第6話「男どもには任せておけない」
”クロア内戦及び箱舟戦争で女性軍人たちが果たした大いなる義務について、私は賞賛以外の言葉を持たない”
ヴァイマール帝国首相の演説より
しかし当の日本人たちはもちろん大真面目であった。
そんな極東の小国にと、魔法をもたらした
大国の顔色をうかがう
それがダバート王国との
我々ライズ人にしてみれば当然の話であるに過ぎないのだが。
魔法は魔力器官と呼ばれる特殊な機能を持つ者だけが使用できる、ある意味天与の才覚なのだから。
そしてその発現確率に性差の違いは無く、にも関わらずそのおよそ半数を
もちろん日本人も当初こそ難色を示した。
特に宗教上の理由で女性の乗艦を嫌がる海軍はこれが顕著で、予算会議は紛糾し嫌がらせとボイコットの嵐が吹き荒れた。
だが頑迷な軍も否定できなかった。
”門”が上空に開いて以降、少しずつ現れ始めた魔力器官を持った日本人は喉から手が出るほど有用な存在だと言う事実をである。
4kg近い小銃を持たなくても相応の火力が発揮でき、飯を食って休めば弾薬なしで戦える歩兵。数秒で1人分の塹壕を掘ってしまう工兵に、ごく短距離なら騎兵と並走できる伝令兵。
当時は
にも関わらず、配属した現場からはもっと寄こせの大合唱だ。
魔法の有用性は否定しがたい。彼らはそう判断せざるを得なかった。
散々揉めた結果、少数精鋭の名目で若干名の女性魔導兵が採用された。
更なる追い風となったのが日露戦争だった。
会戦の混乱の中、彼女はロシア軍の熾烈な抜剣突撃を前に踏みとどまって敵兵と切り結び、味方を鼓舞して戦線の崩壊を防いだのである。
「酒臭かった」
終戦後マスコミの前でコメントを求められた士貴少尉が面倒臭そうに応えた”コメント”である。
周囲の者は一様にきょとんとしたが、やがて突撃前にウォッカを一気飲みして恐怖心を紛らわすロシア軍の風習を思い出す。
いつの間にか彼女の渾名は
士貴
やがて一般大学卒として初めての将官となるのだが、これを日本中の女性達が放っておかなかった。
文人の与謝野晶子がその武勇を詩にした事で勇名は一気に広まる。
良家の子女は一斉に薙刀や剣術道場の門戸を叩いて、斜陽気味であった武術界にとにわかに再興の気運をもたらしたと言う。
少女雑誌のアンケートでは、将来なりたい職業の上位に「お嫁さん」「看護婦さん」と並んで「軍人さん」が台頭した。
そんな今巴が陸軍が持ち込んだ華族の令息との見合い話を一顧だにせず、定食屋の倅と祝言を上げてしまったと言うゴシップも、世の女性達を夢中にさせた。
夫は同じ道場の兄弟子で、幼い頃から結婚の約束を交わしていたとか居なかったとか。
苦言した周囲の者達への返答がまた振るっている。
「剣で私に勝てる奴がいたら話を聞いてやる」
勿論、誰一人勝てる者は居なかった。
彼女の存在は少女たちにとって憧れであり、「正当な努力で結果を示せば、自身の生き方は自身で選べる」と言う新しい
「男どもには任せておけない」
女性たちはそんな合言葉でお互いを鼓舞しながら軍へ志願した。
魔導兵しか入隊を認めていなかった軍も渋々これを引っ込める。
集まる人気と寄付金と比べたら、男の沽券などうっちゃってしまえと言う訳だ。
軍隊とは何の為にあるか?
そんなもの決まっている。現ナマの為である。
義務を果たした者には権利も与えられるべきである。軍隊経験者には女性でも選挙権が認められ、やがて日本は地球で言う普通選挙――男女の別なき完全普通選挙である――の実施に舵を切ることになる。
やがて欧州大戦で魔導兵だけでなく普通人の女性将兵の優秀さまでもが実際に広く証明され出すと、西欧列強も日本に倣わざるを得なかった。
反対派の抵抗を潰したのは、駄目押しのように提示された事実だった。
今まで日本
特に積極的だったのは敗者として魔導兵の威力のみならず、女性将兵の働きぶりをも実感したドイツ、大粛清で男の軍人を殺しまくり人不足に陥っていたソ連である。
ヴェロニカ・フォン・タンネンベルク少佐も、そんな時代の潮流によって生まれた普通人女性ドイツ軍人の一人であった。
大公派の戦車兵達は着任の挨拶を行う彼女を見て手を叩いて喜んだ。
「こんな美人がやって来るとはなんという役得。自分たちは運が良い」
ホクホク顔の彼らだったが、早速彼女を食事に誘ったイタリア義勇兵がけんもほろろに玉砕した辺りから暗雲が立ち込め始める。
なにか、おかしいぞと。
その予感は的中した。
彼女の訓練は過酷を極めたのだ。
他の中隊と比べて鉄拳制裁が多い訳でも、物理的にきつい訳でもない。
ミスや怠慢への叱責が「恐ろしい」だけである。
ヴェロニカは、論理的かつ精神を抉る語彙力を以て、今の失敗が実戦であれば何人の戦友を死に追いやったかを延々と解説するのだ。
筆者も実際に従軍して驚いたことであるが、軍人と言うものは基本体育会系で「ねちねちと説教されるくらいなら一発殴ってくれた方がまし」と言う気質がある。
そして聞いたふりをしてやり過ごすこともできない。
そんな不届き者に対しては、彼女に心酔する赤毛の女性士官が容赦なく鉄拳を見舞ってくるからだ。
自身の車両が撃破判定を受けた夜、部下たちは悪夢を見たと言う。乗馬用の鞭をひゅんひゅん言わせながら
戦後その何人かと知己を得る機会に恵まれたが、この鞭は彼女が指揮用に持ち込んだもので、実際にそれで誰かを打った事は一度も無かったと言う。
ただ、誰もが「いっそそれでぶっ叩いて手打ちにしてくれ」と思ったそうだ。
しかし、開戦と同時に彼らは痛感する事となる。
「やはり自分たちは運が良かった!」
彼女が指揮する中隊は圧倒的に戦死者が少ないのである。
攻撃に転ずる個所は必ずと言って良い程「相手が嫌がるポイント」を突いた。
理由の説明できない不合理な指示は無視を決め込み、意味の無い突撃を命じられれば「無線が壊れた」と通信を打ち切って独断で後退を命じた事すらあった。
平時なら厄介者だが、戦時において有能な人間に冷や飯を食わせながら勝てるほど大公派に余裕はなかった。
よって彼女はとんとん拍子に出世する。直属の部下らはもちろん、多くの上官たちの自尊心を痛めつけながら。
当然ながら彼女は、大隊を指揮するようになってからも自らの方針を改めなかった。その方が戦死者が少ないのだからそうしたまでである。それが彼女の役目なのだから。
上官のプライドだの、部下のメンタルだののケアは専門外である。
そんな彼女の作戦案が新司令官の目に留まったと聞いた時、部下たちは不安と解放感を同時に味わったと言う。
有能なボスが居なくなる不安と、もうあの説教を聞かなくて済む解放感だ。
そして相対する我らが帝国派戦車部隊は、最も重要な局面で最も厄介な敵を抱える事になる。
ヴェロニカ・フォン・タンネンベルク。後に我がジョージ・パットンと並び、「戦車戦の
フェルモ・スカラッティ著 『クロアの野火』より
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