防大女子!──Xデーに備えよ──

JUN

第1話 ある女子学生への指令外出

 防衛大学。それは大学ではあるが、一般大学とは少々違う。

 カリキュラムは、同じく一般課程があるのだが、それとは別に、国防に関する授業がある。全寮制で、体育会系以上に体育会系で、自由もプライバシーもなく、厳しい。

 それもそのはず。毎月10万円と少しの給料が出て、年に2回のボーナスも出る、れっきとした自衛隊員なのである。

 昔は男子のみだったが、今は女子も受け入れている。とは言え、男子の方が断然多いし、男子主体とも言える。女らしさを嫌う風潮があり、女としての甘えもなどは嫌悪、軽蔑されるし、そういう女子はそもそもいない。

 入学初日に髪を超ベリーショートにさせられ、1年生の間は私服もなし。防大生同士の恋は、違反ではないが推奨されず、心理的には「禁止」と同じであり、学内で付き合う学生は、「何をしに来ているのか」「防大は愛を育む場所ではない」と侮蔑的な目を向けられる。入学初日に、女子は先輩達から、「先輩がカッコよく見えて来るから気を付けるように」「女子は何かと目立つから、しっかりするように」などとも言って聞かされる。

 そんな色んな意味で厳しい大変な防大で言われているのは、「世の中には、男子、女子、防大女子の3つの性がある」という事だ。

 そんな防大に在籍する学生達だが、恋に無関心なわけではない。開校祭で彼女を連れ歩くのはステイタスだし、外出できるようになると合コンだってする。

 女子だってそれは同じで、夏休みなどに実家に帰ると、彼氏を探したりもする。

 まあ、自分達よりも長い髪でオシャレなオトコたちが、チャラチャラしているように見えてだめだったというのが、大抵の意見ではあるが。

 そんな防大女子でも、バレンタインデーを前にすると、何となく浮かれてしまうのも事実だった。

「ピヨ。あんた彼氏がいるんだって?」

 上級生に訊かれ、1年生の潮見陽奈、通称ピヨはデヘヘと相好を崩した。

「いやあ、はっきり彼氏というわけではないんですけど」

 それに、同期が言う。

「でも、帰省した時、まだ彼女できてなかったんでしょ?それに、開校祭、見に行っていいかって訊かれたんでしょ?」

「まあね。へへへ」

「頑張れって言われたのよね、この。それに、根掘り葉掘り、興味本位で色んな質問をしても来なかったんでしょ」

 大抵の場合、防大生と言えば、色々な興味丸出しの質問攻めにされるものと相場が決まっている。

「うん。大変だけど大事な仕事だねって。うへへへ」

「ピヨ。涎」

「はい。ズズーッ」

 それに水を差したのは、上級生の中でも頭脳担当と言える1人だった。

「でも、シャバにはいくらでもきれいでお洒落な女がいる。ちゃんとした彼氏じゃないなら、危なくないのかな?」

 それで彼女達はシンとした。

 そして、考え、一斉に口を開いた。

「ヤバイ!」

「ちゃんとはっきり付き合う事にしないと!」

「それでさえも、自由に会えない、連絡もできないんだから、不利なんだからね!?」

「ピヨ、ちょうど来週の日曜日にバレンタインデーが来るから、何とかしなさい!」

「ええ!?何とか!?」

 陽奈は慌てた。

「ピ、ピ、ピンク事案ですか!?」

「……ピヨにそれは無理そうね。

 まずは告白!チョコを渡して告白する!これは指令外出よ!!」

 指令外出。それは上級生が命令を出し、理不尽だろうとも無茶だろうとも、それに従わなければならないという、掟である。

 過去には、有名遊園地へ行って来いと言われて制服で出かけて──1年生の間は、外出時にも制服を着なければいけない──制服でネズミと写真を撮って来たり、とにかく遠くへ行って来いと言われて沖縄へ行って4時間だけ過ごして戻って来た学生もいる。

「皆でそれを見届けましょう」

「ひえええええ」

 こうして、バレンタインデーの予定が決まってしまったのだった。


 陽奈と恭司は、同じ高校、同じクラブの仲だった。吹奏楽部で、同じフルート担当だった。それで一緒に練習したり、一緒にコンサートなどに出掛けたりしているうちに、なんとなく「付き合っている」という仲になっていた。

 だが、好きだとはお互いに言った事も無い。何となくそういう空気になっていただけである。

「確かに、今の状況はしていないわね。大学を卒業した後、恭司がどこに就職するのかもわからないし、私が卒業した後、どこに行く事になるかもわからないし……」

 陽奈は改めて自分達の関係を考え、何と不安定なものだと驚いた。

「いい、ピヨ。しっかりと好きって言うのよ」

「男子が喜ぶチョコはリサーチして来たわ」

「ありがとう、サキちゃん! 

 え、高い!?」

「どうせ、服にも外出にもお金がかかってないんだから、貯金はたまってるでしょ」

「まあね」

 アドバイスに従って、チョコを用意する。

「決戦を勝利で乗り切るのよ!」

 部屋の上級生、下級生、皆がこれまでで一番団結した瞬間であった。


 そして、当日である。

 待ち合わせの駅前へ向かう陽奈も、その後ろを間を開けて歩く部屋の皆も、本人達がわからないだけで目立っていた。

 緊張のあまり「3歩以上は全力疾走」しそうになり、それはどうにか思いとどまったものの、やけにシャキシャキと行進するがごとく歩いてしまっていた。職業病である。

 なので待ち合わせ場所に着いた時には、計算よりも物凄く早く着いてしまっていたのだった。

「いちよんまるまるまでまだ20分もある」

 陽奈は時計を見て、深呼吸をした。

 部屋の皆は、少し離れた所にさり気なさを装っていた。

(ハッキリ言おう。待っていて欲しい。国を守り、恭司君も必ず守ると!)

 陽奈は鼻息も荒く、そう心の中で決めた。

 やがて、恭司が現れた。

「ごめん、あれ?2時だったよね?」

「うん、いちよ──2時だよ。大丈夫。早く着きすぎちゃっただけだから」

「そう。寒かっただろ、ごめんな」

 恭司は済まなそうに笑い、陽奈も笑顔を向けた。


 喫茶店に入り、陽奈と恭司の席の前後に部屋の皆が着く。

「コーヒー」

「ココアお願いします」

 注文を済ませ、落ち着いて顔を見る。見る。見る。

「え、きょ、恭司?」

「いやあ、まだ日焼けしてるね」

(ガビーン)

 夏の間ずっと遠泳をさせられていたので、背中には水着の痕が、顔にはゴーグルの痕が、今でもまだ消え切れていない。

「きょ、恭司は、どうしてたの。夏に会って以来」

 恭司は笑って、照れたように首を掻いた。

「まあ、ゆるーくだよ。陽奈には申し訳なさすぎるけどな」

「そんな事ないよ」

「うん。

 でもさ?陽奈たちが一生懸命時間に追われて頑張ってる時に、合コンだのカラオケだのって、ね。同じ年の奴が将来について真剣に考えて行動しているってのに、情けないような……」

 陽奈は慌てて手を横に振る。

「そ、そんな大げさな。

 私だって、そう、初めて小銃を貸与された時には浮かれたし──あ、いや」

 コーヒーとココアを運んで来たウエイトレスがぎょっと足を止めたのに慌てた。

 彼女が去ると、お互いに飲み物を一口飲む。

「でも、良かった。充実してそうだし、それなりに楽しそうで。

 陽奈は頑張り過ぎて、弱音を吐けないからな。それがちょっと心配だったんだ」

 恭司はそう言って笑った。

 陽奈はそこで、上級生から言われた指令を思い出し、覚悟を決めて口を開きそうになった。

「あ、ごめん」

 恭司にメールが入った。

(なんて切り出そう。いきなり『好きです。結婚して下さい』ってのも……。

 まずはお付き合い?いや、今ってお付き合いはしてるって事でいいの?あれ?今ってどういうところ?)

 陽奈は追い詰められるように、焦ってココアを訳もなくぐるぐるとかきまぜた。

「ああ、由美子か」

「え。由美子、さん?」

「ああ。その、同じ大学の子で、秋に一緒にハイキングに行ってから付き合ってるんだ」

「……そう。へえ」

「優しい子で、明るい所は陽奈と一緒だな。でも由美子はなんていうか、守ってあげたくなるんだよ。俺にもやっと、陽奈の気持ちが分かったような気がしたよ」

「へえ、そうなんだ」

「うん。陽奈は国を守りたいんだろ。俺は由美子を守りたい」

 それからの陽奈の記憶は、ない。


 そしてその夜、部屋の皆でお菓子をやけ食いし、

「恋愛なんて卒業までしない!」

「国が恋人で上等!」

「バレンタインデーなんて防大に関係なし!」

と酔ってもいないのに叫ぶ部屋の皆の姿が目撃されたのだった。






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