第7話「怒らない男と怒れる女(その1)」【挿絵】
”実際、招聘を受けた時は半信半疑だったわ。
嫌われ者を呼びつけて、あまつさえ参謀として使おうなんて酔狂な馬鹿がいるのかってね”
ヴェロニカ・フォン・タンネンベルクのインタビューより
ヴェロニカは馬鹿が嫌いである。
だから参謀長の打診を受けた時、まず自分の上官が馬鹿かどうか試してやろうと決めた。
入室するなり、敬礼もそこそこに応接椅子にどっかりと腰を下ろす。
そうしてようやく、怒らずに苦笑を浮かべる
赤毛の将軍は確かに温和そうではある。
だが、たとえコネだとしてもこの歳で、しかも戦時に司令に抜擢される人物だ。ただ笑っているだけのお人形であるわけがない。
当然ながら相手もこちらを値踏みしている事だろう。暫し沈黙が続く。
「君の意見書を読ませてもらった。現状ではこれが最良に思える」
先に言葉を発したのはアルフォンソだった。
ヴェロニカは「ふぅん」と鼻を鳴らす。
どうやらつまらない面子にこだわる人物ではないらしい。これも噂通り。
「確かに
挑戦的な視線でアルフォンソを見つめてやる。
「貴方はどうかしら?」と言外に問うているのは、当然気づいているだろう。
アルフォンソはそれでも温和な態度を変えなかった。
参謀とは違い、指揮官にとって
大公派の戦術は割とシンプルだ。
防衛線の一部を敢えて手薄にしておき、敵戦車部隊を意図的に突破させ、その後に両翼で待機していた部隊がその穴を塞いでしまう。
後続の歩兵と連携を断たれて孤立させた敵戦車は、有利な地点に誘い込んだ上で待ち構えていた味方戦車部隊主力が叩く。
当初こそ連携を欠いた帝国派の戦車は面白いほど撃破されたが、休戦明け以来それが上手く行かなくなった。
第一に、敵は複数のポイントを同時に突破し、連携しながら戦闘。大公派の陣地を荒らしまわった後に合流、再び防衛線を裏側から突破して帰還と言う厄介な戦術を取るようになった事。
第二に、キャタピラと車輪を組み合わせたハーフトラックに乗った歩兵や、旧式戦車の車体に野砲を搭載した〔プリースト〕自走砲が敵戦車隊に随伴するようになった事だ。
第三に、敵戦車の性能が格段に向上したこと。今まで主力だった旧式戦車や軽戦車が相手なら、大公派の独伊日製戦車でも対抗できた。しかし今まで少数配備でしかなかった〔T34〕及びM4〔シャーマン〕の大量投入が風向きを変えた。
これらは走攻守共に優秀で、我が方が唯一勝っていた戦術面の優位も新しく赴任してきた
届いたばかりの新型〔Ⅳ号戦車F2型〕ならば、性能面で〔シャーマン〕とどっこいだが、まだ数が少ない。
ドイツの軍事顧問は「新型の重戦車ならば〔T34〕など物の数ではない」と豪語していたが、こちらに至っては配備の見通しが立っていない。
それより問題であるのは、休戦明けの帝国派の主力が〔T34〕と〔シャーマン〕、計約700両に統一されるように替わっているに対し、大公派の編成はバラバラなままである。
数の上の主力はイタリアの中戦車と日本製の〔チハ改〕が、合わせて320両程だが、いずれも車長が装填手を兼ねると言う運用面で難があり、速度も遅い。結局ドイツ戦車が頼りである。
内訳は〔Ⅲ号戦車〕と〔Ⅳ号戦車〕260両。これに新型〔Ⅳ号戦車F2〕が68両。
残りの軽戦車や豆戦車は偵察や対歩兵用で、対戦車性能はお察しであった。帝国派の〔スチュアート〕軽戦車は、対戦車戦闘もこなせる傑作であるのにも関わらずである。
その様な事情で、両軍の戦車保有数は約900両と同程度ながら、内情に大きな開きがある。勝っているのは戦車兵と指揮官の技量くらいである。
ただ、兵站――補給面に関しては、大公派に一日の長がある。
同盟国からの人的・物的支援を、北のウィート山脈を飛び越えての
浮遊魔法とレシプロエンジンで航行する飛空艇輸送は、即応性と速度に優れる。が、積載量が心もとない。
反対に大公派は、大型船舶を用いる事で輸送量が大きい。時間さえ稼げれば戦力の劣勢は挽回できると踏んでいた。
画像はこちら
https://kakuyomu.jp/users/hagiwara-royal/news/16817330662420320115
問題はその「時間を稼ぐ事すら困難な状況」であるが。
「でも、『機動防御で敵戦力を削る』と言う発想は悪くない。なら話は簡単よ。機動防御のやり方を変えれば良い」
敢えて後退を行い有利な地点へおびき出し、反撃に転じて出血を強要する。
勢いに任せて北上、帝国派の拠点であるルスドア市を奪還してしまう。
ルスドアは南北の交通を結ぶターミナルである。ここを押さえてしまえば帝国派の南下を防ぐことが出来る。ルスドア市を守ってさえいれば、帝国派は大軍を展開できない。
「それで? 私の案を採用してくれるのかしら?」
自信満々の笑みで見上げる彼女の問いには即答せず、アルフォンソはあごに手をあて「ふむ」と呟いた。
「その前に、君がドイツ陸軍を追い出された話を聞いておきたいかな」
にっこり笑って告げるアルフォンソに、ヴェロニカの眉間にたちまち皺が寄る。
彼女が一番触れられたくない話題だったからだ。
(私の悪評を気にするなら、始めからここに呼ぶはずがない。それでわざわざ心証を悪くする話題を選んだのは何故? 急にハイリスクな作戦が怖くなった? こいつも馬鹿なのかしら?)
視線を戻すと、アルフォンソはそれまでの笑みを止めて真剣な瞳で見つめてくる。
ヴェロニカは一瞬視線を逸らしたが、仏頂面で語り始めた。
「別に、〝普通〟に行動しただけよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます