告発

結騎 了

#365日ショートショート 044

「うちでやっていけないなら、どこにいってもダメだぞ。どうだ、もう少しがんばってみないか」

 もう、うんざりだ。この課長の説得にどれだけ屈してしきたのだろう。でも、今日の私は違う。あるアイデアがある。それを叩きつけて辞めてやるんだ。

「か、課長。私、今日こそは本気で辞表を持ってきたんです。もし課長が嫌でも今回ばかりは受け取っていただきます。こんなブラックな労働環境では身が持ちません。辞めさせてください」

 連日のサービス残業に、パワハラとセクハラの嵐。そして、言うまでもなく低賃金。ブラック企業のお手本のような環境から、私は脱するのだ。

「しかしなあ。確かに、労基法から言わせればうちはブラックかもしれない。でも、あんなのはどこも律儀には守っていないぞ。うちみたいな会社は、どこにでもある。みんな不満を持っているんだ。お前だけがそう思っているわけじゃないんだよ」

 頭をぽりぽりとかきながら、相手を小馬鹿にしたように話す。私は、あなたのその癖まで全てが嫌いになった。それほど、あなたとこの会社に嫌気がさしているのだ。

「でも課長、よろしいんですか。私、辞めさせてもらえなかったら、うちの会社のことネットに告発します!」

 小さな会議室に、一瞬で緊張がはりつめた、ような気がする。そう、うちの会社はネットからの売上が過半数を占める。そのネットに悪評が掲載されて、それが沢山の人に読まれでもしたら、ダメージは決して少なくないはず。

「いいんですか。そうなったら課長の責任ですよ。私、新しくブログを立ち上げます。ここの労働環境のこと、パワハラもセクハラも、全てを事細かに書きます。仕上がった記事は、もちろんSNSにもアップします。きっと、ブックマークサービスで注目されたり、巨大掲示板で広まったりして、会社は炎上しますよ」

 さあ、どうだ。これで私を辞めさせてくれ。この脅し文句が最終手段だ。

 しかし、課長の答えは意外なものだった。

「なにを言ってるんだお前は。そんなにうまくいくはずないだろう。夢でも見ているのか」

 課長は笑いを堪えきれないようで、頭をより早くかきむしった。悔しい。悔しい悔しい悔しい。

 それなら、もう関係ない。辞められなくても、このまま燃やしてやる。そうだ、一度炎上させて、痛い目を見せればいいんだ。そのどさくさに紛れて辞めてやる。

 数日後、私はブログを立ち上げて記事を書いた。『【告発】ブラック企業の実態。現役従業員が全て暴露します』。拡散希望、ぜひ読んでください、広めてください、シェアしてください、コメントください。しかし、ページビューは公開から3日間で僅か47。SNSでのリツイートは2、いいねは4と、絶望的な数字だった。自分なりに原因を調べてみると、私が記事をアップする前日に大手家電メーカーの社員が実名つきの告発文を公開し、それがネットの話題を席巻していた。派生コメントも沢山バズっている。なんで、こんな。この人の給料は私の何倍なのだろう。きっとボーナスだってもらえている。残業も私の方が長くしている。なのに。なのに。どうして。

 ふと、課長の言葉が頭をよぎった。「うちみたいな会社は、どこにでもある。みんな不満を持っているんだ。お前だけがそう思っているわけじゃないんだよ」。私にはもはや、渇いた笑いしか残されていなかった。

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