第31話「決着」【挿絵】

”チェスや将棋と言った地球の遊びを知った時、あの時の将軍を思い出しました。高度なプレイヤーほど、戦いの先が読める。彼を知らない者にはあっさりと諦めたように見えたでしょうが、その頭脳は何手もの先を読んでいたのです”


フェルモ・スカラッティ 『クロアの野火』あとがきより




 陽が沈み、攻勢が視界の問題で否応なしに落ち着きを見せた時、帝国派陣営では狂乱の如く無電が飛び交っていた。

 無論その渦中に居るのは、してやったりの表情で司令部に戻って来たパットンだ。


「空軍は何をしていた!」


 何故そんな事になっている! と、どやしつけても空軍側の回答は、さっぱり要領を得ない。

 パットンの怒りは頂点に達したが、彼自身の努力や工夫で何とかなる領分ではない。


 分かっているのは、ルスドア市から南に向かういくつかの橋が爆撃されて損傷したということだ。

 つまり、それらが復旧するまでこちらも後方からの物資輸送が滞り、補給を受けられないという危機的状況を意味する。


 目撃した兵士の証言を集めると、小型機による攻撃のようだ。

 もちろんそこは帝国派こちらの勢力圏。大型の重爆ならともかく、足が長くはない小型機がどうやって警戒線を掻い潜ったのか?


 橋の損傷自体はコンクリートにひびが入った程度で、修理はそう難しい話でもないと言うのだが。しかしタイミングがあまりに悪過ぎた。

 通行中の車両複数台が集束爆弾を受け、炎上しながら横転。玉突き事故を起こしたのだ。

 補給部隊が夜間に行動すると言うのは、帝国派も事情は同じ。橋の上で身動きが取れなくなった無事なトラックにも延焼し、巨大な松明と化した橋上が迅速な復旧を妨げた。


 そして夜が明けるのとともに、橋とその手前で大渋滞になっている補給部隊の車列は、大公派爆撃機たちの格好の狩場となった。


 当然帝国派も戦闘機が出撃し、それなりの戦果を挙げたが、無防備な地上部隊を守りながらの戦いは無理が出る。

 入り乱れての空戦の中、間隙をついて飛来した4発爆撃機〔炎山〕が修理中の橋に大型爆弾を投下。床板を吹き飛ばした。フレームは辛うじて無事だったが、復旧は更に遅れることになる。


画像はこちら

https://kakuyomu.jp/users/hagiwara-royal/news/16816927861710750109


 この結果、帝国派前線部隊の進撃は一時的に不可能になった。

 混乱が収まった時、既に大公派の陣営は前線を下げ、態勢を立て直していた。


「……潮時だ」


 あっさりと言い放つパットンからは、悲壮感は見えない。やりきった誇らしさすら垣間見えた。


「大公派は全力で橋の修復を妨害するだろう。飛行機の数や性能はともかく、使い方は向こうが上だ。防空は困難を極めるだろう。このまま戦えば戦闘中に燃料や砲弾が途切れる」


 流石のフェルモも、無力感から逃れる事は出来なかった。

 他の幕僚たちも同じだろう。


 そんな彼らを救ったのは、意外にも強面の将軍だった。


「そう落ち込むな。俺たちは大公派に出血を強要し、ルスドア市への反攻を防いだ。最低限の仕事はしたんだ」

「しかし、自分たちが不甲斐ないばかりに!」


 ああすべきだった、こう対処すればよかった。

 負けた後では何とでも言える。だが、割り切れるわけでもない。


「そう言うな。胸を張れ、このメンバーは最高のスタッフだ」


 皆涙をこらえて敬礼した。

 再戦のチャンスはあるのだ。




 やがて謎の攻撃手段が判明する。


うち合衆国も、ただちに同種の飛行機をあつらえてもらわんとな」


 まるで玩具をねだる子供のように述べるのはパットンである。

大公派の魔弾の正体は。帝国派領内の中にと運び込み、入り江に隠していた水上機たちであった。


 帝国派は防空戦力こそ充実していたが、探知能力は〔ペトルス〕を持つ大公派に数段劣る。そこに目を付け、空海軍に作戦をねじ込んだのがヴェロニカだった。

 パットンが予備プランとして挺身作戦を練っていたように、彼女もルスドア市攻略失敗時のサブプランを持っていたのだ。


 そのような作戦は無理がありすぎて誰も顧みない。

 離水はともかく、夜間着水など自殺の類義語。大公派の領内に運び込むのは昼に飛ぶしかないが、そうなれば露見は必至だ。

 だが、同じように無理だと考えられていたパットンの戦車による打通作戦は、失敗に終わったろうか?

 突破口は水上機は飛行機だが船でもある・・・・・と言う事実だった。国境付近の密輸業者を雇って、夜陰に紛れて小型船で曳航させたのだ。


 日没とともに入り江から出された日伊の水上機たちは、水上戦闘機〔二式水戦〕に護衛されて運河を遡上する。黎明を見計らって離水した彼らが、爆撃に成功したのは先述の通りである。


 ようやく事態を把握した帝国派が、しらみつぶしに入り江を探索し始めた時には。既に彼らは混乱に乗じて引き上げていた。

 おそらく撤退が間に合わない機体は海に沈め、人員だけ潜水艦で回収したのだろう。

 新鋭機を使い捨てにする作戦など、モノの無い大公派にとって悪夢でしかないが、それだけに意表を突かれた帝国派である。


 そして損失分以上の収益戦果は、しっかりと回収していった。

 遺棄されたガソリン缶には、ヴェロニカ・フォン・タンネンベルクから直々に伝言の捨て台詞が残されていたという。


『でも最後に勝ったのはスキピオ』


 これを目にしたパットンは十字を切った。

 絶望したのではない。このような強敵と巡り会えた幸運を神に感謝していたのだ。

 激戦で疲れ切っている筈が、その目は爛々と輝いていた。


「フェルモ! 次の作戦を練るぞ!」


 どかどかと足音を立てて作戦室に向かうパットンを、若き補佐官は苦笑とともに追いかけた。

 そして、本人に気づかれないよう、やけくそ気味に独り言ちる。


「もうしょうがない! 最後までお付き合いしますとも!」


 居並ぶ参謀たちは互いの顔を見合わせ、にやりと笑う。

 この異世界の国の人間である新入り・・・が、名実ともに彼らの仲間一員となった瞬間だった。


 我らがクラブへようこそ! そんな表情を浮かべながら、彼らも2人に続いたのだった。




 かくして双方で1600両以上の戦車が投入された、イリッシュ平原の一大決戦は。

 戦術的には痛み分け、戦略的には貴重な時間を稼いだことで大公派の判定勝利と言う結果に終わった。


  しかしながら戦車部隊による迂回攻撃は、大公派全軍に「パットン恐るべし!」の恐怖を刻み込んだ。

 彼らは自分たちが勝者だなどとは、微塵も感じていなかった。


 劣勢下で帝国派の目論みを破綻させたアルフォンソ・アッパティーニもまた、畏怖すべき新星として帝国派を恐れさせた。


 後の箱舟戦争で激戦を演じる両雄が、揃って歴史に名を刻まれた最初の瞬間であった。

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