 野菜も大分火が通ってきたので、休めておいたタネをスプーン2本で成型しながら鍋に入れて煮ていく。

 ちなみに、成型しながら鍋に入れるのがつみれ、丸めたり串に刺したりして成型が完了した状態で加熱するのがつくねらしい。

 魚と肉の違いではないと知った時はちょっと意外だった。

 というわけで、今回はつみれ汁である。

 つみれに火が通るのを待つ間に洗い物をして、火が通ったところで味噌を溶き入れる。

 うちは麦味噌なので甘めで塩分が少なくまろやかな味わいだ。

 これがまた、薬味をきかせたつみれによく合う。

 煮立たせない程度に味噌の味が馴染むよう少し煮れば、野菜たっぷりの竜脚形怪獣のつみれ汁と背身の照り焼きの出来上がりだ。

 ちょうど炊きあがったご飯もよそって、冷蔵庫の常備菜である祖母が作った蕪と胡瓜の浅漬けも添えて出せば怪獣定食と言った風情である。

「はい、ばあちゃん、お待たせ」

「あらあ、おいしそうだねえ」

 私が食卓に並べれば、祖母はニコニコして言った。

 祖母は76歳で、この年頃のお年寄りは怪獣発生初期を知っている世代だから、怪獣食に抵抗のある人も多いけど、祖母は気にせずよく食べる。

「うん、タレがよく絡んで美味しいねえ。それに旬だから背身も柔らかくて脂が乗ってて、美味しい。じいちゃんも背身は秋に限るって言ってたっけねえ」

 祖母は照り焼きを食べながら懐かしそうに目を細めた。

 テレビの横の棚の上に飾ってある大型捕怪船の模型を見遣る。

 私が6歳の時に亡くなった祖父は、国家捕怪師だった。

 今でこそ怪獣の捕獲は民営化されたけど、今から30年前まで捕怪事業は国営で、世界各国の怪獣を退治して回る『日本捕怪』という国営の会社に祖父は勤めていた。

 そんなわけで、怪獣食の初期からよく怪獣の貴重な部位の肉なんかをお土産に持って帰ってきたそうで、祖母は怪獣食に抵抗がないのだった。

 祖父は定年してすぐに病気で亡くなり、私も小さい頃のことだったので祖父のことをあまりよくは覚えていないが、日に焼けて体格のいい豪快な祖父は、よく嘘か本当かよく分からない世界中の怪獣の面白い話を聞かせてくれて、大好きだったことは覚えている。

 それがきっかけで私も怪獣の研究の道を選んだわけである。

「やっぱり秋は竜脚形怪獣が一番だよね。昔、じいちゃんからノルウェーで40メートルある竜脚形を仕留めたことがあるって聞いたけど、本当かな?」

 照り焼きを箸で切り分けつつ、祖母に尋ねた。

 噛みしめれば、柔らかい背身からじゅわりと、脂と旨みが溢れて、甘めで生姜の利いたタレと相まってご飯が進む味である。

 北の方が怪獣も大型化するとはいえ、大型の竜脚形でも40メートル級は極めて例が少ない。

「どうだかねえ。あの人、面白おかしく話を盛る人だったから。せいぜい30メートル級じゃないかねえ」

 祖母は苦笑して答える。

「あら、つみれ汁もいい香りで美味しいわねえ。胡麻と生姜? つみれの出汁が出ててお野菜も美味しい」

「そう、生姜と胡麻。尾根身のアミノ酸の配列的に、相性がいいんだよ。あと、葱とゴボウの香りもいい仕事してるね」

 尾根身は香りの強い食材との相性がいいのである。

 こっくりした味噌味にも負けない肉の滋味が野菜にも染み、野菜の甘味と合わさってホッとする味わいだ。

「へえ、そんなことも研究で分かってるのねえ」

「うん、うちのゼミはどっちかというと食品加工の研究が主だから。どういう食材と相性がいいかとかも研究してるの」

 私は興味深そうな祖母に説明した。

「そしたら、佳代ちゃんの研究で、もっと美味しい加工品が出るかもしれないのねえ。楽しみだわ」

 ふふ、と笑って祖母が言う。私も食べるのが好きだが、祖母もなかなかのグルメだ。

「じいちゃんは捕まえる方が好きだったけど、佳代ちゃんは食べる方が好きよね」

「それもそうだね。ばあちゃんは、じいちゃんが一番好きだよね」

 祖母が言うので、私はにやりと笑って答える。

 亡くなって10年以上経ってもこうして話に出すくらいには祖父のことを好きなのだなあと思って言えば、祖母は照れたように笑った。

「まあ、真っ赤なバラの花束を用意して『俺の愛は40メートル級竜脚形怪獣より大きい! 結婚してくれ!』ってプロポーズしてきた人だからねえ」

「それは世界規模の大きさの愛だねえ! でも、バラはともかく台詞としてはロマンチックかどうか微妙なラインじゃない?」

 祖父のプロポーズの台詞なんて初めて聞いて、ちょっと呆れるような気持ちで尋ねた。

「そういう怪獣馬鹿なところが可愛かったのよ」

「え~、なんか、ばあちゃんカッコいい!」

 大変いい女な台詞が返って来て、ちょっとテンションが上がった。

「そう? まあ、捕怪方法が確立されたばかりでまだ危ない時代だったし、要は遠洋漁業と一緒でなかなか家に帰れない仕事ではあったからねえ、一緒になる方も覚悟が必要だったわけよ。そのための誠意の見せ方としては、悪くない表現でしょう」

 祖母はそう言ってからつみれ汁を啜る。

「確かに」

 なるほど一理ある話だ。

「なんていうか、『俺の妻になれ』みたいな上から目線じゃなくて、『大好きだから俺を選んでほしい』みたいな言い回しで、私に判断を委ねてくれたところが、嬉しかったのよねえ」

 祖母が優しく目を細めるので、恋する乙女みたいで可愛いと思う。

「超いい話じゃん! 私もそういう人を見つけたいなあ」

 研究一筋で彼氏のいない私は、羨ましく思って言った。

「佳代ちゃんも怪獣一筋だからねえ。でも、きっとそういう所が可愛いと思ってくれる人は居るわよ、私みたいに」

 怪獣馬鹿の祖父を可愛いと思った祖母が言ってくれるので、説得力のある話である。

「えへへ、そうだといいな!」

 私も笑って答えて、竜脚形怪獣のつみれを食べる。

 プロポーズの味にしては庶民的だけど、温かくて優しくて美味しい怪獣の味がした。

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