第32話「怒らない男と、やっぱり怒れる女」
”なんというか、可愛らしいおふたりでした。いつまでも見守ってあげたいと言うか。
当時私は独身でしたが、思春期の子供が居たらこんな気持ちになるのかなぁと。いざ子供が生まれて思春期になったら、とんでもない誤解をしていたと知りましたが(笑)”
アルフォンソを担当した看護婦のインタビューより
大公派及び帝国派と、それぞれを支持する列強は、揃って自陣営の将軍を褒め称えた。
それまでパットンを笑いものにしていた母国アメリカのマスコミは、見事な掌返しで「彼こそハンニバルの生まれ変わり」と書き立てたし、それに敵対する国々のメディアも一様に「アルフォンソこそスキピオの再来」と礼賛した。
クロアと優先協商権を持つイタリア王国の
それだけでは終わらず国王に掛け合って、彼にスキピオの称号である「アフリカヌス」の名を贈った。
イリッシュの戦いは、無論アフリカと一片の関係もない。そもそも何故サヴォイア朝の国王が許可する必要があるのだと失笑されたが、イタリア王国はローマの後継者を自称している。
陽気なドーチェは、こまけえ事は良いのだと大笑いした。
以後アルフォンソは、「アルフォンソ・アッパティーニ・アフリカヌス」と名乗る事になり、頭文字が全てAである事から、人々は彼を「AAA(トリプルエー)」と呼ぶようになる。
気力だけで消火作業の指揮を見事に終えたアルフォンソは、息も絶え絶えで運び込まれてきた。ヴェロニカは魔法医が到着するまで、生きた心地がしなかった。
昼夜突貫の治療により元気を取り戻したものの、魔法治療はそれなりに体力を消耗する。
全身傷だらけの彼は即快癒とはいかず、深刻な傷から順に治療し、体力が戻れば次の傷と言う具合だった。
結局3日間、手術台とベッドを往復するはめになり、傷がふさがった時にはすべてが終わっていた。
意識を取り戻した彼は、「勝ったか?」とは聞かなかった。
ただ、「ご苦労様」とねぎらいの言葉を送っただけである。
ヴェロニカがアルフォンソの見舞いに訪れたのは、戦闘が終息した数日後だった。
「大口を叩いておいて、詰めの甘さで勝ちを逃したのは……私の責任よ」
アルフォンソが思わず「ぷっ」と失笑したので、今度は彼女がむくれる番だった。
重症の無理を押しての早急な治療の為、魔法で免疫力を力づくで強化したせいで一時的なアレルギー症状を起こし、顔は腫れあがっていた。それでもいつもの人懐っこさを見て心底安心している自分に気付き、ヴェロニカは何とも居心地が悪い。
毎日見ていた顔なのに、妙に照れくさかった。
「君は僕をスキピオにしてくれただろ? それに、君はこのままで済ます気は無いんじゃないか?」
にやりと笑うアルフォンソ。
それを見たヴェロニカは、自分でも気づかないうちに不敵な笑みを浮かべていた。
「勿論よ。確かに戦車の運用では、私よりパットンの方が上でしょう。でも悪だくみなら、私”達”には敵わない」
入り口で吹き出す声が上がった。
救国の英雄ふたりが
彼女はアリバイ作りで持ってきたであろうタオルを取り替えると、すごすごと入り口に戻る。
言葉を失ってしまっている2人の視線に気まずくなった若い看護婦は、去り際に最後に余計な一言を残した。
「あの、お幸せに」
その後、2人はろくにお互いの顔を見れなかったと言う。
◆◆◆◆◆
物語を終える前に、その後の英雄たちについて触れておこう。
イリッシュでの激戦後、攻め手を見いだせない帝国派は「ある悪手」を打ったせいで国民から支持を失う。
その失態に付け込む形で攻勢に出た大公派の勝利で、泥沼の「クロア内戦」は終結した。
だが、帝国派を支援していたゾンム帝国にとって、この戦いは単なる時間稼ぎに過ぎなかった。
物理的な戦争準備と、反対派の粛清が終わった帝国はクロア公国に宣戦布告。
ゾンム帝国の正規軍がクロア半島になだれ込み、ここにライズ全域を巻き込んだ「方舟戦争」と呼ばれる世界大戦が勃発する。
アルフォンソとヴェロニカは、今度は全権を持って挑んで来る勇将パットンと相まみえなければならなかった。
アルフォンソは陸軍大将に昇進し、ヴェロニカも大佐として前線に戻って来た。同時に彼女を知る者は大いに面食らう事になる。
以前のしかめっ面はどこへやら、報告を受ける際は必ず魅力的な笑顔で「ありがとう」と付け加えるのである。
それでいてアルフォンソの前では、以前のままなぶっきらぼうな態度を取っているのだから、意味するところは明白だった。
元々容姿に優れていた彼女の変化に、その人気は一気に高騰した。
男性士官たちは、その「ありがとう」を聞きたさに彼女に用事を言いつけられようと、せっせと雑用に励む。女性兵士すら彼女をダシに、「アルフォンソとの仲が、いつ進展するか?」と言う恋バナに興じた。
特にイタリアから派遣されてきた士官たちは「口説いておけば良かった!」と、地団駄を踏んで悔しがったと言う。
もっともイタリア人はその言動に反して身持ちの固い者も多いので、これはやっかみ半分の祝福だったのかも知れない。
停戦が報じられた時、前線でクロア軍と対峙していたパットンは、真っ先に敵陣に乗り込み仇敵スキピオと握手をした。
パットン、フェルモ、アルフォンソ、ヴェロニカの4人は暫し会談した後、残務処理に戻る。
フェルモから2人の印象を聞かれたパットンは、冗談めかして両手を挙げたと言う。
「スキピオの勝ちだよ。俺にはあんなじゃじゃ馬を使いこなせん」
その夜、パットンは部屋に戻る前に便箋と封筒を持ってくる様に命じる。
何事かと訝しむ従兵に言った。
「たまには国の女房に、手紙でも書いてやろうかと思ってな」
照れ隠しなのか目を合わせずに命じる将軍に、従兵は大口を開け、そのまま固まった。
居合わせた周囲の者たちは、驚愕のあまり口もきけなかったと言う。
強敵との戦争を満喫した彼の表情は、とても晴れやかだった。
人当たりが柔らかくなったと言われたのは、終戦から少し経っての話だ。交通事故で重傷を負い、魔法治療でからくも一命を取り留めた際に、人生観が変わったのだそうだ。
その後はマスコミ受けするキャラクターとして重宝されたが、兵士達の前に出ると「臆病者は銃殺だ!」とぶちかます癖は相変わらずで、これは死ぬまで変わらなかったと言う。
アルフォンソとヴェロニカとは、年に一度は必ず旧交を温める仲となった。
フェルモ・スカラッティは、結局パットンの退役まで大いに振り回され続けることになるが、それは無駄ではなかった。
名将と共に様々な戦役を経験した彼の手記はベストセラーとなり、望み通り作家として大成することになったのだから。
消火方法を直訴してきた南部隼人少尉は、着々と腕を上げてゆき――やがて「蒼空の隼」、「セーントの竜殺し」の異名で語り継がれる伝説の飛行機乗りとなった。
彼が英雄としてライズ史上に姿を現すのは、一年半後に勃発する「クーリル諸島の戦い」を待たねばならない。
大公カタリーナもある理由で歴史に名を残す事になる。
それについては、また別の機会に語ろう。
クロア公国の至宝として名高い名将アッパティーニ兄弟。
温和な兄アルフォンソと奔放な弟レナートは、正反対の生き方をしているように見えたが、仕事上のパートナーを伴侶にした事、そして非常に愛妻家であったことは共通している。
夫婦円満の秘訣を問われた2人は、口を揃えて答えたと言う。
「女房の好きにやらせてやる事ですよ」
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