第30話「最後のカード」

”引き上げてゆく戦車を見て、俺たちは飛び上がって喜んだ。気づいたら肩を組んで歌っていたのが、昨日ポーカーでイカサマしやがったせいで殴り合った奴だった。何故か今も、何年かに一度はそいつと飲んでるけど”


イリッシュの戦いに従軍した大公派兵士のインタビューより




 それは10月27日、18時26分の事だと伝えられている。


 イリッシュ平原後方の大公派兵站拠点では、急ピッチで積み込み作業が行われていた。集積した物資を前線部隊に送り込む為だ。

 航空機の飛び交う昼間より、夜間の方が輸送輜重部隊の行動は制約を受けにくい。戦闘がひと段落する夜間に消耗した物資を送り届け、翌日の戦闘に備える方針だった。


 徹夜仕事であっても、過酷な前線を思えば何のことは無い。そんな楽観を1本の緊急電が吹き飛ばした。

 西部の山林地帯に帝国派と思われる戦車部隊が出現。警戒していた歩兵部隊を突破した。しかもそのまま戦場の後方にすり抜けたと言うのである。


 もちろん積み込み作業は即座に中止され、兵士たちはなけなしの対戦車装備を引っ張り出すように命じられる。

 だが、所詮は後方の二線級部隊だ。


 装備も人員もまるで足りない為、指揮官は直ちに第5軍司令部へ至急の増援を依頼する。

 キャタピラが巻き起こす土煙を見付けた歩哨が、半ばパニック状態で報告してきたのはその時だった。





「これは、自殺攻撃じゃない!?」


 陽が落ちてもなお続いている激戦のさなか、後方から! と言うまさかの報告を受けたヴェロニカは、拳を椅子の手すりに叩きつける。

 西部ルートでの迂回攻撃は彼女も一応予測しており、街道に蓋をする形で戦力を置いていた。


 彼女が想定していたのは、このルートで少数のコマンド部隊を潜入させ、攪乱を行った後に海岸へ脱出。潜水艦か飛空艇で回収……と言う作戦だった。

 これなら二線級部隊を配置しておけば、兵力の差で防げる。


 しかし、実際の報告にあったのは、数十両単位の戦車だ。恐らく跨乗歩兵タンクデザントも付いているだろう。

 それら歩兵を合わせれば、敵兵はかなりの人数になるだろう。それだけの戦力を移動させればどうしても足がつく。


 海上に逃れる為のゴムボートは車両で大量輸送できるから、戦車を捨てれば潜水艦にゴムボート上の将兵だけを回収させること自体は可能だ。

 大部隊で行えば時間がかかりすぎて、自殺行為としか思えないが。


 では、飛空艇なら可能かどうかと言えば。

 航空機の半分も速度が出せない飛空艇で敵中に着陸など行えば、すぐに補足されて夜間戦闘機の的である。


 戦車をはじめ兵器類はまだ、ゾンム本国から運び込めば良いだろうが。相対的に人手不足の帝国派にとって、人員の使い捨ては最悪手だ。

 まさか、人命が高価なことで知られる米国の将軍がこのような、決死どころか必死行を敢行するなどとは……。


 作戦を立てるに当たっては。向かい合う敵手のその”人となり”は、その中に当然として織り込むもの。

 ヴェロニカがアルフォンソ司令官をダシにしてパットンの裏をかいて見せたのも、パットンもまたこちらの人となりを読んでいると認識してのことだ。勿論アルフォンソがそうであるように。

 その意味で、パットンと言う将軍人物が。部下の将兵を平気で無駄死にさせる・・・・・・様な人間では絶対に有り得ないと言う事を、彼女たちもまた信頼していた。


 なればこそ、およそ有り得ない筈の敵部隊の行動に。まんまと不意を衝かれてしまったと言う事にもなっているわけだったが。

 しかし、そうやってまず己自身を裏切り、自らの誇りを投げ捨ててまで「勝ち」を拾って。貴方はそれを誇れるのか? と言う、軍略家としての矜持に関わる領域の話なのだ。


 そうであるが故に抱きかけた失望は、しかしすぐに取り払われた。

 自分を舞台俳優――もちろん、主演俳優に決まっている――と思っているかのようなあのパットンが、周囲を。それ以上にまず自分自身を興醒めさせる様な「戦争」など、するわけがない。


 何かがあるのだ。


「……馬鹿は私の方ね。」


 自嘲気味に独り言ちた彼女は、再び闘志に火を付けて追撃の指示を出す。

 偵察機や連絡機、果てはワイバーンまで。ありったけの航空戦力を駆りだして捜索を命じると共に、地上でも予備戦力から抽出した戦車隊に、敵勢を追跡させるように命じた。




 しかし、敵将は更に上を行っていた。

 帝国派戦車部隊の足取りが、ある地点でぴたりと途絶える。それは夜陰に紛れて大公派の後方拠点を思うさま荒らしまわった後だった。


 翌早朝、後方から引っ張り出されてきた〔シュトルヒ〕連絡機が見付けたのは、海岸線の一角に遺棄されて放置された大量の旧式戦車だった。

 押っ取り刀で駆け付けた追跡部隊が見たのは、砲身とエンジンを破壊されて動けなくなった戦車と、捨て台詞の落書きだった。


「親愛なるスキピオ将軍へ。ザマの意趣返しは確かにさせて頂いた。ジョージ・”ハンニバル”・パットンより」


 この話を聞いたヴェロニカは、文字通り歯ぎしりして悔しがったと言う。




 以下は、後日に報道で発表された顛末である。


 大公派の動きを警戒したパットンは、万一正面決戦で打通できなかった場合の方策として。奇襲部隊により西部の山林地帯を突破し敵の補給網を攪乱、戦線を立て直す時間を稼ぐ方策を打ち出していた。

 彼はその奇襲部隊の指揮は自分が執ると主張したそうだ。周囲の幕僚団からどうか勘弁してくださいと懇願されて、名残惜しそうに思い止まったと言う逸話が挿入されている。


 この奇襲作戦に投入された戦車は、旧式の〔M3〕中戦車に、〔BT〕快速戦車だ。


 そして護衛に随伴するのは、それらの戦車を改造して急造した歩兵運搬車両である。

 これらの車両は「どうせ使い捨てるなら、主砲を外して即席の兵員輸送車にしてしまえ」と言う、乱暴なアイデアとして実現した。

 ――後の時代に装甲兵員輸送車として一般化する兵器の、まさに先取りと言える着想だった。


 彼らはその機動性にものを言わせて大公派の後方拠点を散々荒らしまわり、夜明け前に海岸線にと脱出した。

 出迎えに来たのは、巨大なゴンドラを4騎一組でぶら下げた、ワイバーンの大群であった。


 「生物であるワイバーンは、航空機よりレーダーに映りにくい」と言う特性に目を付たのは、パットンだ。

 彼はそこから、低空飛行で兵士たちを脱出させる作戦を思いついた。


 ワイバーンは、地球人が飛行機を持ち込むまで長らくライズの戦争や物流の主力であったが、「余りに鈍足」「大飯食らい」「積載量が貧弱」と言う弱点から、現代の軍事前線からは姿を消していた。

 現在では短距離離着陸(多少無理をさせれば垂直離着陸も)が可能な、飛行機には無い特性が発揮される領域で活用されている。比較的近距離間の連絡用や、小型艦艇を母艦にしての海上警戒、飛行場が建設できない山中や遠隔地の小島と言った場所での物流等には重宝されていた。


 とは言えライズ人は、それらが残す大量の糞を埋めたり燃やしたりせずにその場を去ることを断固拒否する。

 地球世界との邂逅のきっかけともなった、ワイバーンの糞を媒介とする皇帝熱のパンデミックに苦しめられた過去の経験は。敵味方関係ない共通の常識となっていると言う、もはや宗教のようなものだ。

 そうであるが故に軍用として集中投入と言うのは、本来であれば受け容れがたい作戦であった。


 だが、海上を移動するならその心配はない。糞など海中に捨ててしまえば良いからだ。

 しかもパットンは、海上に進出させた飛空艇の甲板でワイバーンを休ませ、その航続距離を伸ばす荒業を思いついた。

 かくして、かき集められて編成された帝国派ワイバーン部隊は前線を迂回し、敵陣深くに突貫した将兵の回収に見事成功したのだった。




 海岸にと舞い降りてくるゴンドラの最初の1台に乗り込もうとした彼らを迎えたのは、仁王立ちのパットン将軍だった。


「勇者諸君! 君達はライズの歴史に名を残した!」


 その中に立っていた彼は、開口一番、そう言って。見事危険な任務を果たして来た兵士たちを称えたと言う。

 ジョージ・パットンほど無能な者や臆病者に辛辣な悪魔は居ないが、有能な者や勇敢な者への賞賛を惜しまないボスも居なかった。


 ゴンドラを吊るしたワイバーンたちは海上に逃れると迎えの飛空艇に回収され、悠々と引き上げていった。

 尚、落書きについては迎えのゴンドラに乗り込む順番を待つ兵士たちが、思い付きで書き込んだものであったと言う。


 後でその事実を知ったパットンは、少しだけ眉を顰め「まあ、大目に見るさ」と苦笑したのだった。




◆◆◆◆◆




 帝国派戦車隊が後方を散々荒らし回って行ってくれた結果、大公派は一時的に補給体制が停滞。

 その間隙を突いて、帝国派戦車隊が再侵攻を行う。


 補給がままならない大公派は、消耗させた筈の帝国派機甲部隊に苦しい戦いを強いられる。

 無念の後退を告げる無線が次々舞い込む中、ヴェロニカの表情に焦りの色はない。


 正確には大いにあるのだが、彼女の将軍が血まみれになった時を考えれば物の数ではない。


「夜まで持ちこたえるわよ。そうすれば、まだ手はある」


 正直なところ、所謂参謀適さんぼうてき――指揮官ではなく、“有能な働き者”としての適性を持つ彼女には「どんと座っているだけで、旗下の部隊が安心する」と言う能力は無い。

 トップであるアルフォンソがいない状況で、いかに味方の瓦解を防ぐか? 逆転の策よりもまず、そちらの方が心配だった。


 大公派は各所で防衛線を食い破られ、前線指揮官たちは絶望しながらも撤退命令が下るまでは! の精神で懸命に抵抗を続けつつ、その時を待っていた。

 しかし彼らに、事実上の敗北宣言は下されることはなかった。


 突如、帝国派の戦車部隊が後退を始めたからである。

 波が引くような、整然とした”転進”だった。

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